そこが良い
そして、バタバタと騒がしい一夜が明けたその日。
特級魔物の討伐及び、反乱軍の制圧の完了が高らかに宣言された。
「宣言されても、私ったらいつもと変わらないんだよねえ」
そんな事を口に出しながら、薬草たちの世話を焼く。
倒れて壊れた塀の所にも騎士が立って見張ってくれているし、薬草たちはそんな人間の事情など知った事ではないと成長して行くのだから。収穫をし、種を取り、話し掛けて歌を歌う。
それが私に出来る精一杯だ。
「おはようございます、リットさん」
「あ、おはよう、サノエさん」
薬草の葉を木箱に収めていると、サノエさんがやって来た。
「怪我はないようですね」
「サノエさんも」
そして二人で顔を見合わせて苦笑する。
「結局、何だったの?」
「ブルス侯爵は、ヴァミエール公を逆賊として捕えようとして失敗したようです」
「ああ、義父に裏をかかれたのね」
「その通りです。さすがヴァミエール公ですよ」
「なんであの義父に勝てるって思ったんだろう?」
「……勝ちたいと思うその気持ちは理解できますがね」
「あ、それは私もだよ。負け続けて悔しいんだよね」
大体、王様が義父の事を信用してるんだから、仕立て上げようとしたって無駄なんだよねえ。まあ、そういうのも分からないほど巧妙に隠されてたんだろうけど。
「今、騎士たちは後処理に駆け回ってます。ブルス侯爵の息が掛かっていた者達を、何故かヴァミエール公が把握してましたよ」
「ああ、そう言えば義父が言ってたよ。ブルス侯爵の息子?がここに来た時にね、塀を壊して入る事は想定済みだったんだって。けど、薬草たちの所の塀を壊されたら駄目だからって、壊す場所を何気なく誘導するように言われてた人がいたとか」
「…………あの方は、どこまで」
「あ、それとね、何で魔物討伐に行ってる最中に決起しなかったかって言うと、重要人物らしい人が、義父の配下らしいよ?」
「カドルス侯が?」
「ああ、そんな名前だった」
ぽかんと口を開けていたサノエさんが、がっくりと肩を落としながら長い溜息を吐いた。その気持ちはよくわかる。
「ブルス侯爵が決起したのはね、義父がそうさせたからみたい」
一掃すると言った、その言葉通りに全てを一気に片付けた。
王位を王太子へと譲るのに、憂いを一気に薙ぎ払うつもりですべてを動かし、そしてそれを成功させたのだ。本当に、義父にはやられっぱなしだったなあ。
「あの方は、どこまで」
「正直、あれに勝とうと思った自分、浅はかだったってすごく思っちゃった」
「……けど、いつか勝ちたいです」
「だね」
二人で顔を見合わせて苦笑した後、サノエさんといつものように薬草たちの世話をし、夕食後に乾燥室に置いた薬草たちを確認する。
「この調合器具をもう一度作るのも、どれだけの時間が必要か」
「まったくね。全部壊して行くとか、本当にイラっとするよね」
「……家の中、すっきりしてしまいましたね」
「まあねえ。けど、怪我しなかったからそれでいいやって」
壊された物は全部運び出されていて、家の中も色々修繕が必要らしく、私はまた王城の片隅の部屋を借りる事になっている。今はまだ、お城の中がバタバタしているから、ここにいる方が安全だとかで、グーテさんと一緒にここに残ってるんだけど。
「そうですね、確かに」
「うん」
そして、帰って行くサノエさんを見送り、あの日以来泊まり込みになったクレンさんとグーテさんと三人で応接室で眠りにつく。変わらないそんな日を送り始めて五日。
私はいつものように薬草たちの所で話し掛け、歌を歌いながら世話をしていた時の事だった。
「リット」
呼び掛けられたその声に立ち上がり、こちらへ歩いてくるその姿を目にして駆け出した。そのままの勢いで飛び付き、抱き着いた両腕に力を籠める。
「お帰りなさい」
ぎゅうぎゅうと締め上げるように抱き着いているのに、ガルグさんが笑った。
「ただいま」
会いたかった、声を聴きたかった、寂しかった。
ぐるぐると渦巻くように色んな感情が溢れ出し、言葉の代わりに涙が出てきた。
だから、溢れた涙をそのままにわんわん泣いた。
「わーん、ガルグさんの莫迦あああ」
しがみ付きながら泣いて泣きまくって、やっと感情の爆発が静まって来た。
ずっとガルグさんにぎゅうぎゅうとしがみ付いて泣いてた私は、ここでやっと自分が今、何をしているのか気付く。
「あ、あの、」
「落ち着いたか?」
ずっと私を抱きしめて、宥めるように背中を撫でて居てくれたガルグさんが、私の顔を覗き込む。一瞬で顔に火が付いたように熱くなり、足を引いたけどやんわりとガルグさんの腕の中に閉じ込められた。
見上げたガルグさんの顔は、やつれて凄みを増していた。
「……お帰りなさい」
「ただいま」
飢えた猛獣のような顔をしたガルグさんは、優しい目で答えてくれた。
「痩せましたね?」
「そうか?自分じゃわからんが」
「あ、怪我は?大丈夫だったんですか?」
「ああ、今回もお前のおかげで助かった」
「え、新しく生やした所が?大丈夫ですか?不具合はないですか?」
慌ててペタペタとあちこちを触っていると、ガルグさんがクツクツと笑いながら私を見下ろしてた。
「俺は大丈夫だよ。部下達がな、お前のおかげで助かったんだ」
「そうでしたか。それは良かったです」
そして、顔の近さに恥ずかしくなり、ガルグさんをとりあえず休憩所に誘った。
「あの、ちょっと待ってて下さいね?」
こくりと頷いたガルグさんに笑んでから、家に戻ってグーテさんにお茶を頼んだ後、薬草たちの所に戻って途中だった収穫や種まき、間引いて埋めてを繰り返し。やっと終わったと立ち上がって見れば、ガルグさんは休憩所で椅子に座ったまま眠っていた。
グーテさんが毛布を掛けてくれたらしく、柔らかな風が抜けて行くそこで、安心したように目を閉じていた。そっと近づき、何だか嬉しくてじっと見つめた後、収穫した薬草の葉を家の中へと運び込む。
「リットさん、あの方そろそろ起こした方が宜しいかと思います」
「うん。けど何か、そのまま見てたい気がしちゃって」
「ふふ、解りますけどね。風邪をひかれる前に家の中に入れて上げて下さい」
「はあい」
グーテさんにそう言われ、ガルグさんの所へ歩いていくと、ガルグさんがふと目を開ける。ああ、残念と思いながらガルグさんに「おはようございます」と声を掛けた。
「悪い、寝るつもりじゃなかったんだが」
「大丈夫ですよ。私こそスミマセン、薬草を優先しました」
「いや、いいんだ。大丈夫だ」
椅子から立ち上がって体を伸ばしたガルグさんは、掛けられていた毛布を持って着いて来てくれた。グーテさんに毛布を手渡しながらお礼を言うガルグさんを、夕食に誘う。
何もない家の中を見て驚いた顔をするので、理由を話せばガルグさんの顔が更に凄みを帯びる。
「何も聞いてねえぞ」
「まだバタバタしてるんじゃないですかね?やっと一息吐けた所じゃないんですか?」
「まあ、そうなんだが」
テーブル代わりの木箱の上に置かれたお茶とお菓子を楽しみながら、夕食はいつも厨房で食べるのだと言えば、一緒に食べる人がいて良かったなと笑ってくれる。
そう言う所が好きなのだと、実感した。
「ガルグさんも気にしないですよね?」
「場所なんて何処でもいいさ」
そして、クレンさんにガルグさんを紹介し、四人で夕食を食べた。
「えっと、ガルグさん顔は怖いけど優しい人ですから」
「悪かったな。今更顔は変わらねえよ」
「ええ、変える必要はないですよ。そこが良いんですから」
「…………お前は」
何故か緊張しているようだったので、和んでもらおうと思っての発言だったけど、ガルグさんが長く溜息を吐き出してた。グーテさんがニコニコしながら、ガルグさんを見てて、クレンさんがにやりと笑ってた。
「バルナー侯爵っつったら、俺からすりゃ英雄みたいな人なんだが」
「そんな大層なモンじゃないですよ、俺は」
クレンさんの言葉にガルグさんがそんな返事をしつつ、緊張が解れた夕食は和やかに過ぎて行った。
応接室で寝泊まりしているのだと知ったガルグさんに理由を問われたので、家の中をガルグさんに見せた。家具は壊れてしまったので全て運び出してあり、カーテンは血が飛んでいたり、剣で切られていたので外してしまったのだ。
「ブルス侯爵の息子?が来たんですよ」
「どれだ?」
「えっと確か、ヘイス、だったかな?」
名前を告げたら、ギラリと目が光った気がした。
「で?そいつが何をした?」
「私、グーテさんと一緒に隠し部屋に隠れてたんですけど、家中探したみたいで壁に穴開けられたし、ベッドは切り裂かれてたし、ワードローブ倒されててチェストから下着まで引っ張り出されてました」
「…………後は?」
「後?ええと、血まみれのカーペットがありました」
誰が切られたのかは知らないけどたぶん、義父が連れていた騎士が斬ったんだろうって事だけは理解してた。まあそれも全部、キレイに片付けられているんだけど。
「リット、完全回復材は余ってるか?」
「え?さあ、解りませんけど」
「そうか」
「え、なんです?誰かまずい事になってるんですか?」
「いや、違うから大丈夫だ」
なんだか、牙を剥いた猛獣みたいな顔でそう言われ、疑問符を浮かべながらもそれを聞く事は躊躇われたので飲み込んだ。




