卵野郎め!
ナッツの皮剥きをした日から七日目。
やっとあの原生林での戦いから帰ってきた騎士たちが揃った。
けど、亡くなられた方が多かったそうで、ガルグさんたち隊長さんが遺族の方に会う為に飛び回ってた。
そう、ガルグさんが帰って来たって聞いたのに、まだ会えてないんだよね。
サノエさんもすごく忙しいらしくて、薬草園は今、カルガさんと二人だけでとっても静かだ。この薬草園だけは変わりなくここに在って、周囲の喧騒も避けて通って行く気がするぐらい静かだった。
「みんな、忙しそうだねえ」
「そうですねえ」
のんびりとそんな会話を交わしつつ、いつものようにせっせと薬草たちの世話を続けてた。そして、飛び回ってたガルグさんたちが戻って来てほっとしたのもつかの間。
今度は貴族たちが決起したとかで、カルガさんもいなくなった。
薬草園の入り口を守る騎士が増えたけど、私は相変わらずのんびりと薬草たちを戯れる日々を送っている。
「王様に反旗を翻すなんて、実はみんな、暇なんじゃないの?」
「ブルス侯爵如きがラハルテ様に歯向かうとは」
「叩き潰せーっ!」
「捻り潰して摩り下ろして差し上げますっ!」
ふん、ふん、と鼻息荒くしたグーテさんが、厨房から擂り粉木棒を持ち出して、振り回しながらそんな事を言っていた。
アーカーの卵野郎のせいで、私はガルグさんに会えないのだ。
「もう、何て言って出迎えようかって、ずっと楽しみにしてたのにっ!」
王城の東端、あまり人目につかない所だからか、騎士たちの訓練場では何やら色々声が聞こえる事もあるけど、薬草園だけはすごく静かだった。
カルガさんがいなくなってから、八日目の事。
夜、眠っていたら突然、どおおおんと言う轟音が聞こえて跳ね起きた。
外を確認するより早く身支度を整え、グーテさんの元へ走る。
「リットさん……」
家の周囲を覆う炎が見え、火を点けられるのかと思っていたら声が聞こえた。
「リット・ヴァミエール。中にいるのは判っている。抵抗せず出て来い」
初めて聞く声に戸惑いを覚えつつ、止めるグーテさんに大丈夫だと笑んで見せてから玄関を開けた。松明を掲げた男が、私を射るような目で見てくる。
「リット・ヴァミエールだな?」
「その通りです」
「こちらへ来い」
じっと睨みつけるように見てくる視線に、私もまっすぐ見返しながらゆっくりと歩を進めた。炎に照らされた薬草園が目に入る。この人たちが塀を壊して侵入したようで、一部が倒れているのを見て、薬草たちの上じゃなくて良かったとほっとしてた。
睨み合っている男と後五歩と言う所で立ち止まる。
「どなたです?」
「ヘイス・ブルスだ」
ああ、あの、と声は出さず、唇が動く。
「だから父が言っただろう、お前は選択を誤ったのだ」
鼻で笑いそうになって、慌てて顔を引き締める。
こんな囲まれている所で挑発するなんて、愚の骨頂だ。
戦う術なんてないのだから、相手を苛立たせないようにするのが一番良い。
「そうですね、愚かでした」
「……今更か。だが、気付いた事は認めてやろう」
尊大な口の利き方をする男だ。
義父とは違って、随分薄っぺらだけれども。
「ブルス侯爵は今どちらに?」
「父は重大な事柄をいくつも抱えておられる。貴様の所には私が来ただけで充分だろう」
「迎えに来て下さったのですか?」
「仕方あるまい。お前など取るに足りんと申し上げたが、父はお前が重要な鍵になると仰せなのだ」
「そうでしたか。高く評価して頂けてとても光栄です」
「父は先見の明があるからな。お前も何某かの利用価値があるのだろうよ」
吐き捨てるように言った男は、後ろに並んで威嚇していた男たちに合図を送る。
そして、男たちが動き出した途端、倒れていた塀から別の騎士たちが雪崩れ込んできた。私はそれを見ず、振り返って家まで全力で走り、グーテさんが開けてくれていた扉に飛び込んで鍵をかける。
「グーテさん、何か抑える物を」
「これを」
擂り粉木棒を手渡されたので、ドアノブに挟み込んだ。
「隠れる所は?」
「こちらに」
グーテさんの部屋に入り、ベッドの下に作られていた隠し扉を開けてくれた。
「中に入ってください」
「リットさんからです」
「……解りました」
ベッドの下に体を滑り込ませていたら、玄関ドアがすごい音を立てた。慌てて素早く体を動かして、隠し扉から奥へと滑り込む。
「グーテさん、早く」
こくりと頷いたグーテさんがベッドの下へと体を滑り込ませ、私は狭い隠し部屋で身を縮こまらせた。人が二人、膝を抱えて座って隠れる事ができるだけのスペースがあった。
義父って、どこまで想定しているんだろうかと思うと、負け続けている自分が悔しい。
グーテさんの体が降りて来て、隠し扉を閉めた途端、すごい破壊音が聞こえた。
驚いて身を縮こまらせつつも、じっと息を潜める。
剣劇の音が遠く聞こえる中、最後の賭けにでも出たのか男の声が二、三人分聞こえる。靴音が走り回り、ドアを開閉する音も聞こえてた。
ドキドキと緊張で高鳴る胸に手を当て、目を閉じ、ガルグさんに助けを求めてた。
男たちの足音がグーテさんの部屋に入ってきて、何かを倒す音や、壊れる音を聞きながら、グーテさんと二人、震える手を握り合って息を潜める。
「どこ行きやがったっ!」
「おい、まだ見てない部屋があるだろう」
やがて調合室から派手な音が聞こえ、私の怒りに火が付く。
アイツラ、絶対許さない。
そう思いながらも、何もできない私はここで助けを待つしかないのだ。
やがて、バタバタと走り回る音と、怒鳴り声、剣劇の音が聞こえた後。
静まり返った家の中、コツコツと一人分の足音が聞こえた。思わず握り合っている手に力が入る。どっちが勝ったのか、誰が入って来たのかわからない中、じっと身を潜め続けてた。
家の中の足音はもう、何人いるのか判断できないぐらいに増えていて、怒鳴り声やら呻き声やらで、外の事を想像するとぶるりと身震いしてしまう。
グーテさんと励まし合うように、ただ、握り合った手の温かさだけを確かめていた。
やがて、喧騒が落ち着いて来た頃。
「グーテ、そこにいるかい?」
義父の声が近くで聞こえた事で安堵し、グーテさんが扉を開ける。
「ああ、良かった。作っておいて正解だったね」
「ラハルテ様、ご無事で何よりでございました」
「うん、ありがとう。リットもいるね?」
「います」
グーテさんが外に出るのを手伝い、ベッド下から這い出て行くのを見送ってから、私も隠し部屋から外へと這い出て行く。ベッドの下へ伸ばされた義父の手に、自分の手を重ねるとぐいっと引っ張り出してくれた。
その力強さに驚きながらも、礼を言って立ち上がる。
「ありがとうございました」
「いや、いいんだよ。怪我はないかな?」
「はい、私は大丈夫です。グーテさんは?」
「私もありません」
そして、三人で何となく顔を見合わせ、ふっと笑い出した。
「もー、なんでいきなりこんな事になったんですか?」
「すまなかったね。あちらの動きが想定より早くて、こちらも色々と瀬戸際だったんだ。間に合って良かった」
「そうでしたか」
義父が少しだけすまなそうな顔を見せたのは一瞬。
けど、そんな顔を見せるようになったのだから、随分と気を許してくれているのだと思う。
「あ、ラハルテ様、お帰りなさい」
「ああ、お帰りなさいませ、旦那様」
私とグーテさんにそう言われた義父は、一瞬驚いてから微笑んだ。
「ただいま」
そう言って柔らかく微笑んでくれる義父は、何だか前とは別人のようにも見えた。
三人でほっとしながらグーテさんの寝室を出たら、いつものお付きの人と、騎士が五人、部屋の中にいてビックリする。
「片付いたか?」
「はい。ヘイス・ブルス、以下十二名全員捕縛しました」
「良くやった。下がっていい」
「はっ」
義父の言葉に敬礼をし、去って行く騎士五人を見送る。
どういう状況なのかさっぱり判らないけど、きっとこの後説明してくれるのだろう。
してくれるんですよね?と目線で問えば、義父はにっこり笑った後応接室へ行こうと言ってくれたので、グーテさんがお茶の用意をしてくれるのを待って、一緒に応接室へと歩いた。
「ええ、何これ」
「酷いね」
「ブルス家にはきっちり責任を取って頂きます」
「そうだねえ、何もソファを壊さなくても良いだろうに」
「座る所がないですね。今部屋を見て壊れていない椅子を持ってきますね」
「あ、リットさん、私が」
「大丈夫です。グーテさんは先に文句言っておいて下さい」
「ん?それは私にかな?」
「え、無いと思ってたんですか?」
そう返せば義父が笑ったので、椅子を取りに応接室を出た。
調合室を除くと、器具が全部床に落ちて壊されていて、怒りが再燃したけどまあ今はまだいい、仕方が無いと諦めつつ、客間と自分の部屋を覗いてみた。
ぐちゃぐちゃに荒らされていたけど、壊れていなかった椅子を持って応接室に戻る。
「酷いもんでしたよ。アイツラ、私の下着まで引っ張り出してました」
「…………そうだったのか」
「気持ち悪い。何度も瀕死の状態にしたいですね、あんな奴」
「そうだね、そうしよう」
あっさりと私の言葉に頷いた義父と、にっこりと微笑み合った。
そして、義父、私、グーテさん、お付きの人と四人で椅子に座り、手でカップを持ってお茶を飲み始めた。
「すまなかったね」
義父のそんな一言から始まった説明は結局、ブルス侯爵はとことん義父が苦手だったんだろうなって事が理解できる話でしかなかった。王様に反旗を翻した割にとことん小さいその理由が何て言うか、小物の小物たる所以と言えばいいか。
「あんな卵野郎如きがラハルテ様に勝とうとするとは」
「卵?」
「アーカーの卵があれとそっくり、同じ形してます」
そう言うと義父はクククと笑い出す。
「アーカーの卵、か。それを見た事があるとはね。君は危ない目にあった事があるんだねえ」
「リリムの森って、薬草、特に完全回復草が良く生えてくる森なんですよね。なので、冒険者に依頼して、採取しに入ってましたよ」
「ああ、だから戦わずに逃げる事を知っているのか」
「そうですね。逃げる事だけは叩き込まれてますので」
「うん、それが幸いしたねえ。下手に逆らわずにいてくれて良かったよ」
「戦う術を持たないので、それが最善だと知ってますからね」
良かったと呟くように言った義父は、私の頭を撫でながら微笑んだ。




