敗北
「さて。君に紹介したい人がいる」
長い足を組んでソファに座っている義父は、いつものお付きの人まで部屋から追い出して私にそう言った。
義父の隣にいつの間に来たのか、もう一人のおじ様がソファに座っていたのだ。私を見る目は優しく、何故かニコニコと微笑んでいて、とっても人が良さそうな顔をした人。義父の油断ならない、胡散臭い微笑みと対照的だ。
「私の兄で、ライアスだ。兄上、こちらがリット嬢ですよ」
「やあ、やっと会えたねえ」
ニコニコ笑う義父の兄に、どういう態度を取れば良いのか判らず、口に入っているお菓子を噛まずに飲み込んでしまった。慌ててお茶を含んで流し込み、それからソファから降りて床に膝を付いた。
「薬草師を賜りました、リットと申します」
「リット、ソファに座ったままで良いよ」
自分の国の王様に対面して、そんな事が許されるのだろうかと全身に汗を流しながらも、失礼しますと小さいながらも何とか声を発し、ソファに座り直した。
「突然来たから、驚かせたね」
「い、いえ、大丈夫です」
「どうしても君に会いたくてね、弟に無理を言ってしまったんだよ」
「光栄、の至りです?」
顔を俯け、言葉を探して返事をするけど、口の中がカラカラに乾いてしまう程緊張してた。
「リット、ここにいるのは私の兄だ。単なるおじさんだから気にする事はない」
えええ、無理だろーって言えたらどんなに楽か。
少し顔を上げて義父をチラリと睨めば、義父は満足そうに笑った。
「リット、我々は今、表向き敵対しているように見せかけている。こう言った秘密の場所でもなければ話も出来ないぐらいにね。君には悪いが、ここを利用させて貰う」
ああ……、最初からそのつもりで建て替えたのかと、義父の言葉で合点がいく。なるほど、やっぱり義父は食えない人だ。
「解りました」
くそうっ、と思いながらも、してやられた私は頷く事しか出来ない。
「君には悪いと思ったんだけれどね、弟が君なら大丈夫だと言うから」
ニコニコと聞き捨てならない事を言った王様に、えええ、と思いつつも顔に出さないよう、必死で笑顔を保った。けど、どうやら失敗したみたいで、義父が笑っている。
しかし、どうやら信用はされたようだと、何故か安堵の息が漏れた。
「君が作り出した物は聖獣と同等と言えるほどの物だからね。三つ頭の竜の討伐へ赴いた騎士達の命を、救ってくれてありがとう」
「……お役に立てて幸いです」
「実際、君の完全回復剤が無ければ討伐も不可能だったと理解しているよ」
「いえ、第二騎士隊と第五騎士隊が、とても優秀だからだと思います」
「そうだね。彼らには酷な命令を下してしまった」
王様が、ツラそうに眉根を寄せてそう言ったけれど、何と答えれば良いのか判らず、緊張で味がしないお茶を飲んで誤魔化す。
「国の頂点に立っても、意見を封殺されてしまう事なんて当たり前だからね。だからこそ、私があぶり出しの役目を負っているのですから」
「……ラハルテには辛い役目を押し付けてしまったな」
「いいえ。共に誓ったではないですか、国の為に生きると」
「うん……、そうだったな」
目の前で繰り広げられた、兄弟の愛溢れる会話は全力で聞こえない振りをした。何でこういう事を聞かせるのか、絶対義父が何か企んでるって丸わかりで嫌だ。思わず逃げ道を探して視線が彷徨うのは、本能だと思う。
「ところで兄上、聖獣の事なのですが」
「ああ、調べさせているのだけれどね、どうやら聖獣のハルト石が少し前から目覚めているようだよ」
「ではやはり、出回っているニュンフェの欠片と言うのは本物でしたか」
「そのようだね。恐ろしい事だよ」
「管理人はどうしたんです?」
「いなくなっていたんだ。随分前から放置されていたようでね、今はその責任の所在で揉めているよ」
「本当に解りやすくて助かりますね。失脚させる者はこちらで見繕いましょう」
「頼む」
「お任せ下さい。明朝には三つの首を進呈しましょう」
そしてこくりと頷いた王様に、義父が満足そうな顔で笑んだ。
いや、そんな会話は聞こえなかったし、私は何も見ていなかったとばかりに、必死でお菓子をポイポイと口に放り込んでた。味がしないのが悔しいけど、私に残された生き残る術はこれしか無いのだ。
「リット?」
「は、はい!?」
「ハルト石と言うのはね、聖獣を封じる時に」
「わあわあわあわあ、あわわわわわわっ」
義父の言葉を大声で遮った私を凝視する王様と、顔を背けてクツクツと声を殺して笑う義父はやっぱりとっても対照的なのに似てた。
「私は美味しいお菓子に夢中になっていたので何も聞こえませんでした!」
「抉り出した心臓の事だよ」
顔を背けて笑っていたと言うのに、そこだけはっきりと伝えてまた笑い出すとは、義父はとっても器用な人だ。
「……なんで私に言うんですか」
「知りたかったんだろう?」
ニヤリと笑いながら言われてしまえば、認めるしか出来なくて。
「突然大声を出してしまい、大変申し訳ありませんでした」
「……いや、構わないよ」
驚きから立ち直ったらしい王様は、元のニコニコ笑顔でそう言ってくれた。なので、ジロリと義父を睨んでおく。楽しそうな顔で笑っても許しませんから。
「サノエ君では調べられない事を言っておこう。ビエルテが滅ぶ時、聖獣の身体も引き裂かれたんだよ。頭、胴、手足に尾。そして、心臓」
「我々の祖先はね、その分かたれた聖獣の頭を王都に埋めたんだよ」
「聖獣と言うのは、どこまでも優しいそうだよ。その身も、魂までも穢してさえ願いを叶えようとしてしまうくらいにね」
そう言った義父に、何と返事をすれば良いのか判らなくなる。
「だからね、狂った聖獣としてその身を引き裂かれたと、記録に残っていたよ」
悲しそうな顔でそう言った王様も、いつもの皮肉気な笑みの無い義父も、その聖獣の事を確かに悼んでいた。
「王都にあるのは聖獣の頭部だ。ラジェルダを建国してから、主要都市に聖獣の分かたれた身体を封じているんだ」
「あの原生林にはね、聖獣の心臓が封じられていたんだよ」
「それが、どういう訳か欠片が持ち出されて出回っているんだよ。何か知らないかい?」
義父のその言葉に、あの冒険者の言葉が蘇る。
あそこでしか採れない、珍しい物。高値で買い取ってくれる『何か』。
「ああ、やはり思い当たる事があるんだね」
義父が楽しそうに笑いながら私を見るので、仕方なく口を開いた。
冒険者が言っていた事、高値で売れるらしい事を伝えれば、義父が満足したように笑いながら頷いた。
「なるほど、冒険者が絡んでいたのか。それならあの原生林に出入りできる剣技を持っているのも理解出来るね」
「しかし、今は三つ頭の竜が出た事で抑えられたんじゃないのかい?」
「ほんの一時の事でしょうね。買いたいと手を上げる俗物の多さには辟易しますよ」
「まさか、あれを献上されるとは思わなかったから驚いたよ」
「でしょうね。私にも渡されましたから」
義父はうんざりしながらそう言うと、私の顔を見てニヤリと笑った。
「ちょっと失礼してもいいでしょうか?」
だから、何かを言われる前に先にそう言ったのに、「駄目」とあっさり言われ、ジロリと睨んだらとっても嬉しそうな笑顔で見返された。
「リット、これが聖獣の心臓の欠片だよ」
「あら?何故か急に視界が曇って見えないです。ああ、見たいのに残念だなあ」
義父が懐に手を入れたと思ったら、掌の上に何かを握っていたので慌てて目を瞑り、顔を仰向けた。
「……見えるよね?」
ぐ……、もう、本当に、義父、嫌っ!
有無を言わせぬ物言いに、仕方なく顔を戻して目を開ける。
「見ました」
「真っ黒だろう?まるで赤が凝縮されたような黒さだよね」
「そうですね」
「でね、これが何処にあったかと言うと、実は三つ頭の竜を討伐した際、その身体から出て来た物だと言うんだよ」
「はあ、そうですか」
「おや、やる気がないね」
「他にどう言えって言うんです?これ、ヴァミエール公自身がおっしゃった通り、国の根幹に関わる話ですよね?」
「そうだよ」
「何故私に?私、気分は庶民ですけど」
「君に伝えれば、あの三人にも話が行くだろう?」
「……言ってもいいんですか」
「いいよ。私が接触するのはちょっと、マズい事になっているからね」
「そうですか。伝えて良いのなら伝えます」
「ああ、やはり連絡手段があるんだね?」
「いえ、ここで待つだけです」
口端を軽く持ち上げながら私を見て来る義父を、私もじっと見返した。
そのまま睨み合いに発展すると、王様がぷっと笑い出す。
「ラハルテと、言い合いをするのみならず、睨み合いまでするなんてね」
「可愛いでしょう、私の義娘は」
王様の言葉に、義父が嬉しそうな顔でそう言った。とりあえず、義父を誤解していた事だけはちゃんと理解出来たように思う。
「ラハルテ様はどうしてそんなに捻くれてるんですか?」
「産まれ付きかな?」
そう言ってニヤリと笑った義父に、私もとうとう笑い出した。
本当にこの義父には、敵わない。
笑いながらも、義父の掌の上に乗せられている聖獣の心臓の欠片だと言う石を見つめた。義父の掌の上に乗せられるぐらいの石は、確かに赤みを帯びた黒い色で、それは血の色を思い出させるには充分な色だとは思う。
「これが、魔物になるんですか?」
「それを今、調べている所なんだよ」
「でね、これが魔物になると仮定した場合、王都に魔物が溢れる事になるだろう?」
「……確かに」
「兄上に献上されるぐらいだからね、こちらも今必死で文献を漁っている所なんだ」
「はい」
「だからね、知りたがりの君達にも手伝って貰おうと思ってね」
「私は薬草達の栽培と回復剤を作成する仕事がありますので」
「カルガ君とシダ君は、今の状態なら充分担えるようだね」
いやいや、あの二人だけではまだ心許ないですと言ってみたけど、義父はどうしても私を調査メンバーに加えたいらしい。何故そこまでこだわるのかと聞けば、義父ではなく王様に、にっこり笑ってこう言われた。
「君に、ヴァミエールの名を与えただろう?」
どういう意味なのか判らず首を傾げれば、今、貴族達を二分している筆頭となっている義父は、逆賊の要として知られてしまっているから、義父を救う為に代わりに国を救う程の功績を上げられる人物が欲しいらしい。
「逆賊……、なるほど、お似合いですよ、ラハルテ様」
「そうだろう?ちょっと楽しくてね、やり過ぎてしまったよ」
「リット君、ラハルテは昔から国の為に身を粉にして来たんだよ。それなのに、いざとなったら処刑しろなんて言うんだよ、酷いだろう?」
「兄上、それが逆賊の末路ですよ。むしろ国の為にはそれが最善だと理解されているのでしょう?」
「むざむざ弟を殺して堪るか。なんとしても阻止してやるからな」
これはつまりあれって事?
私を利用して義父を助けようと動いている王様に騙されたって事?
「さて、リット君。お願いがあるんだけれどね」
そして、私の方へ身を乗り出して笑顔で話し掛けて来る王様に、大声を出して言葉を遮ろうか、それとも花を摘みに行くと言って出て行くのが良いか、悩んでいる内に話を進められてしまった。
「現状を君に伝えておくよ。今、貴族達は国王派と王弟派で真っ二つに分かれていてね。それがとても顕著になって来ているんだよ」
「今までなら信頼出来ていた部下にさえ、この話が出来ない程になってしまったくらいにね」
「……はい」
「身動きが取れなくなっている所に、君の回復剤が届いてね。これで現状を打破できればと思って君を王都に連れて来た。だが勿論、君の持つ知識を国で独占する必要もあったんだ」
「それは、はい、理解出来ました」
そう言うと満足そうな顔で笑んだ義父と王様が、私を見て同じ顔でこくりと頷いた。
「ガルグ・バルナー侯爵は、我が国一の剣の使い手だ。彼の右に出る者は無いし、今後も現れないと言われる程のね」
義父のその言葉に、私は暫し呆然としてしまった。
ガルグさんて、そんなに強い人だったのかと驚いたのと、義父が素直に誰かを褒めるのが意外だったから。
そして、話しは大詰めに入る事になる。




