第2話 別れとはじまり
「右腕を見せてもらえますか?」
金髪の髪を肩の長さで切り揃えた、碧眼の女性が俺の顔を見て言う。
「…イフリートの紋章が刻まれていますね。やはり、この『右腕のみに大幅なSTR補正』というのはイフリートがこの右腕に宿ったことを示していたんです」
この俺、ディオ・バルムートは今、大変困惑している。
この女性、マニが何を言っているのか理解できないからだ。一体あの紙から何を読み取ったというのだろうか。
そんな疑問は、次の彼女の言葉によって掻き消された。
「私、『ロールが書かれた紙を見ればその詳細が分かる』というロールを持っているんです。だから、ディオ様からすると『右腕のみに大幅なSTR補正』としか書いていないように見えても、私が見たら、より詳細な情報が見えるんです」
…………ややこしいすぎる。
だけど、困惑の感情は大方拭えた。つまり、彼女がさっき羊皮紙を凝視していたのは俺には見えないロールの詳細を見れていたからで、それは彼女のロールに依存するということなのだろう。
「このスキルは、戦い方によっては化けるかもしれませんね」
「戦い方ねぇ…」
まぁ、また考えておくか。
その後、マニの誘導で施設内の説明を20分程受けた。戦闘職にも色々あるようで、冒険者や狩人、護衛隊、警備隊など実に様々だ。
「今日の初心者レクチャーはこれで終了になります。明日は実戦的なレクチャーをしますので、武器などを持っているようでしたら、持参してください」
「分かりました」
武器は持っていないし、キャラバンでレンタルするか。
「それじゃあお疲れ様でした。また明日頑張りましょうね」
そう言うと、くるりと後ろを向いて受付センターに戻っていった。さて、そろそろ俺も帰ろうか。
そう思ったとき、キャラバンの入り口が騒がしいことに気付く。何があったのだろう。
騒ぎの原因を確かめるべく、人垣を掻き分けて前に出た。キャラバンの警備隊が野次馬を必死で押さえ込んでいる様子が伺える。誰か有名人でも来るようだが。
そのとき、大勢の野次馬の中の誰かが叫んだ。
「エルド隊が帰ってきたぞー!!」
叫び声とほぼ同時に、列を成した軍団が入り口から入ってきた。彼らがエルド隊の者達なのだろう。一体どのくらいすごい人たちなのだろうか。抑えきれない好奇心に負けて、様子を見物していたおじちゃんに話しかけた。
「すみません。今入ってきたエルド隊?って人達は誰なんですか?」
「え?坊や知らないのかい!?」
坊やと呼ばれるのは心外だが、ここで怒り出すようでは本当の坊やになってしまいかねない。
「エルド隊ってのは、"赤い霆"って呼ばれてるキャラバン第一指名ギルドのことさ。」
「だいいちしめいぎるど…??」
「ああ。キャラバンの全面協力を受けて、6大陸攻略を目指している精鋭の集まりさ。」
6大陸攻略というのは、全冒険者の最大の夢だと聞いたことがある。
神話によって6大陸の存在は書かれているものの、実際にこのアルタームからは中央の巨大な大陸と、北東、北西の方角に位置する2大陸がかろうじて見えるくらいで、6大陸の実在は、確かではない。つまり、彼らは誰も到達したことのない大陸に挑んでいるということだ。そう思うと確かにロマンはある。
…でも、アルタームだけで十分な広さがあるため他の大陸に行こうとする者はほとんどいなかったはずだ。何故今になって、6大陸攻略の話になったのだろうか。
"赤い霆"の一行に、1人の男が近づいて行く。長い髭を生やしたその男からは、大いなる風格と貫禄が感じられる。彼の胸元には、キャラバンの紋章が縫い付けられている。その男が、赤い霆の戦闘を歩くリーダー格の男に話しかけた。
「エルド、遅かったじゃないか。何かあったのか?」
エルドと呼ばれる、赤髪をオールバックにした男が不機嫌そうに口を開く。
「テメェらの作った例の機械がポンコツでな。メンバーが慣れるのに想像以上に時間がかかっちまった」
重みのあるその声からは、彼の狂気的な強さが伺えた。
しかし、例の機械とは何のことだ?再びおじちゃんに聞いてみた。すると、また親切に詳細情報を話してくれた。
「キャラバンが作った飛行能力のある乗り物のことだよ。今エルド隊が目指している大陸、"蒼海の地フリューゲン"に行く唯一の手段さ」
そんなものが開発されていたとは知らなかった。初めて聞いた情報に驚きつつ、エルドと呼ばれる人物の話に耳をすませた。
「リオルド。メンバーを5名募集したい。前よりも3倍は強い奴を」
リオルドというのは、おそらくこの長い髭を生やした男のことなのだろう。
「……もう5人も死んだのか?」
「ああ。この間新規で入った雑魚5人達だ。アレは弱すぎる」
______死んだ。
その言葉は、戦いからかけ離れた人生を送ってきた俺にとって非日常的すぎる言葉だ。
母親は商業区の飲食店を営んでいて、父親は学者として研究をしている。そんなインドア一家に生まれた俺にとって、戦闘ロールが与えられたこと自体が非日常的なのだが。
「分かった。また募集しておくよ」
そんなやり取りを見ていた俺は、1つの疑問を抱いた。その疑問を解決するべく、おじちゃんにまた話しかけた。
「あんな危険な集団に入りたい奴なんているんすか?前回入った人は5人も死んじゃったみたいですけど」
やれやれとばかりに、おじちゃんは指をさした。
「坊や。あれを見てみろ」
そう言っておじちゃんがさした先には、大勢の子ども達の姿がいた。その子ども達は、どの子も目をキラキラさせて、最強ギルド"赤い霆"を見ている。
「小さい頃から彼らを夢見てきた少年少女にとって、エルド隊は憧れ以外の何者でもないからな」
漆黒のアーマーを煌めかせ、エルド隊、通称"赤い霆"はキャラバン施設の奥の方に姿を消していった。
俺はおじちゃんに向かって、ずっと思っていたことを尋ねる。
「…………それにしても、エルドって人。想像以上に普通体型ですね」
最強ギルドなら、屈強な大型戦士がリーダーだという印象があった。しかし、エルドと呼ばれる人物は身長173の俺より小さい、中背で細身の男だった。
おじちゃんが苦笑いを浮かべる。
「エルド総長は、【細槍】と呼ばれる細い槍を使っていてな、あの小柄な体から繰り出すアクロバティックな技を武器にしてるんだ。だから、中背で細身というのは、むしろメリットなんだよ」
どうりで、他のメンバーより軽装なわけだ。
重装備な程いいとは限らないんだなぁと感心し、おじちゃんにお礼を言った。
キャラバンを後にした俺は、キャラバンの前にあるカフェで昼食を済ませてから帰宅した。
ドアを開けると、夜の出勤前の慌ただしい様子の母親が見えた。
「母さん、帰ったよ。」
時刻は午後6:45。昨日に比べたら、早い帰宅だが、それでも辺りは真っ暗だ。
「おかえり〜。どこ行ってきたのよー?」
ここで「キャラバンだよ」とか言ってしまったら、母さんを混乱させるだけだ。
「ちょっと話したいことがあるんだ。…腰掛けて話そう」
2人で並んでソファに座り、心を決めて切り出した。
「実は俺、昨日のラピリオンで戦闘ロールが当たったんだよ」
母親のマロムは、一瞬驚いた表情を見せ、険しい表情に変わる。
「あんた、戦闘職の厳しさ知らないわけじゃないでしょうね」
予想通りの反応だ。子供が危険にさらされる可能性だってあるのだから、当然の反応である。
「もちろんだよ母さん。知っての上で話してるんだ」
しばらくの沈黙の後、ポツリと声が聞こえてくる。
「それで、あんたは何がしたいの?」
マロムの核心に迫る質問に一瞬硬直するが、秘めた思いを言葉にして伝えなければならない。……………話そう。今話さなければいつ話すというのだ。
「俺がこの戦闘ロールを得たのには、必ず理由があると思うんだ」
マロムの眉間にしわが寄る。
「俺は、自分の可能性を信じて生きたい。………つまり、戦闘職に就きたいと思うんだ」
俺の言葉を最後まで聞かずして、怒鳴り声が部屋に響き渡る。
「私はねェ、あんたに死んでもらう為に育てたんじゃないのよッ!!塾にも通わせたのに、何が『可能性を信じたい』よ!あなたは、学者か教授になるのが夢だとか言ってたじゃない!」
急に怒鳴り出したことには、正直驚いた。でも、ここで引き下がるようなユルい決意ではないのだ。
今日の俺はいつもと違う。
全身の血液が反抗せよと命じている。
終わらせよう。こんな生活。弱い自分。親に従うがままの生き方。全て、綺麗さっぱり。
俺はもう、クロン種ロールを手に入れた立派な冒険者なんだから!
「俺は家を出て行く!」
そう言って左手で机を叩く。
「俺の気持ちを分かってくれないならそれでいい!」
マロムはムキになって俺の胸ぐらを掴んで言った。
「そんなに出て行きたいなら、私を倒してみなさい」
マロムの筋肉質な体は、女性と言えど俺よりはるかに屈強だ。いつもなら顔面パンチを一発くらえばKOされてしまうが、今日はそうは行くものか。
「いくわよ」
経験則から、最初に飛んでくる攻撃方向は左からだと分かっている。
予想通り、左側からきた拳をヒラリと交わした。
渾身の先制攻撃を外したマロムは、そのまま体勢を崩した。その隙を狙って、右ストレートを腹めがけてブッカます。コレでも大して効果がない…。
……!?
今の俺の右腕は、イフリートの力が宿り大幅なSTR補正を受けていた。そのことを俺は完全に忘れていた。
ガシャガシャガッシャーーーンッ!!!!!!
マロムの巨体は、リビングの壁を突き破り、寝室まで吹っ飛んでいった。
やってしまってから、ことの重大さに気付いた。俺は実の母親に、本気の一撃を放ってしまったのだ。
数秒間マロムは微動だにしなかったが、数十秒後ようやく口を開く。
「おまえッてヤツはーーーッッ」
マジギレの声だ。
「もうお前なんてどうにでもなれよ!冒険者にでも狩人にでもなりなさい!!」
「か、母さん悪かったよ。ついカッとなって……」
俺の必死の言い訳を、恐ろしい表情で制し叫ぶ。
「あんたに母さんって呼ばれる筋合いはないよーーーッ!!」
マロムの眼には、うっすらと涙が浮かんでいた。
そういえば、俺が幼い頃、マロムはよくこんなことを言っていた。
((あんたは、大切な私の子よ。だから私は、いつまでもあんたの母親だからね。))
優しい顔でそう言って、こう続ける。
((ただ、もし私の子供をやめたくなる時がきたら、私を倒してみなさい。私を倒さずして、私の子を辞めることはできないよ))
そう言ってよく笑っていた。
もしかしたら今この瞬間は、俺が母さんの子を辞めた瞬間なのかもしれない。
「母さん!!大丈夫なのか?」
本気の一撃を喰らい、流石のマロムも疲弊していたが、キリッとした眼光をこちらに向ける。
「私は不死身だよ」
そう言ってマロムは、涙ながらに笑った。
「さあ、この家から、出ていきなさい」
そこには、先ほどまでの怒りに満ちたマロムは跡形もなく消え、真剣に俺を見つめる母親としてのマロムがいた。
「で、でも………」
「お行き、ディオ。帰ってくるんじゃないよ」
もう______もう後戻りはできない。俺は、1人で生きていくしかない。そう決意して、俺は一言大声で叫び返した。
「ほんと、お世話になったよ!!」
マロムは無言で頷き、大粒の雫を目から溢れ落とす。
「…全く困った子だよ」
その声は、弱々しくて、切なくて、優しい声だった。
俺は自宅から飛び出ると、月明かりに照らされる街を全力で駆け抜けた。
その際、「気をつけるんだよ」というやさしい言葉が聞こえた気もしたが、おそらく幻聴だろう。
俺にはもう、戦闘職として生きる道しか残されていない…。いや、自分で決めた道なんだ、シャンとしろ俺!そう言い聞かせて、ただひたすらに月夜の街を走った。
絶対、名を残すような冒険者になってやる。それで母さんに恩返しをしよう。今日傷つけてしまったことは、俺の成長でしか償えないのだから。
絶対ッ………絶対に!!
大きく飛び跳ね、力いっぱい叫ぶ。
「うおぉぉぉぉッッッ!!!!」
力強い声が、街全体に木霊して、
俺の本当の冒険が、始まった。




