義父には勝てそうにない
また来ると言って帰って行くガルグさんを見送り、私がいつものように薬草たちの世話をする毎日に戻って十日。
どうやらやっと、ゴタゴタが収まったらしく、義父が久しぶりに顔を見せた。
「ずっとこちらに来られなくてすまなかったね」
「いいえ、大丈夫です」
そろそろ夕食の時間という頃に現れた義父は、一緒に夕食を食べようと言うので、さてどうしようかと首を捻った。
「あの、まだ家具が無いので」
「ああ、そう言えばそうだったね。すまない、忘れていたよ」
「いえ、何とかなってるし別に急いではいないので大丈夫です。けど、食べる場所が無いので、今はみんなで一緒に食事をしているんですよ」
「そうなのか。それは楽しそうでいいね」
「……ラハルテ様って、王弟殿下なのにそういう感覚があるんですか?」
「食事というものは、皆で食べたほうが楽しいだろう?」
「私の中の貴族は、長いテーブルで静かに食べるって感じなのですけど」
「そういうのが好きな者もいるだろうね」
クツクツと笑いながらそう言って、躊躇いもなく厨房のテーブルに着いた義父は、クレンさんとグーテさんにも遠慮なく座るよう声を掛けた。ついでだからとお付きの人も座って食べるように言いつける義父を見て、思わず笑ってしまう。
「さあ、食べようじゃないか」
「いただきます」
そして、義父と私が食べ始めると、皆も食べ始めてくれた。
ほっとしながらそれを眺め、食べながら色んな話を聞いた。
「やっと引退することが出来そうなんだ」
「ラハルテ様が?無理じゃないですかねえ?」
「おや、どうしてそう思うんだい?」
「国を牛耳ってた人が、そう簡単に引退できるとは思えなくて」
「おかしいな、私はそこまで手を伸ばしていないつもりなんだけれどね」
「影が伸びてたんじゃないですか?」
「影か。それは気にした事も無かったな」
晴れ晴れとした笑顔で引退することを告げた義父に、グーテさんは嬉しそうに笑ってた。きっと、いつも心配ばっかりしてたんだろうなって思うと、グーテさんの影からの力添えに涙が出そうだ。
「そう言えば、今回の功労の褒美として夜会が開かれるよ」
「そうですか。賑やかでいいですねえ」
「君も参加するんだよ」
「アイタタタ、頭が急に痛くなったのでちょっと無理です」
あはは、残念だなあなんて言いながら食事を終えた。
義父もクツクツ笑っていたので、私は参加しない方向で話を進めてもらいたいと思う。
のんびりと皆でお茶を飲み、じゃあそろそろ帰るよと言って立ち上がった義父を見送るべく、グーテさんと二人で玄関まで歩く。
「ああそうだ、これを渡すのを忘れていたよ」
胸元から取り出した物を私に向かって投げたので、思わず受け取ってしまった私に、ニヤリと笑って見せる。
「またね」
そう言って片目を瞑った義父が出て行くのを見送り、思わず受け取ってしまったものへと視線を落とした。白い封筒に、赤い封蝋が張り付けてあり、そこに押されていたのはラジェルダ国の印。
「…………燃やしたい」
ぼそりと呟いた声にグーテさんがクスクスと笑い、駄目ですよとやんわりと言われて涙目になる。これは間違いなく王様からの封書の証だと言うので、仕方なくそれを開いた。
そこには、義父が言っていた夜会が開催される日時が書かれた招待状が入っていて、その招待状に『是非参加してくれ』と直筆で一言書かれていた。
「なんで、私、庶民なのにいいっ」
そんな叫びを上げた翌日。
朝から大工さんがやって来て、壊れた家具を全部作ってくれると言う。わざわざもう一度作ることに驚きつつも、私は私で薬草たちの世話をしながら一日を過ごしてた。
カルガさんとシダさんが薬草園に来てくれたのもこの日だった。
久しぶりに会えた事を喜び合い、互いの無事を確かめ合う。
「良かった、ずっと会えなかったから心配してたんだよ」
「リットさんも、ご無事で何よりです」
シダさん、本当に嬉しそうにそう言ってくれたから、私も嬉しかった。
貴族だから色々あるんだろうけど、信じて良かったと思う。
「騎士も随分人が減りましたけど、治癒隊も人が減ったんです」
「そうなの?」
「はい。ヴァミエール公が全てをご承知でおられて、皆粛清されたんですよ」
「そうだったんだ」
それは知らなかったと、カルガさんとシダさんの話を聞きながら、いつものように薬草たちの世話をする。
「国王陛下が今回の騒動の責任を取って譲位されると言う噂が出ています」
「ああ、それわざと流してるみたい。譲位されるのは本当だけど」
「やはりですか。隊長が王太子付きになったのでそうかなとは思ってました」
「え、王太子付きになったの?」
「あれ?ガルグ隊長から聞いてませんか?」
「聞いてなかった。そうなんだ、じゃあお祝いしなきゃ」
「あの、リットさん、サノエ隊長もですけど、ガルグ隊長もそうですよ?」
「え?」
「ガルグ隊長も王太子付きの近衛隊長になられました」
「……えええええ?」
全然知らなかった。
「まだ、公式発表されてはいないんですけどね」
「ん?王太子付きって事は、そのまま国王付きって事になるのかな?」
「その予定で王太子付きになったんだと思いますよ?」
「うわあ……」
大出世って奴なんだろうか。
全然判らないけど、貴族的に王様の近くに行けるって事はたぶん、出世なんだろうからめでたい事だろう。
「色々、公式発表があってから変わる事がたくさんあると思います」
「そうだねえ。まあでも、私はいつも通りに薬草たちの世話をするんだけどね」
「そうですね」
そんな話をしながら、のんびりと薬草たちと戯れ、今まで収穫しておいた薬草たちをカルガさんとシダさんが治癒隊の詰め所に運んでくれた。乾燥室に置いてあったから大丈夫だとは思うけど、薬効成分がいつもより落ちているだろう事は予測している。
「調合器具まで破壊したんですか」
「そうなの。だから、乾燥させることだけしか出来なくて。でも薬草たちは次々に成長して行くから困ってたんだ」
乾燥させても調合する方法はあるからいいかって思ってたけど、やっぱり薬草たちが無駄になるのは悲しいし、残念でしかない。
大部分は種にしてしまったから、また最初からやり直しの予定だ。
「はあ、何かもう、落ち着いて薬草の栽培ができないよ」
「そうですね。けど、暫くは大丈夫だと思いますよ」
「そう願ってる」
カルガさんとシダさんを見送り、また毎日薬草たちの世話をしに来てくれるようになってから五日経った日。笑顔の義父がやって来て、夜会の為のドレスを作るという。
溜息を吐きながらも後は調整するだけだからと言われた私は、カルガさんとシダさんに薬草たちをお願いして、義父と一緒に王城を歩いた。
前に来た時はあちこちから視線が突き刺さっていたけれど、時折チラッと見られるぐらいで済んだことにほっとする。本当に、色々変わったみたいで何だか変な気分だ。
「紹介するよ。私の妻だよ」
「初めまして、私はアニカよ。よろしくね」
「リットです。お世話になっております」
アニカ様は、それはもう、すっごく、ものすっごく可愛い人だった。
義父、犯罪じゃないの?と思ったぐらいに、本当に可愛い人だ。ミア姉がみたら絶対ベタぼれするってぐらい、フリフリとヒラヒラが似合う人。
「嬉しいわ、やっと会えたわ」
「妻はね、君を養女にする時に会いたいと言っていたんだけれど、中々機会が無くて」
「あなたが作ってくれなかっただけじゃないの」
「私は作ろうとしたんだよ」
「嘘よ。あなたなら作れたはずだもの。どうせまた何か企んでいたから会わせてくれなかったのでしょう?」
「そんな事はないのだけれどね」
「もう。まあいいわ、やっと会わせてくれたから許してあげる」
「それは光栄だ」
そう言って優しく笑った義父に、私は今、目の前で見た物を信じられずにパチパチと何度も瞬きをしてしまう。嘘だ、あの義父がベタぼれではないかと、顔が引きつってしまう。
「ねえリットちゃん、良かったら私にドレスを見繕うお手伝いをさせて欲しいの。いいかしら?」
「も、勿論です。よろしくお願いします」
「良かった。それでね、色々あなたに似合いそうな形や色は見繕ってきたのよ」
そう言いながらアニカ様が、嬉しそうに自分の後ろに並べられていたドレスを見せてくれた。何となく義父に視線を向けると、パチンと片目を瞑って見せる。
そんな気障な仕草が似合う義父にクスリと笑ってから、私はアニカ様推薦のドレスやら小物やらをたくさん見せられ、ヘトヘトになって一日を終えた。
「本当はね、もっと日にちがあれば良かったのだけど。急ごしらえになってしまってごめんなさいね?」
「いえ、用意して頂けるだけでありがたいと思っていますから」
「そんな悲しい事を言わないで。あなたは私の義娘でもあるのだから」
「……ありがとう、ございます」
アニカ様が、優しく笑って私の手を握る。
「あの人、色々誤解されるけれど。本当は優しい人なのよ」
「はい、それは充分に解っております」
「良かった。義娘に誤解されていたら可哀想だものね」
そうしてクスクスと笑い合う。
「ねえ、ちょっと気になったのだけれど。あのね、あなたの髪飾り、どなたかから贈られたものかしら?」
「はい、バルナー侯爵から頂いた物です」
「そうなの?あら、あの方こんな可愛らしい物を選べるのねえ」
アニカ様のその言葉に思わずぷっと噴き出してしまう。
「ごめんなさい、バルナー侯爵って大柄だからか怖い気がして」
「そうですね、確かにそう思います。けど、優しい人ですよ」
「あら、旦那様と同じで誤解されるタイプなのね?リットちゃんだけが知ってるみたいな感じかしら?そういうの、素敵よね!」
「そ、うですね」
「そうよね!旦那様の本当の所は私だけが知ってるのよ」
そう言ってうふふと可愛らしく笑ったアニカ様が、本当に可愛い。
義父、さすがだ。
「うんと可愛くしましょうね」
「ひ、控えめでお願いします」
アニカ様とそんなやり取りをしつつ、改めて義父には勝てそうにないと思い知った日だった。




