繋がってるから
「バルナー侯爵から、正式に君に求婚したいと申し入れがあったよ」
「はい」
「嬉しそうだね?」
「そりゃあもう」
えへへーと笑ってしまう。
「ふふ、ここで反対したくなるのは何故だろうね?」
「義娘の幸せを素直に祝えないなんて、寂しい方ですねえ」
「果たして彼は本当に君を幸せにできるのかな?」
ニヤリと笑いながらそう言う義父に、何を言っているんだと首を傾げた。
「ラハルテ様、幸せと言うのは自分で掴み取るものですよ?」
「……そうか、君はそう言う人か」
「え?」
意味が解らず、見上げたら優しい顔で笑う義父がいた。
「意外と、君と私は似ているのかもしれないね」
「ええ?私、そんなに捻くれてますか?」
「おや、気が付いていなかったのかい?」
「ええ……。でも、ラハルテ様には及ばないですよね?」
「君の方が上を行っているかもしれないね」
「うわあ、褒められても嬉しくないですよ」
義父の上を行くのが捻くれ具合だなんて、それは嬉しくない事だよ。
「あ、でもラハルテ様限定で捻くれてるかもです」
「そうなのかい?」
「はい。私、ガルグさんの前では素直ですし」
「そうか。義理とはいえ甘えてくれているとはとても嬉しいよ、リット」
「え、何でそうなるんです?」
と言う会話を、朝食の最中にしていた。
ガルグさんからの正式な求婚の申し込みを、食事の最中に報告する義父もどうかと思うけど、まあ義父の場合、時間が無い人だからなあと思ってたのに。
「まあまあ、その辺でお止め下さい」
「すまないね。義娘が可愛くてつい」
家具が完成して、応接室で食べられると言うのに、義父は厨房で食べると言い張ったのだ。良く解らないけど、何かが気に入ったのだろうと言う事だけは解ったので、みんなで一緒に食べている。
「ああそうだ、今度の即位式と戴冠式は君も出席するんだよ?」
「ええ……、またですか」
「喜んでくれて嬉しいよ。アニカが張り切っているから、また頼んであるよ」
「あ、そう言えば、ラハルテ様はアニカ様をどうやって騙したんですか?」
「心外だなあ、騙してなんていないよ」
「ええ……」
思わずジト目で見てしまうのは、私の中の義父がそういう人だからだ。
「リットさん、信じられないでしょうけど、アニカ様の方がラハルテ様に恋をしたんですよ」
「グーテさん、詳しく!」
そして、義父のラブロマンスをグーテさんから聞きながら食事を終えた私は、義父と応接室へと移動した。
「ラハルテ様」
「なんだい?」
「アニカ様、そうなるように仕組んだんですね?」
「まあね」
「だと思いました」
グーテさん、ラハルテ様はあなたが思っているより黒い人です。
「偶然が過ぎれば必然ですか。一理ありますね」
「そうだろう?まあ、それで嘆かれてはいないからいいよね」
「確かに、アニカ様幸せそうですもんね」
悪びれもせず、はははと笑った義父に、本当にこの人には敵わないなあと改めて思った。
「本当に、バルナー侯爵と結婚するのかな?」
「……一緒にいたいと、そう思える人です」
「そうか。ならいい」
そして、貴族同士の婚約になるからと、アニカ様から色々教えてもらう事になった。
通いでヴァミエールのお屋敷に行く事になり、薬草たちのお世話に加えて淑女のマナーを教えられる。その最中に即位式と戴冠式への出席が入ったり、国王となった太子殿下が周辺国を招待しての夜会が開かれたりと、本当に忙しかった。
けど、新国王の傍にピタリと沿うガルグさんの、格好良い事と言ったらもう!
「リットちゃん、じっと見るのはダメよ」
「あ、ごめんなさい」
「ふふ、気持ちは解るわよ。私も旦那様を見つめてしまう事があるもの」
アニカ様とそんな会話をしながらも、チラチラと見てしまう。
近衛隊の制服は、ガルグさんにすっごく似合ってると思うんだ。黒を基調にしている制服は、暗い赤のラインが入っていて、腰丈の黒いマントには、左腕の辺りにラジェルダの国章が縫い付けられている。
背の高いガルグさんがそれを着ていると、もう、本当に、凄く格好良いのだ。
「ふぁああああ」
「リットちゃん、正気に戻って」
髪を全部後ろに流したガルグさんは、その鋭すぎる目付きで周囲を威嚇し、新国王に近付く不穏な輩を視線だけで蹴散らしていた。
「素敵」
思わず呟けば、アニカ様にクスクス笑われる。
「あれを見てうっとり出来るリットちゃんて、凄いと思うわ」
アニカ様と二人、互いにどこが素敵なのかと伝えあったお披露目の夜会は、そうして無事終了した。まあ、アニカ様の言う義父の素敵な所って、騙されてますよと言ってしまいそうになる口を必死で抑えていた私は、アニカ様が幸せである事を祈ってしまう。
ガルグさんのあの格好良い姿を見られただけで、貴族になれて良かったと思えるぐらいには、私も単純なようだ。
「すっごく格好良かったんだよ。あの会場にいた人たち、みんなその格好良さを理解してくれなかったけどねえ」
夜会の翌日、ガルグさんの格好良さを薬草たちに話してた。
脳に焼き付けたガルグさんの格好良さは、アニカ様じゃないけど、私一人が判っていれば良いとそう思う。
「あの、リットさん」
「ん、なに?」
「ガルグ隊長の格好良さは充分伝わったと思いますよ」
「そうかなあ?まだ話し足りない気がする」
「ええと、では前に言っていた貴族のヒラヒラはどうです?」
「あ、そう言えばカルガさんとシダさんも、ヒラヒラ着てたね!」
「ええまあ、あれが流行りなので」
そうだったそうだったと、お貴族様のヒラヒラ具合を薬草たちに報告する。
男の人でも襟や袖口、膝丈のズボンの裾にヒラヒラが付いていて、それが見事なので是非ミア姉に送りたいと、アニカ様にどこで買えるのか聞いてみた。そうしたら、何故か私のドレスが三着増えて、そこにヒラヒラが沢山着いてたと言う。
あのブルス侯爵の息子が来た時、ミア姉がくれたクッションは壁に投げられただけで済んでいたのでほっとしたものだ。あれを切られていたら、もっと怒り狂っていただろう。
ドレスを作ってくれた人に、女性用のシャツにヒラヒラを付けて欲しいと頼み、違う種類のヒラヒラのシャツを五枚作ってもらった。たくさん貰った報奨金の使い道があって良かったと思いながら、それをミア姉宛てに送ったのはほんの三日前の事だ。
義父経由で頼んだので、ちゃんと届けてくれると信じている。
「そう言えば、サノエさんの婚約者のミルテさん、治癒隊に配属された?」
「まだなんです。あの方、治癒術の使い手として優秀な方なので、是非と前から打診はしていたようなのですけれどね」
「そうなんだ。すごい人だねえ」
「そうですね」
クスクスとシダさんに笑われつつ、薬草たちの世話を終える。
収穫した薬草たちは、そのままカルガさんとシダさんが治癒隊の所に運んでくれるので、薬剤の調合はお任せ状態になってしまった。
そして私は、家の中に入って一度湯を浴びる。
一日中外で仕事をしているとやっぱり、全身に土が着くから仕方がない。綺麗に汚れを落とし、髪を整え髪飾りを付ける。アニカ様が選んでくれた可愛いワンピースを着た所で、グーテさんが私を呼ぶ声が聞こえた。
鏡で確認してから部屋を出て、玄関へと向かえばそこに、ガルグさんが立っている。
「お待たせしました」
「いや」
正式に婚約者となった私たちは、こうしてガルグさんの時間が空いた時に二人で出かけている。前に、ガルグさんが言ってくれたように、お互いの事をもっと知る為にデートを重ねていた。
時間が合えば昼間も会えるので、随分城下に詳しくなれた気がする。
そして、会う度に最後に行くのがあの教会だ。
ガルグさんの友人のお墓もあるし、お爺さんのお墓もある。
ちゃんとご挨拶をさせてもらった後、ガルグさんも私の家族に挨拶をしたいと言ってくれたんだけど。今の所、ビエーユの町に行ける程の時間が取れない。
ミア姉には、ヒラヒラシャツと一緒に手紙を送ったので、それを読んでくれればいいなと思ってる。
それと、ガルグさんのお兄さんの内二人と会える機会があった。
ガルグさんのお兄さんたちも同じように背が高くて、兄弟で揃っている所を見ると、猛獣がじゃれ合っているようで可愛かった。
「リット。お前のその、のんびりした所が好きだ」
「え、のんびりしてますか?」
いつものように、あの食堂で散々飲まされたガルグさんは、鐘楼塔の上で風を浴びながら、私を優しく見下ろして笑う。
「……そういう事にしてくれるか?」
クツクツと笑いながらそう言われたので、こくりと頷いた。
「その髪飾りな。それを見た時、どうしてもリットに贈りたくなったんだ」
「そうだったんですか」
「ああ。呪われたかと思ったが」
「失礼な」
「まあ、似合ってるぜ、それ」
「オピスフラウラと言う植物を模した物らしいですよ。実物を見た事が無いので判らないのですけど」
「そうなのか?」
「あ、やっぱり知らなかったんですね」
何ともガルグさんらしくてクスクスと笑ってしまう。
「義父が言うには、毒を持ってるとか」
「そうなのか?」
「みたいです。その身に毒を宿しているなんて最高ですよね」
「…………そうか。いや、お前はそう言う奴だったな」
「え?」
「いや、何でもねえよ」
ただ食われるだけなんて真っ平御免だと言わんばかりに、その身の毒でやり返すなんて格好良いじゃないか。
「そう言う所も好きだよ、リット」
優しい顔でそう言ったガルグさんが、私の頭を撫でた。
かああっと顔が熱くなり、慌てて風で熱を冷ます。
けど、そっと抱きしめられた腕の中では、風さえも邪魔をせずに避けて行くようだ。
「リット、愛してる」
優しい顔のガルグさんに、脳味噌が融けたみたいで頭の中がぼうっとしてる。猛獣のガルグさんが世界で一番格好良く見えるなんて、絶対おかしい。おかしいって解ってるのに、ガルグさんが格好良いのは当たり前だとも思うのだ。
自分が随分と恋と言う病に侵されていることを自覚しながら笑う。
「私も、愛してますよ、ガルグさん」
そして、キスをすると必ずこつりと音がする不思議な鐘に笑いながら、ガルグさんと二人で生きて行きたいと素直に思えるのだ。
「これからも、よろしくお願いします」
「ああ……、俺も、頼むわ」
笑い合いながらガルグさんと二人で手を繋いで歩いて行く。
これからも、そんな毎日が続くのだと思うと、嬉しくて顔がにやけてしまうけれど。
ぎゅっと繋いだ手は、大きくて温かいガルグさんに繋がってるから。
私はただ、ガルグさんを信じて歩いて行くのだ――。
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ガルグさんの友人と、お爺さんが見守ってくれるあの教会で、ビエーユの町からポクテさんが来てくれて、結婚式を挙げた。ポクテさんと一緒にミア姉達も来て祝ってくれた式は、『質素に慎ましく』とお願いした私の希望通りになったと思う。
ただ、集まった人達がちょっと豪華で、ラハルテ様とアニカ様は勿論、ライアスおじ様、ハルと名乗る青年とか、色々紹介しづらい人がいたけれども。
ミア姉がサノエさんが着ていたフリフリ付きのシャツをマジマジと眺めたり、ジュラがガルグさんに決闘を挑んだりして、みんなが笑顔で祝ってくれたのが嬉しかった。
「リット泣かしたら、殴るからなっ!」
決闘に負けたジュラが、泣きながらガルグさんにそう言ったら、ガルグさんがしゃがみ込んで、真剣な顔をした。
「泣かせたくないし、いつも笑っていられるよう努力する。だが、もしかしたら足りない時があるかもしれない。その時は、遠慮なく殴ってくれ」
そういったガルグさんにジュラが声を上げた泣きだした。
ついでに、私もジュラに抱き着いて泣く。
「ジュラァァァ、ありがとぉぉぉ、大好きぃぃぃ」
「…………そこは俺だろ、普通」
わんわん声を上げて泣いて、ガルグさんと私の結婚式は無事終わった。




