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ガルグさんがいてくれるなら

「リット、悪い、遅くなった」

「大丈夫ですよ」


 譲位が正式に発表されてからずっと、即位式の準備で多忙を極めていたガルグさんだったけど、やっと時間が作れたらしく、今日会いに来ると伝言があったのだ。

 仕事を終え、浮き立つ自分を抑えながら支度をし、ガルグさんが来てくれるのを待ってた。どんな顔をしてくるのかな、とか、どんな格好なんだろう、とか。

 そう考えただけで嬉しくなるのは何故なのか。

 

 グーテさんとクレンさんが、優しく笑ってくれるのを恥ずかしく思いつつ、ずっと玄関前をうろうろと歩き回ってた。


 やって来たガルグさんは、いつも通りのシャツにズボンとブーツ。剣を佩いているのはそれが許されている証だと聞いた。

 

「じゃあ、行って来ます」

「遅くならない内に送ります」

「はい、よろしくお願いいたします」


 グーテさんにそう挨拶をした後、ガルグさんと一緒に外に出る。

 城下に出るのは初めてで、すごく楽しみなのだ。


「昼間じゃなくて悪いな」

「それだと、私も中々時間が作れないので大丈夫ですよ」

「そうか」


 薬草園の外にあった獣車に誘われ、ガルグさんと二人で乗り込む。

 

「俺がいつも行ってる所でいいか?」

「勿論です」


 そして案内されたのは大衆食堂。賑やかな笑い声が聞こえるお店で、良いお店だと思う。

 ガルグさんが顔を出すと、女将さんが笑顔で迎えてくれる。


「え、なになに、やっと恋人作ったの?」

「なんだと!?どっかから攫ってきたんじゃねえだろうな!」

「な訳ねえだろ!」


 女将さんの声に反応したのか、厨房から旦那さんが出て来て即揶揄われてた。


「リットと言います。よろしくお願いします」

「おお、こっちこそよろしくな」

「リット、この人は俺の元上司なんだ」

「元第二騎士隊だったんだぜ」

「そうだったんですか」

「まあな。足を悪くして辞めちまったが、こうして何とか食ってるよ」


 その言葉に、思わずガルグさんを見上げたら、黙って顔を横に振った。

 頷いて笑顔を作る。


「いつもの二人分」

「はいよ」

「空いてるとこ座ってね」

「はい、ありがとうございます」


 そして、ガルグさんと一緒にテーブルに着くと、店主の奢りだと言ってお酒が運ばれてきた。頂きますと遠慮なく頂き、食事が出てくるのを待つ。

 その間も、ガルグさんには話し掛けてくる人がいて、本当に馴染みのお店って感じがして嬉しくて笑ってしまう。


「こんな汚ねえとこに連れて来て、振られちまうぞ」

「ここが一番美味いからな」

「そりゃ言えてるぜ。柄は悪いがな」

「悪かったね!あんたらがもっと気を使ってくれりゃ、もっと綺麗なんだよ!」

「おっと、怒られちまったぜ」


 がっはっはっと笑う男達に、女将さんがごめんねうるさくてと言いながら食事を運んでくれた。楽しくていいですと返せばにっこり笑ってくれる。

 そして、食事をしている最中も散々揶揄われたガルグさんは、お酒を沢山飲まされていたけどケロリとしていた。


「悪かったね、みんな調子に乗っちゃってさ」

「大丈夫ですよ、楽しかったです」

「ありがと。うるさい奴らがいるけど、また来てくれたら嬉しい」

「はい、また来ます」


 帰る時には、ガルグさんにお酒を飲ませていた人たちがテーブルに突っ伏してた。

 飲みすぎてしまったみたいで、大丈夫なのかと問えば、あれはいつもの事だと返されて笑ってしまった。


 暗くなった夜道をガルグさんと手を繋いで歩いていく。


「あそこにいた人たちな、みんな、第二騎士隊にいた人たちなんだ」

「そうだったんですか」

「ああ。怪我したりなんだりで辞めて行ったんだが」

「……なるほど。だからガルグさんの事可愛がってくれてるんですねえ」


 散々揶揄われながらも、嬉しそうにしていたガルグさんを見てたから解る。


「お前をな、みんなに紹介したかったんだ。けど、うるさすぎたな」

「楽しかったですよ、本当に」

「そうか。なら、良かった」


 そう言って笑ったガルグさんと、手を繋いだまま並んで歩く。

 城下の石畳の道に、コツコツと足音を響かせながら、大きなガルグさんの影と、その横に自分の影が並んでいる事に気づいて、何だか照れてしまった。


「どうした?」


 心の中の動揺を気付かれたのか、ガルグさんが優しい顔で見下ろしてくる。

 そんなガルグさんと目が合った私は、顔が熱くなったのが判って慌てて顔を背けてしまった。


「あの、いえ、何でもないです……」


 照れてしまいながらも、チラリとガルグさんを窺えば、じっと見られてたみたいでばっちり目が合った。ビクリとしてしまったら、ガルグさんがふっと笑う。

 繋いでいる手をぎゅっと握られ、また歩き始める。 

 ポツリポツリとある街灯が、私たちを照らし出してはまた暗くなっていく。


 けど、ガルグさんがいてくれるからか、全然恐怖を感じなかった。


「リット、ちょっと寄って行きたい所があるんだが」

「はい、大丈夫です」


 そして、ガルグさんは通りから逸れた道を歩いて行き、古い教会の前に辿り着いた。

 キイッと音を立てた門扉から勝手に中に入って行くので、大丈夫なのかと問えば大丈夫だと笑う。


「ここはな、もう使われてない教会なんだ。だから、街中の警備に使わせてもらってるのさ」

「へえ……」


 そういう事もあるのかと思いつつ、ガルグさんの手に導かれるまま歩いて行く。

 鐘楼塔に入って行くガルグさんに着いて行きながら、長い階段を上がって行った。


「大丈夫か?」

「大丈夫、です」


 途中で息が荒くなったけど、ガルグさんが引っ張ってくれるから大丈夫だ。

 

「もう少しだ、リット」

「はい」


 励まされつつ何とか登り切ったそこは、城下を見下ろせる程に高かった。


「……こっから見る景色が好きでな」


 ガルグさんがそう言いながら、呼吸を整える私へと視線を移す。

 私はと言えば、鐘楼塔から見える景色に目を奪われてた。ぽつりぽつりと見える灯りは、人の営みがある証。賑やかな灯りと声が聞こえるのは、歓楽街の方だろう。

 そして、真正面には王城が佇んでいた。


「……綺麗」


 夜空に浮かぶ月明りと、ぽつぽつ灯る街灯や家々の灯りが夜を彩っていた。

 夜を渡ってくる風さえも、その景色に色を付けているように感じてしまう。

 暫くの間、風に吹かれながら城下の街並みを眺めてた。


「友人の葬式をな、ここでやったんだ」

「……そうでしたか」

「そん時、騎士を辞めるつもりでいたんだ」


 そうだったのかと思いながら、ガルグさんを見上げる。

 ガルグさんは、風に目を細めながら景色を眺めてた。


「ここで、一日中突っ立ってな。ぼうっとしてたんだよ」


 クツクツと笑いながらそう言う。


「朝になって鐘を鳴らす為に上がってきた爺さんが、今にも死にそうなぐらいゼエゼエ息してるの聞いて、俺が代わりに鐘を鳴らしたんだ」

「お、お爺さん、大丈夫だったんですか?」

「俺が担いで降りたよ。何度も何度も休憩しながら上がってくるらしくて、すげえ早起きしてたみたいだな」

「それは……、大変だったですね」

「だよな。でまあ、第二騎士隊が王都にいる時は俺が代わりに来てやるって言って、毎朝通ってたんだよ」


 景色を眺めていたガルグさんが、振り返ってぶら下がっている鐘を見て目を細めた。


「鐘を鳴らして、爺さんに飯を食わせて。気が付いたら教会の修理やら掃除やらまで引き受けてたな。ありゃあ飛んだ食わせモンだったぜ」


 そう言って笑ったガルグさんに、私も笑みが零れる。

 きっと、ガルグさんが何か言う度、お爺さんが弱々しい振りをしたのだろうって想像できた。


「まあ、爺さんもあっという間に逝っちまったがな」

「……お爺さん、ガルグさんが来てくれて嬉しかったんじゃないでしょうか」

「文句しか言われなかったがな」

「ふふ、やっぱり」


 こんと、軽く鐘を鳴らしたガルグさんが、眉間にしわを寄せた。


「最期に、説教されたんだよ。何があったかは知らないが、ツライ時に踏ん張る事が出来るのが男と言う生き物だと」


 説教すんなと言い返したら、牧師は説教するもんだと言われたと、クツリと笑いながら教えてくれた。

 討伐任務に出て、帰って来たらお爺さんがベッドの中で冷たくなっていたそうだ。 だから、この教会でお爺さんのお葬式をして、それで教会を閉めたと言う。


「ここに、連れて来る事が出来て良かった」

「……お爺さんに紹介してくれて嬉しいです」


 そう答えれば、ガルグさんが優しい顔で笑う。


「うん。リットならそう言ってくれると思った」


 微笑み合い、見つめ合ってそして、どちらともなくキスをする。

 長く、重なった影が鐘楼塔から伸びていた。


「リット。笑っていてくれ」

「ガルグさんがいてくれるなら」

「……誓うよ」


 もう一度唇が重なった時、こつんと小さく鐘が鳴ったのは、きっとお爺さんがガルグさんを揶揄いに来たからだと思う。

 クスクスと笑いながら見つめ合って、そして。


「マズい、ヴァミエール公にまた嫌味三昧だ」

「え、義父ったらガルグさんに嫌味言ってるんですか?」

「あー、まあな」


 私を抱え上げて鐘楼塔の階段を駆け下りたガルグさんは、そのまま城下の町を走り抜けた。お城の通用門から入り、薬草園まで駆けたガルグさんは、本当にすごいと思う。


「遅くなってごめんなさい」


 グーテさんにそう言って頭を下げる私の隣で、ガルグさんも一緒に頭を下げてた。

 クスクス笑うグーテさんに、気持ちは解りますと言われ、縮こまりながら帰って行くガルグさんを見送った。




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