恋と言う病
「リットちゃん、可愛いわ」
「ありがとうございます……」
アニカ様と初めて会ってから八日後。
朝から夜会の支度で城内へ連れていかれた私は、また何度もお湯に浸かり髪を洗われ、丁寧に櫛を通され、化粧を施された。アニカ様が選んでくれたドレスに着替える頃には窓から夕焼けが見えてたんだから驚きだ。
貴族ってのはなんで夜会の為にこれだけの時間を使うんだろうと、疑問が湧いてしまうけど、それをアニカ様に聞く勇気はない。
ヘトヘトになりながらも何とか見栄えが良くなっただろうかと、アクセサリーを付けられながら鏡を見てみた。
別人みたいにキレイになった、なんて言えたら良かったけど、残念ながら化粧をした自分が写ってただけだった。けど、アニカ様を始め、手伝ってくれた人たちが可愛いと言ってくれたので、それで満足だ。
丁度身支度を終えたその時、義父が迎えに来てくれた。
「とても綺麗だ、アニカ」
「旦那様も素敵よ」
義父の甘い顔を、やっぱり別人なんじゃないかと思いながら見てしまう。
「君もとても可愛らしいよ」
「ありがとうございます」
引き攣る顔を隠しながら答え、用意されたお茶を飲みながら時間をつぶした。
良くわからないけど、そういう物らしい。
そして、義父の左にアニカ様が、右に私が並んで城内を移動する。後ろに並ぼうとしたら阻止された。良くわからなくて困る。
先導してくれているのはいつものお付きの人で、静かな廊下を歩いていくと徐々に賑やかな廊下へと入って行った。廊下で立ち話をしている人もいて、皆が義父に頭を下げる中、一緒に歩いている私はとっても肩身が狭い。
けど、言われた通りに顔をあげ、顎を引いて淑女に見えるよう気を付けながら通り過ぎた。
途中で、カルガさんとシダさん、エイブさんを見た気がしたけど、チラッと見ただけだし、いつもと恰好が違うからか本人だったか自信が無い。後できちんと挨拶をしようと思いながら歩を進め、気が付いたら夜会の広間の中だった。
煌びやかで眩しい広間には、これまた煌びやかな格好の貴族たちがいっぱいいて、粛清された割に多いその人数に驚く。義父やアニカ様に挨拶に来る人の多さにも驚きながら、王太子殿下が入ってくると合図があり、皆が傅いた。
習った通りに私も淑女の礼を取りつつ、続いて入ってきた王様にも同じように傅く。
そして、王様の言葉を頂いた後、夜会が始まった。
「良い夜ですね、兄上」
「ああ、そうだな」
早速挨拶をと義父に連れられて行った所には、王様がいて。
もう、いっぱいいっぱいだった私は、これが終わったら壁際に行こうと心に決めていた。
私も話し掛けられて挨拶をしたはずだけど、何を言ったかさっぱり覚えてなかった。
緊張しすぎて喉はカラカラだし、目の前はぼんやりしてくるし、煌びやかな所は、合わないんだなあって実感してた。それでも何とか挨拶だけは終えたようなので、義父とアニカ様に断りを入れてから、壁際に避難する。
誰が誰なのかさっぱりわからなくて、もう帰りたい、帰ったら駄目だろうかってぼんやりしながら思ってた。
「リットさん、大丈夫ですか?」
「…………カルガさん?」
「シダもいますよ。具合が悪いんですか?」
カルガさんの声を出す男の人が話し掛けてくる。
いつもの恰好じゃないからか、別人にしか見えなくて怖い。
「大丈夫ですか?」
シダさんの声を出す男の人までいる。
けど、知らない人みたいだ。
嫌だ、怖い、ここは怖い。
聞いた事のある声を出す人が心配してくれてるけど、恐怖でしかなかった。
恐怖で目が回りそうな中、声が聞こえた。
「リット」
顔を上げればそこに、ガルグさんがいた。
「……ガルグさん」
「大丈夫か?」
「ここ、怖いです。みんな、知らない人みたいで」
ぎゅっとガルグさんの服を握りながらそう言うと、ガルグさんがそっと抱き寄せてくれて、広間から連れ出してくれる。外に出て、周りに人がいなくなってから、やっと息が出来た。
「大丈夫か?」
もう一度問われ、こくりと頷いた。
「ありがとうございます。なんか、緊張しすぎておかしくなってたみたいで」
「そこに座ろう」
置かれているベンチに誘われ、そこに腰を下ろす。
そのまま暫く、無言で景色を眺めてた。
「はあ……、駄目ですね、私」
「気にする必要はねえよ。今回はちょっと人が多すぎただけだからな」
「そうなんですか?」
「ああ。国王が王位をハルに譲るって発表するから、招待された奴が多いんだ」
「そうだったんですね。って、ガルグさんここにいたらマズいじゃないですか。ごめんなさい、私のせいで」
「ハルが行けと言ってくれたからな。構わねえよ」
「ええ……、私、王太子殿下にまで迷惑かけてますね」
「気にすんな。ハルもお前の事情は知ってるからな。それからヴァミエール公も心配してたぞ」
うわ、失態だ。
「よし、もう大丈夫です。戻りましょう」
「……いいのか?」
「はい。随分良くなりました」
ベンチから立ち上がると、ガルグさんがじっと私を見つめてくる。
「ん?どこか変ですか?」
「……いや」
思わず自分を見下ろし、どこかおかしいだろうかとグルグルと見まわしてしまう。
「なあ、リット」
「はい?」
ガルグさんに手を握られ、かああっと顔が熱くなった。
え、待って、この間恋心って奴を自覚したので、照れるのですがと思いながらも、手を離すことができない。軽く握られているだけなのに、不思議な事だ。
凄みを増した猛獣が、優しい顔で笑ってる。
「今回の討伐でな、死を覚悟した事が何度かあった」
「え、そんなにあったんですか!?」
「まあな。けどな、その度に思った事がある」
真剣な顔になったガルグさんは、じっと私を見つめてくる。
だから、私も真剣な顔でガルグさんを見つめ返すのだ。
「プロポーズのやり直しをしなきゃいけねえってな」
にやっと笑ったガルグさんに、何だか拍子抜けしてしまった。
さも重大発表みたいな顔をするから、何事かと思ったのに。
「リット。お前が好きだ。俺と一緒に生きてくれないか?」
少し照れた顔をしているガルグさんはたぶん、頬を染めていると思う。
暗くて見えないのが残念だ。
「私、この間やっと、ガルグさんが好きだって気が付いたんです」
正直に伝えたら、少し驚いた顔をされたので思わず笑ってしまう。
「何て言えばいいか、いつもそうなんですよね、私。後から気付くことが多くて。ミア姉にいつも怒られてましたよ、ぬぼっとしてんじゃないよって」
「うん」
「それでもいいですか?」
「……ああ。それでいい」
そう言って優しく笑ってくれたガルグさんと、繋いでいる手に力を籠める。
「私もガルグさんが好きです。他の人が目に入らないぐらいに」
嬉しそうに笑ったガルグさんが立ち上がり、優しくそっと抱きしめてくれる。
だから、私もそっとガルグさんに抱き着いた。
「好きだ、リット」
「……私も、ガルグさんが好きです」
見上げたガルグさんの目元が、赤く染まっているのが判るぐらい近付いて。
そっと唇が重なった。
すぐに離れてしまったけれど、そのまま間近で見つめ合っていたら、突然ガルグさんに抱き上げられた。
「わ、何です?」
驚いてしがみ付いた首元は、がっしりしてビクともしない。
そのままガルグさんは私をぎゅっと抱きしめて、もう一度キスをした。ペロリと舐められた唇に、まるで猛獣に味見をされた気分になったけど。
思わずふふふと笑い出せば、ガルグさんも笑い出す。抱き上げられたまま、グルグル回るガルグさんに、ずっとしがみ付いてた。
夜会が行われている広間に戻ったのは、外に出てから暫く経ってからの事。
「おや、私の義娘が世話になったみたいだね?」
と言う義父の揶揄いを含んだ笑顔に我に返り、慌てて居住まいを正す。
ガルグさんはそんな義父をまっすぐ見返した。
「後ほど、正式にご挨拶に伺います」
「そうか。では楽しみにしているよ」
そんな会話を交わしたガルグさんを見上げて、格好良いと思う私は既に、恋と言う病にやられているのだろう。カルガさんとシダさんを見付け、さっきの非礼を詫びると、体調を気遣われた。二人とも本当に良い人だ。
「リットさん」
丁度そこに、ヒラヒラを着たサノエさんが来て、挨拶を交わした。
「婚約者のミルテです」
「ミルテです、よろしくお願いいたします」
「リットです。こちらこそ、よろしくお願いします」
「彼女は今度、治癒隊に配属されることになりました。薬草園の方にも出る事になると思いますので、その時はよろしくお願いします」
「え、そうなんだ。女の人が来てくれるの嬉しい」
「私もリットさんに会えて嬉しいです。あ、いきなり馴れ馴れしく呼んでしまって申し訳ありません」
「え、そんな事気にしなくていいのに」
「言ったでしょう?リットさんはそういう人だから大丈夫だと」
「ですが」
「あの、私もミルテさんて呼んでもいい?」
「勿論です!」
「じゃあ、ミルテさんも私の事リットでお願いします」
「ありがとうございます」
本当は、貴族の世界は色々あるから高位の人を呼ぶのにさん付けは駄目だと聞いている。けど、私はただのリットだ。
「薬草の事、色々教えて下さいね」
「勿論。何か気付いた事があったら遠慮なく言ってくれると嬉しいです」
ミルテさんとそんな話をしつつ、王太子殿下の傍に戻ったガルグさんをチラチラと眺めながら夜会を終えた。
義父とアニカ様と戻った部屋で、アニカ様からいなくなった間の事を根掘り葉掘り聞かれたのは、心配をかけてしまったお詫びと思って全部話した。
ごめんなさい、私は義父とアニカ様の口撃に勝てませんでした。




