第3話 冒険の準備
黄昏の刻。俺は母さんの子を辞めて家を飛び出した。向かうあてもなくただひたすらに走り続け、気が付くとキャラバンの前に立っていた。
家からキャラバンまでは徒歩で1時間以上かかる。
家が南城門前地区だったのに対して、キャラバンは北城門前地区にある。街の真反対にあるのだから、時間がかかるのは当たり前か。
出窓の前を通り過ぎるとき内側を覗いてみると、大勢の人影が見えた。
キャラバンの窓から見えるあたたかい灯に誘われて、ドアを開けた。
冒険者達は、俺を気に留めることもなくガヤガヤと大声で話している。冒険者は髭を生やしたおっさんや、ガラの悪そうな青年ばかりだ。
なるべく関わらないようにしようと足早にカウンターへ向かい、受付のお姉さんに話しかける。
「今日登録をしたディオ・バルムートですが、マニさんはいますか?」
「少々お待ちくださいね〜」
そう言って受付嬢は奥のカウンターに入って行った。
2分後。マニが奥のカウンターから現れた。
「ディオ様じゃないですか。どうかなさいましたか?」
マニは驚いた表情を見せる。
「家追い出されちゃって…。どうすりゃいいか分からないんでここに戻ってきたって感じです」
「それは大変でしたね。それなら今日のところは、キャラバンの宿舎に泊まってったらどうですか?」
しゅくしゃ?聞きなれない言葉だが、この施設内に宿泊施設らしいものがあることは分かった。
「えーと、なんか泊まれるところがあるんですか?」
マニは笑顔で頷く。
「冒険者様専用の宿泊施設です。おそらく今日はエルド隊の皆さんが貸し切ってると思いますが……。なんとか言って入れてもらえないか頼んでみます」
マニがエルド隊に連絡を取ってokをもらったの確認すると、俺は教えてもらった部屋に向かった。
入り口の左手に見える階段を上り、更に奥に進んで行くと、【エルド隊御一行 貸切】と書かれている木の立て札を見つける。
一瞬入るのを躊躇うが、「話は通してあるはずだ」と強気で足を踏み入れる。
指定された部屋は108。とりあえず部屋に入ってしまえばコッチのもんだ。若干急ぎ足になりつつ、108のドアを叩き開けた。
「ふぅ、セーーーフ」
大きなため息をついていると、何処からか声が聞こえる。
「アレぇ〜〜?もしかして君がディオっち??話は聞いてるよー」
チャラい、としか言えない声が聞こえたのはベッドの方からだった。
「え、なんで俺の部屋に……?」
「俺って……ここオイラ達の部屋だよーん」
まさか……………。相部屋ということなのか?エルド隊の人達と……?
部屋には今、チャラ男1人のみだが、他にもいる可能性はあるな。
驚きと動揺で硬直する俺の背後から、ドアが叩き開けられた音が聞こえた。
恐ろしいスピードで開いたドアが、俺の頭蓋骨及び背骨周りに直撃し1mほどふっ飛ばされた。
_________________________________________
「なるほどねぇ…家出かァーーー」
俺は今、赤い霆のメンバーのお二方とお話しをさせて頂いている。そう思うだけで顔が強張ってしまう。
「ほらほらディオっち。まーた怖い顔してるよ〜」
笑いながら俺の顔を指差す男の名はチャム。
「馬鹿にするんじゃないチャム。深刻な話をしてるとこだろ」
そう俺をフォローしてくれる彼の名はゴードン。俺の3倍近くある太い腕で、両手剣を振るうそうだ。
「家出しちゃったならいま一文無しだろ?」
「……………そうなりますね」
「武器も防具も持ってないようだし……どうするつもりなんだ?」
返す言葉もなく、うつむく。
やれやれとした様子のゴードンが、俺の左手を覗き込むように凝視してくる。
「………STR値が206:31ってなってるが、どういうことだ?」
左手に刻まれている"ステータス"を指して俺は説明する。
「右腕のSTRが206、左腕のSTRが31ってことらしいです」
その瞬間、ゴードンとチャムが一気に吹き出す。
「ディオっちの筋肉どーなってんの!?206と31って………」
31という雑魚すぎる値に驚いているのか、206という常人を上回る値に驚いているのかは判断できなかったが、馬鹿にされたことは確かだ。
5秒ほど笑い続けた2人は、俺の気持ちを察したのか無理に姿勢を正し笑いを堪える。
「…な、なんでそんな中途半端なSTRになったんだ?」
口元に笑顔をのこしつつ、ゴードンが尋ねてくる。
俺は無言で右腕のシャツをめくる。
「ロールの効果で、イフリートの力が宿ったんですよ。」
紋章は一層黒ずみ、手の太さも前よりも少し太くなっていることに気が付く。イフリートとやらに侵されているのだろうか。
ゴードンがさっきとは打って変わり、低い真剣な声で
「ほぅ。クロン種だったとは。知らなかったな」
と呟いた。
2人の顔は険しい。言わない方がよかったと軽く後悔するが、その後のゴードンの発言によって後悔の感情が吹き飛ぶ。
「それなら俺が、武器と防具をやろう。」
「え……?いいんですか?」
「ああ。実際、エルド隊もクロン種の割合が高い。いつか君も我がギルドに入る可能性だってあるからな。未来への投資というつもりで」
ゴードンは、再び俺の左手を凝視してくる。
「AGIも175か………高いな」
「え…?175!?ディオっちすごいじゃん!普通STRとAGIは共存できないのに」
STRを上げるために訓練すると、筋肉がついて体が重くなる。すると、相対的にAGI(俊敏性)が下がる。コレは、アカデミーでも教えてもらった【筋力と速さの反比例法則】である。
俺のスキルは右腕のみを強靭化したため、全体のAGI値にはあまり影響しなかったのだろうか。
「やっぱり、君の特徴を生かすためには……」
そう言ってゴードンは遠征バッグから革防具と、片手直剣を取り出す。
「極南平原のゴブリンが落とす剣と防具だ。腐る程あるからあげるよ」
剣と防具のデザインはいたってシンプルで、『レア』といった感じはしなかった。しかし、今この状況ではとてもありがたい。
「まあ、気休めに使ってくれ」
「あ、ありがとうございます」
左手で片手長剣を受け取る。
__________重い。。。。
右手に持ち変えると、一気に重さが消える。
(左手雑魚すぎだろ…)
右手への期待感以上に、左手への危惧が募る。
_________________________________________
ふわふわの布団が俺を包む。布団、変えたっけ……?
いつもとは違う感覚に疑問を抱きつつも、上半身を起こして辺りを見渡す。
窓から注がれる暖かい日差し。白樺の木で作られであろう白いタンス。枕元で輝いている剣。鞘に彫られている〈silverblade〉の文字が煌めきを放つ。
「そういえば俺、家出したんだっけ」
走馬灯のように蘇ってくる記憶を再び脳の奥底に押し戻し、ベッドから飛び起きた。
「記念すべき冒険1日目だなぁ」
大きく伸びをして、ベッドの横に置かれているストレージボックスを開く。
昨日もらった革防具を取り出してみる。
「さっそく着させてもらうか」
パジャマを脱ぎ捨て、持参したクリーム色のシャツを着る。その上から、頭を通すようにして革防具を装着した。
(結構いいじゃん)
冒険者っぽい格好に、ついうっとりしてしまう。
_________そういえばゴードンさんやチャムさんは…?
2人の行方が気になり、まだ足元がおぼつかないまま部屋を出る。廊下を直進して、ロビーに出た。近くにいた、チェック柄のエプロンを着たおばさんに聞いてみる。
「あのーエルド隊の皆さんはどうしたんですか?」
「エルド隊?ああ、今頃食堂で飯でも食ってるんじゃないかねぇ」
そんな施設まであったのか。宿舎もあれば、食堂もある。おまけに大浴場まであるとは…やっぱキャラバンってすごいな。
おばさんに教えてもらった食堂に向かうと、そこには、一斉に食事をとる赤い霆の一行がいた。他の冒険者もチラホラ見受けられる。
「あ、ディオっち!起きたんだ!」
そう言って近付いてきたのは、昨夜相部屋だったチャムさんだ。
「似合ってんじゃん!その革防具!」
「あ、ありがとうございます…」
「ほらほら、ディオっちも食べなよ〜」
じゃ遠慮なく、とプレートに置いててあったパンを手に取ろうとした、そのとき。
「おい」
怒りを帯びた声にギョッとして、眼球のみの動きで周囲の様子を確認する。なにやら鋭い眼光が自分に向けられているようだが…。背筋に寒気が走る。
(なんかまずいことしたかな…)
俺に鋭い眼光を向ける"ソレ"の存在は、容易く想像できた。あの重圧感のある声、オーラ、間違いない。
その場で半回転して、"ソレ"と正面から対峙する。掻き上げられた紅の頭髪、コバルトブルーの瞳。彼は…………。
「エルド総長…!」
「泊まることは容認したが、朝食まで世話するつもりはない。」
朝食の世話…?話の内容が入ってこない。耳から入る情報が脳の理解のスピードに追いついていかない。
___後になって分かったことだが、この宿舎を利用するには利用料を払わなければいけないらしい。もちろん食事は別途に料金が発生する。だからこの日の俺の宿泊料は、エルド隊が負担してくれていたのだ。
……ありがたい。
___________________________________________________________________________________________
足早に食堂をあとにして、初心者レクチャーの続きを受けるべく、カウンターにいるマニのもとに向かった。
「おはようございます。ディオ様」
「……ディオでいいですよ」
「わ、分かりました。ディオさん!」
「ディオさん………か。まあいっか」
などとしょうもない会話をしながら、今日のレクチャー会場である北平原に向かった。
30mの城壁で囲まれたこの街の周囲は、広大な平原が広がっている。しかしその平原に出るためには、城壁に2つしかない北門と南門に行かなければいけない。
キャラバンから徒歩10分ほどで、北門に辿り着いた。石で作られた城門の下を冒険者や狩人、大きなトカゲに荷車を引かせる貿易商などが行き交っている。大抵の人はこの大陸にあるもう1つの街「ユグドラシル」へ行くのだろう。
全身に鎧を纏う門番も、この時間は人が多すぎて仕事にならない。かといって、密売人などが紛れ込むことがないのだから、この地域は平和だ。
「はぐれないようにしてくださいね。」
マニがそう呟いた途端、大勢の人波に飲まれる。そのままの状態で、なんとか門をくぐる。街から出ると、眼前に広大な草原が広がっていた。ところどころに樹木が茂り、動物も、数多く見受けられる。
北西の方向に15分程歩き続け、狼らしきモンスター緑狼を発見した。あれが今回の討伐対象だ。
「ディオさん、あのモンスターですよ。どんな冒険者も、最初はハウンド討伐から始める定番的モンスターです。さっそくやってみましょう!」
近くで見るモンスターに慄然としつつ、シルバーブレイドを背中の鞘から取り出す。
「もっと、体の正面で構えて下さい」
マニの助言を受けて、剣を構え直す。
「敵の行動をしっかり観察して、攻撃を仕掛けましょう!」
「や、やってみます!」
群青色の体毛が、静かに靡いている。
………もう攻撃した方がいいのかな?
いや、ハウンドはスピードが速そうだから俺の攻撃なんて容易くかわされるか。
それならば……。
ハウンドの体毛が、一気に逆立つ。と、同時にものすごいスピードでジャンプ攻撃を繰り出してきた。
俺のAGI(俊敏性)が、あと3低かったら回避しきれなかったかもしれない。その位ギリギリの間合いで体を右に向けるようにして攻撃を避け、すぐに右足で踏ん張る。対しての緑狼さんは、先制攻撃を避けられて空中で体勢を崩している。
_______今……!!
頭上から滑らかなカーブを描き、滞空中のハウンドの顔面を横から捉える。そのままブーメラン型を描くように、剣を振り払う。
強化された右腕が効果を発揮したのか、想像を上回る勢いでハウンドの体は吹っ飛んでいった。3m以上離れた場所に落下し、そのまま動かなくなった。
「お疲れ様でしたぁ〜!」
マニの締まりのない声によって、緊張感が一気に緩む。
「まさか一発で倒すとは思ってませんでしたよー!すごい!」
「あ、危なかったです…」
殆ど無意識の出来事だったが、上手くいったようでよかった。今回のような下級モンスターでさえあんなに緊張したのだから、上級モンスターになったら恐怖で動けないんじゃないのか。
「よーし、じゃあ次行きますよ〜!!」
妙に上機嫌なマニが、先を急ぐ。
「ちょ、待ってくださいよー!」
どこまでも続く草原は、陽を煌々と反射させる。待ち受ける数多のストーリーを夢見て、俺は旅のスタートラインに立った。




