でっかくて、壮大な夢(ガルグ視点)
夜道を歩いてリットの店に入ると、しんと静まった空気に包まれる。
カウンターの奥へ入るよう促され、家の中、キッチンへと入って竈に火を入れようとしているリットに、代ろうと声を掛け火を点けてやる。
「……ガルグさん、白湯でいいですか?」
棚を開けては何かを取り出し、眉間に皺を寄せていたリットがそう言うので、それで充分だと答えた。
「茶葉にカビ生えちゃってて。明日捨てます」
「本当に急に連れて行かれたんだな」
「はい。すっごく怖かったですよ」
「だろうな」
何処の隊だか知らねえが、戻ったら調べてやろうと決めた。
「お前の、家族の事を聞いてもいいか?」
「はい。ええと、物心ついた時には祖母は亡くなってて、祖父が薬草の栽培方法を研究中でした」
ヴァミエール公が聞いた時にははぐらかした話を、すんなり話し始める。
それだけ、信用してくれてるんだろうと理解して、何だかむず痒くなった。
家族の事を話しているリットは、家の中を見回しながら懐かしそうに頬を緩めつつ、俺に教えてくれる。途中で湯が沸いて、カップに湯を注いでだしてくれたので、それを飲みながら聞いていた。
「十三の時、父はリリムの森に薬草を採りに行って、そのまま帰って来なかったんです」
それからずっと、さっきの隣人に助けてもらいながら生きて来たと言う。
「……そうか」
「はい。町の人達も随分心配してくれて、色々手助けしてくれました」
「そうか。良い所だな」
「はい」
リットが栽培に夢中になったのは、そう言った経緯があったからかと納得する。なるほど、周りなんて見ずに没頭したとしても仕方がねえな。
「あの、ガルグさん。相談なんですけど」
「なんだ?」
「王宮薬草園、正式に治癒隊の物って決まったらしいんですけど、知ってますか?」
「いや、知らなかった」
「私も治癒隊になるのかと思ったら、それは別でやっぱり薬草師なんだそうです」
「ふうん……」
「それで、治癒隊の人が交代で手伝いに入る事が決定したんですけど」
「ああ」
「サノエさんからこれを預かりまして」
そう言ってポケットから小さな紙片を取り出した。
そこに、名前が書かれていて、最後に用心するようにとあった。
「サノエが?」
「はい。これは義父に関する人って事ですよね?」
「……ウォークリー、バルダット、ネケイ、アルブル、ああ、そうだ、確かに」
「やっぱり。じゃあ、シダさんは義父に連なる人だったんですね……」
そう言って目に見えて肩を落としたリットに、何と言えば良いのか判らなくて困った。貴族同士のいざこざ何て、リットには関係ない話だからなあ。
「シダの事、随分信用してたみたいだもんな」
「はい……。何か、誰も信用できなくなりそうで怖いです」
「だろうな」
そう言った腹の探り合い何て、どっか遠くでやって欲しいよなあ。
「なあ、リット。本当はここに帰って来たいんだろう?」
「勿論です」
「……それが無理だって事も理解してるのか」
そう聞けば、泣きそうな顔をしながらもこくりと頷いた。
「私が、あっちでちゃんと成果を出せば、この町は無事だと思ったんです」
「……辛いだろうがその通りだ」
「やっぱり」
例えば、リットがヴァミエール公の言う事を聞かなかった場合。
恐らくこの町は、人知れず消滅していた事だろう。
その時、リットも消えていただろうが、その辺も理解してるって事か。
「自分が、何を作り出したのか、やっと理解した時に悟りました。だから、このまま大人しく王都に戻ります」
「それが良い」
「……帰りたくないって言った時、私を殺す為にガルグさんが来たんでしょう?」
「阿呆。俺はお前を逃がす為に来たんだよ」
そう命令された奴がいるだろうから、その為にずっと傍にいるんだと言えば、またバカみたいに口を開けて俺を見上げてた。
「お前は、俺を何だと……、まあいい」
察しが良いのは結構だが、肝心な所で何故ボケる。
「なあリット。ちゃんと伝えておく」
「はい……?」
「あー」
いざとなったら何と言えばいいのか判らなくなり、勢いに任せてガシガシと頭を掻いた。それでも、言葉が上手く出て来ない。
さて、何と伝えれば理解してもらえるだろうか。
「リット。あー、俺はな、お前の事を気に入ってる」
「……はい」
「だが、好きなのかと聞かれると正直解らねえ」
「……はい」
「ついでに、お前が口で言う程俺の事を好きだって訳じゃねえのも理解してる」
目を真ん丸に開いて見て来るから、当たってたんだろうな。
「提案なんだが」
「はい」
「もうちょっと、互いに知り合ってみねえか?」
「……えっと、例えば?」
「もっと、具体的に。考えてみりゃ、あんまり個人的な事を話した事がねえんだよな」
「ああ、確かに」
「うん、だからな、あー、例えばほら、さっきの家族の話しみたいに」
「そう言えば私、ガルグさんの事何も知らないですね」
「うん。やっぱ家族の事からか?」
「お願いします」
そして、俺の家族の事を話しながら、兄貴達とのバカなやり取りまで披露して、リットに笑われつつ。
「……自分の事を知って欲しいと思ったのは、初めてだ」
「私も、知りたいと思ったのは初めてです」
「そうか」
そして、リットの頭を撫で、今日は寝るよう促した。
「アーカーの討伐、明日出発ですか?」
「ムクリに任せてある」
「ガルグさんは?」
「言っただろ?俺はお前を護るって」
そして、リットの祖父の部屋を借りた俺は、ベッドに転がりつつ照れた顔で笑うリットを思い出していた。
まあ、なんだ、アイツは色々と面白い奴で、確かに可愛い。
そして、色んな事を思い出し、ついでにおならをしようの歌を思い出して、ハルが涙を流しながら笑っていた事まで思い出した。
ハルがあんなに思いっきり笑ったのなんて、何十年振りだったか。
学院を出たと思ったら、あっと言う間に結婚して子供作ってたが、それも義務だからと言っていたハルを、寂しく思いながら見てたもんだ。
あの歌は、忘れていた物を思い出させてくれた。
「大人、か」
学生の頃は、未来に夢を見ていたように思う。
いつの間にか、すっかり置き去りにしていたようだが。
子爵家の四男と言う半端な生まれの俺は、自力で食っていく為に騎士になれればいいかぐらいの気持ちでいたからな。騎士になった後の事なんて考えた事も無かったが。
国王派と王弟派で揺れている貴族を見ていると、ハルの味方になりたくなる。
自分の事は気にせず、やりたい事をやれと言われてはいるが。
太子近衛隊の話し、受けてみるかな。
そうすりゃ、俺の立ち位置が決まるから、ヴァミエール公もそう簡単に手出しできなくなるだろうし。けどそうなると、そう簡単にリットに会えなくなるなあ。
そんな事をつらつらと考えていたら、いつの間にか朝になっていた。
「あ、おはようございます」
「……はよ」
朝から元気なリットに挨拶を返し、昨日言っていた通りに棚の中から色んな物を出して庭に埋めているリットを手伝った。
「ここに埋めて良いのか?」
「はい。腐葉土を作る為の所でしたけど、もういいです」
「……そうか」
埋められる物は全部埋め、捨てる物、まだ使える物に分けたリットは、朝食を摂る為に隣家へ行こうと言う。
「いいのか?」
「勿論です」
リットだけならまだしも、俺までいいのだろうかと聞けば、笑顔で答えが返って来る。外で食うつもりだったが、そう言うならと着いて行くと昨日の女が出迎えてくれた。
「ちゃんと来たね」
「迷惑なら外で食うが」
「逃げる気かい?」
「は?」
「一晩リットと一緒にいたんだろう?」
「ああ……、まあそうだが」
「ならもう家族だろう」
そう言い切り、家の中に入るよう促された。
その超絶理論は何だと聞きたいが、たぶん、あの女の中ではそれが正解なんだろう。
「あ、ガルグ、昨日の続きやろうぜ!」
「おー、暇があったらな」
「絶対だぞ!」
「じゃあお前も手伝え」
「いいぜ、手伝ってやる」
すげえ生意気なガキだが、そこが良い。
そして、朝から賑やかな食事を終え、リットが店を片付けるのを手伝った。
「なあリット、これ捨てるのか?」
「まだ使えるから誰か貰ってくれたらいいなって思ってる」
「じゃあ俺が貰う!いいだろ?」
「いいよ。欲しい物があったらあげるよ」
「ホントか!?」
「うん。ジュラなら何でもあげるよ」
そう言ったリットを思わずじっと見てしまった。
何だか、死地へ向かう騎士と同じ事をしていたから。
「え、何ですか?」
のほほんとした顔で何処まで解ってんだか。
もしかして、自分が殺される事まで覚悟してんのか?
「……リット」
「はい?」
「信用できねえかもしれねえがな、もう一度言っておく」
「はい」
「例え命令違反になろうとも、お前の事は俺が守る」
真剣にそう伝えれば、真剣な顔で見返して来た。
この顔は、討伐ん時に隊員に処置してた時の顔だ。
「……騎士が、命令違反はマズいんじゃないでしょうか」
「まあな。あらゆる手を使ってそうならないようにしておくが、それでも、いざとなったらお前を連れて逃げる」
「…………なんで、そこまで」
「さあな、自分でも解んねえよ。けど、お前を護りたいと思った。だから護る」
じっと見上げて来るリットの顔が歪んだ。
ああ、やっぱりコイツ、自分が殺されるかもしれないって解ってたのか。
「莫迦じゃないですか?庶民何て見捨てれば良いのに」
「そうなんだろうな。けど、お前のお蔭で思い出した事があんだよ」
「なん、ですか?」
「俺の夢」
「夢、ですか」
「でっかくて、壮大な夢だ」
そう言ったら、泣きながらもぷっと笑われた。
「でっかいと、壮大って、意味被ってるし」
泣きながら突っ込み入れられて、黙れこの野郎と頭をわしわしと撫でてやる。途中でジュラが戻って来て「リット泣かしてんじゃねえ!」と蹴られたが、あえてそれを受けた。
だが。
「いつまで蹴ってんだこの野郎」
「うるせえ、黙って蹴られろバカ野郎!」
「ったく、母親に似て生意気な野郎だぜ」
「はっ、黙れデカ物!」
「こう言う時はな、思い切り一発入れて終わりにすんだよ」
「足りねえから蹴ってんだ!」
「ガキだな」
「八歳だからな!」
ホンット、生意気。
こう言うヤツは大好きだ。
「お前、デカくなったら騎士になれよ」
「嫌だね。騎士なんてゴーマンな奴になりたくねえ!」
「……何つうか、この町の奴は皆こんなか?」
「なんだと?」
「え、それって誰の事言ってます?」
俺とジュラのやり取りで出ていた涙が引っ込んだのか、リットまでがそう聞いて来た。
ああ、そうか。
「なあ、俺やっぱりお前の事好きだわ」
「は?」
「俺の方がリットの事好きなんだからなっ!」
一丁前にリットの前に立ちはだかるジュラを見下ろしながら、間抜けな顔のリットを見て噴き出した。
「顔見て笑うとか」
照れた顔でそう言うリットを抱き寄せる為、ジュラを遠くへ押しやる。
腕の中にリットを収めると、俺の尻をジュラが蹴った。
「……良い度胸だ、表出ろ」
「受けて立つ!」
外へ飛び出して行ったジュラを見送り、一度腕の中のリットを見下ろした。
戸惑うように視線を揺らしながら、真っ赤な顔で見上げて来るのが、確かに可愛い。だから、腕の中に閉じ込める。
「……早く行かないとジュラが可哀想です」
「行って来る」
リットの頭を撫で、ジュラを追って外へと出た。




