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わからない

 私の里帰りは、三日の間だけの自由だった。

 ずっとガルグさんが傍にいてくれたのは、逃げようとしたら殺す為だろうって思ってたのに、逃がす為にくっ付いてくれてたとか。照れる。


「リット、これ持って行きな」

「いいの?」

「いいさ。アンタに作ったもんだからね」

「ありがとー!すごく嬉しい!」


 ミア姉が作ってくれた、ヒラヒラがいっぱい付いたクッションを受け取った。これでまだ、頑張れる。頭を撫でてくれたミア姉に、笑いながら抱き着いた。


「王都に行っても元気でやるんだよ」

「うん。ミア姉も、元気で」

「勿論さ」


 第二騎士隊がアーカーの討伐に行ったのは一日だけ。今は冒険者が狩っているから、それ程数が多くないと聞いている。

 だから、私が里帰りしたいって言ったから、こうして第二騎士隊を動かしてくれたんだって良く理解した。そして、義父が私用で公の命令をでっちあげる事が出来る人だって事も、充分に理解出来た。


 獣車に乗り込んでぶんぶんと勢い良く手を振る。

 ジュラとビナは大泣きしていて、特にジュラはガルグさんに懐いてたので、とっても寂しいみたいだ。また会いに来ると約束していたので、その時は私も便乗させて貰おうと思う。

 お世話になった人達に挨拶も出来たし、こうして見送りに出てくれた人達に、最後まで笑顔を見せるのは、私なりの意地だ。

 遠く、離れて行く生まれ故郷に、心の中にぽっかりと穴が開いたような気分になった。


「はああああ……」


 長い溜息を吐き出して、獣車の中に納まった。

 ムクリさんが何も言わずにいてくれるのがありがたい。


 流れて行く景色を眺めながら、暫く無言のまま揺られていた。


 途中の町や村によって、お水を貰ったり、魔物が出ていないかどうか話を聞いたりしながら、三日とちょっとで王都に戻って来た。

 薬草園までこのまま送ってくれるらしく、午後の日差しを浴びながらガラガラと音を立てて進む獣車の中から、綺麗に整備された庭を眺めてた。


「薬草園の建物、完成したそうですよ」

「え、そうなんだ。助かる」

「助かりますか?」

「え?うん、お城まで歩くの面倒だったから」


 ムクリさんの問い掛けにそう答えれば、ムクリさんがじっと見て来た。


「あれが完成したって事は、リットさんはあそこから出られなくなるって事ですよ?」

「今度は完全に出られないかな?」

「……何でそんなに平気そうなんですか?」

「んー、そうだな、中にいれば煩わしい事からは離れられるから、かなあ?」

「でも、隊長には会えなくなりますよ」

「……うん、そうだね」


 薬草園がヴァミエール公の管轄下にあるのは知ってる。王城の東側の端で、騎士訓練場の近くで、他には建物があまり無い。軟禁と監視が目的だったからそう言う所なんだろうって、最近よく理解できるようになった。

 だからきっと、あそこに出入りする人は皆、義父に連なる人しか来なくなるだろうって事も解ってる。


「けど、ガルグさんなら塀を壊してくれる気がする」


 そう言って笑ったら、ムクリさんがああ、と言いながら頭を抱えた。


「解ります……、確かに隊長ならやりそうですね」

「ね?だから、大丈夫かなって」

「大丈夫じゃないですよそれ、後始末大変ですよ」

「頑張って、ムクリさん」

「やっぱ俺ですかっ、俺ですよね、解ってます、慣れましたよもう」


 嘆くムクリさんに笑わせて貰いながら、王宮薬草園に到着した。


「ありがとう、ムクリさん」

「……いいえ」

「じゃあ、ガルグさんがやらかしたらよろしく」

「あああ、もう!隊長に何か伝言は?」

「んー……。抱き着いて好きですって言っておいて下さい」

「それは自分でやって下さい」

「えー?ムクリさんがやるから面白いと思ったのに」

「絶対嫌ですよ、お断りします」


 そして、笑いながら薬草園に入って手を振った。

 そんな私に、ムクリさんはビシッと敬礼を送ってくれて、そのまま獣車と走り去る。良い人だとは思ったけど、誰を信用していいのか判らないから黙っていた。

 ガルグさんが連れ出してくれると、そう言ってくれた事。


 王子様がガルグさん何て、子供が泣きそうな絵本になるなあ。

 そんな事を考えつつクフクフと笑いながら、薬草達の所へ歩いて行った。


「リットさん、お帰りなさい」

「ただいま」


 薬草達のお世話をしてくれていたカルガさんとシダさんが迎えてくれて、いなかった間の薬草達の話を聞いた。ちゃんと語り掛けをしてくれて、歌も聞かせてくれたようで、薬草達が生き生きとしている。


「二人共、本当にお世話になりました。どうもありがとう」

「いいえ。ご無事で何よりでした」


 いなかった間の薬草達の事を聞きつつ、報告書を読んでいると、待ち構えていたのか義父がやって来た。


「やあ。故郷はどうだったかな?」

「里帰り、許して下さってありがとうございました。皆、元気そうで良かったです」

「それは良かった。リット君、君の家が完成したからね、私自らが案内しようと思ったんだけれど、時間はあるかな?」

「少しだけお待ち頂いてもいいですか?今来たばかりなので、薬草達の様子を見たいのですが」

「構わないよ。では待っているよ」

「スミマセン」


 そして、カルガさんとシダさんと三人で薬草達の所へ向かい、薬草達の育ち具合を確認しながら二人から報告を聞いた。


「大丈夫ですか?」

「心配してくれてありがと。大丈夫だよ」


 シダさん、本当に義父側の人なのかなって思うぐらい、本気で心配してくれているのが判ってツラい。サノエさんが書いてくれた物だから、間違いはないと思うけど、それでもシダさんの名前が書いてあったのにはまだ疑念がある。


「じゃあ、よろしくお願いします」

「はい」


 カルガさんとシダさんにお願いしてから、義父の所へ戻り、置き去りだった荷物を持ってお付きの人と一緒に三人で完成した家に入った。


「お帰りなさいませ」


 そう言いながら頭を下げた女の人に驚きつつ、「ただいま戻りました」なんて言葉が口を突いて出たのは、ミア姉の教育の賜物だろう。挨拶は人としての基本だと叩き込まれているのだ。


「紹介するよ。彼女はこの家の使用人で、グーテ・ラハニ。掃除や洗濯を引き受けてくれる」

「グーテと申します。よろしくお願い致します、リット様」

「様っ!?」


 グーテさんの言葉に素っ頓狂な声が出てしまった。

 慌てて口を閉じたけど遅いのは自覚している。


「えっと、リットです。せめてさん付けでお願いします」

「解りました。ではリットさんとお呼びさせて頂きます」


 にこにこと優しい顔で笑う人だった。

 年の頃はたぶん、義父と変わらないだろう。


「グーテ、荷物を頼むよ」

「畏まりました」


 グーテさんは私が持っていた荷物を受け取ると、頭を下げて見送ってくれた。自分で片付けるから、部屋に置いてくれればそれで良いと言ってから、義父に付いて案内してもらう。


 真新しい木の匂いを嗅ぎながら、義父の後ろを歩くのは何だか変な気分だった。玄関を入って右側が居住空間で、左側が薬草の乾燥室や調剤室になるらしい。


「器具は揃っているはずなんだけれど、確認してくれるかい?」

「器具まで揃えてくれたんですか、ありがとうございます」


 高回復草は外側の葉を採り、そのまま魔水を合わせながらすり潰して行くのが、一般的な方法だ。私が育てた高回復草は、乾燥させて粉状にしてから魔水で濾したり、蒸してから揉んで茶葉のようにしたりも出来る。

 

「君の家にあった器具を見せてもらってね、同じ物を作らせたんだ」

「そうでしたか。ありがとうございます、使わせて頂きます」


 なるほど、これで調剤器具はいつでも作り出せるって事かと思いつつ、にっこり笑って礼を言う。うん、私も中々に心中を隠すのが上手くなったではないかと、一人悦に入ってニヤケてしまった。

 ああ駄目だ、まだまだだ。


「乾燥室と言うのが良く解らなくてね。サノエ君に意見を求めて参考にさせて貰ったんだよ」

「なら大丈夫でしょう」

「おや、君はサノエ君の事も随分と信用しているようだね?」


 ええ、なんせ同じテントで何回も一緒に寝た仲ですから、なんて言わないし教えないけど。


「知識と言う物は、持っているだけでは意味がないと思うんです。サノエさんは持っている知識の使い方を良くご存知ですから」

「そうだね、私もそう思うよ」


 満足そうに頷きながら微笑んで見せた義父は、今度は居住空間の方へと歩いて行くので、大人しく着いて行った。


 玄関を通り過ぎ、十歩ほど歩いて左側のドアは、グーテさんの部屋だと言う。所謂使用人部屋と呼ばれる物で、訪れたお客様の対応にも出る為に、玄関から近い所の部屋があてがわれるらしい。


「君は服を着たり脱いだりする事は出来るのだろう?」

「勿論です」

「うん。だから、グーテにはこの家の管理を任せるつもりなんだ。けれど、例えばこの間、夕食に誘われただろう?」

「はい」

「ああいった場合の身支度も手伝えるから、気兼ねなく頼むと良い」

「……はい、お気遣い頂きありがとうございます」


 むむ、義父が判らなくなって来た。

 どうやら本当に親切心でグーテさんを入れてくれたようにも見えて、それをどう捉えれば良いのか判断が出来ない。


「ああ、来ていたね。紹介するよ、この子がリットだよ。リット、彼は毎日通いで来てくれる料理人のクレンだ」

「リットです、よろしくお願いします」

「クレンだ。苦手な食べ物は?」

「キノコ類全部と辛い物です」

「解った。美味いもの食わせてやるからな」

「はい!楽しみにしてます!」


 真新しい厨房で、恰幅の良いクレンさんが鍋を掻き回し、芋を洗いながらにっと笑ってくれた。邪魔をしてはいけないからと、義父がさらりと厨房を出たので、私も着いて行く。

 グーテさんと厨房の向かいは客室になるらしく、普段は使わないだろうと言ってたけど。


 誰か泊まりに来る予定でもあるんだろうかと首を捻ってしまった。

 私はここに、監禁されるのではないのだろうかと思いつつも、それを義父に聞くのは躊躇われて、結局何も言わずに後を着いて歩く。


「ここが君の部屋だ。好きに使ってくれて構わない」

「……ありがとうございます」

「義娘とは言え女性の部屋だから、私は遠慮するよ。グーテ、頼んだよ」

「はい、お任せください」


 部屋のドアの前に控えていたグーテさんが入って来て、代わりに義父が出て行った。私は義父に挨拶をするのも忘れ、ぽかんと口を開けて部屋を見回している。

 漆喰の壁、太い木の梁、焦げ茶色の良く磨かれた床。

 あまり広くなく、かと言って狭い訳でもない部屋は、私の生家を思い出させる部屋だった。


「……リットさん、この家は全部、ヴァミエール公がお選びになられた物です」


 グーテさんの言葉に、思わずじっと見つめてしまった。

 

「心の声が漏れていましたよ。あの方は、誤解されるような言動が多いですけれど、本当はお優しい方なんですよ」

「……でも、私あからさまに脅されましたよ?」

「またですか。あの方は、気に入った方には必ず命を脅かすような事を言うのですよ」

「……その返事次第でその人を判断するって事ですか」


 何となく声を潜めてそう言うと、グーテさんは顰め面をしながらこくりと頷いてくれた。


「お止めになるよう何度も進言させて頂いておりますが、治そうともしないのです。あれはもう病気だと思って下さい」

「病気、ですか」

「病気です。生まれた時から兄君と、陛下と比べられておりましたからね。歪んでしまわれたのですよ」

「え、と言う事はグーテさんはずっとあの方と共にいらっしゃるのですか?」

「いえ、私はあの方が十を過ぎてから専属の侍女となりました。あの方が公爵位を賜った時に、私を共に連れて行って下さったのです」

「そうだったんですか」

「お小さい頃も捻くれ者でしたけれど、そのまま大きくなられてしまって」

「……グーテさんのご尽力、お察し致します」


 そして二人で顔を見合わせ笑い合った。

 

 生家によく似たその部屋は、私がくつろぐ事が出来るよう配慮してくれたようだ。リビングでもあるし、気分によってはここで食事をしても良いらしい。リビングに隣接した浴室は、大き目の浴槽が置かれていた。

 そして、寝室に入ればこれまた生家を思い出させるような色合いで整えられており、華美ではなく、かと言って質素でもないベッドがあり、大きなワードローブとチェストが揃いの意匠で壁際に並んでた。


「……判らなくなりました」


 義父がどういう人なのか、本当に解らなくなった。

 グーテさんは少しずつ知って行けば良いですよと、微笑んで見せてから、とりあえず荷物を寝室に置いて部屋を出た。

 調剤室の先に、応接室があると言う。

 そこで義父が待っているからと、グーテさんと一緒に歩いて行けば、義父はいつものようにその場の主であるかのような顔をしてソファで寛いでいた。


「気に入って貰えたかな?」

「はい、とても」

「そうか、それなら良かった」


 そう言って笑いながら私にもソファを勧めてくれた。

 私はきちんと義父を知る為に、礼を言ってからソファに腰を下ろした。




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