このまま、二人で
「そう、ここだ」
店に入ったら埃っぽいんだろうなって思ってたけど、どうやらミア姉達が掃除をしてくれていたみたいで、凄く綺麗だった。ガルグさんが店に入った途端、ぐるりと見回して、カウンターへと目を向けてからそう言った。
懐かしそうに目を緩めてるガルグさんは、小さい頃の私を思い出してくれたんだろうか?
「いらっしゃいませ」
カウンターの中へと入ってそう声を掛ければ、ガルグさんがクツリと笑う。
「ああ、そうだ、お前あん時もそうしてたな」
「はい。懐かしいですね」
あの頃の私は、カウンターと同じ背の高さだったから、箱の上に立っていた。たぶん、今と同じぐらいの高さはあったと思う。
何となく、そのままガルグさんと見つめ合っていたら、おほんおほんとムクリさんのわざとらしい咳き込みが邪魔をした。
「邪魔をしてしまい、大変申し訳ありません」
「別に邪魔してねえだろ」
ガルグさんの返答に、ムクリさんが軽く引きながら見上げてた。笑ってしまいながらも、中に入るよう促して家の中へと入って行く。
あの時、騎士達が何をどうしたのか、全然知らなかったからちょっと怖かったけど、どうやらミア姉達が綺麗に片付けてくれたらしいと分かった。綺麗に整えられた部屋は、住んでた時と寸分違わずそこに在る。
「……荒らされてるのを覚悟してたんですけど」
「お前、どんな風に王都に連れて行かれたんだよ」
「店に入って来た騎士が、私が薬剤店の店主だって確認したら、そのままカウンターから引きずり出されて、腕を掴まれたまま獣車に乗せられました」
「……ありえねえ」
「それ、ヴァミエール公はご存知なのですか?」
「さあ?けど、騎士の庶民に対する態度って、何処でもそんなもんですよ?」
冒険者たちの話しでしか知らないけど、騎士や貴族は庶民はゴミだと思ってるって事だったから、ガルグさんに皆がビックリしたんだ。
「有り得ねえだろ」
「有り得ねえのはガルグさんの方でしたよ。話しを聞いてる限り、騎士と貴族は気に入らない事があると切り捨てるって聞いてますから」
「いくら何でもそれはねえよ。聞いた事もねえし」
「でも、スウェル男爵のあの息子は、似たような事やってたじゃないですか」
黙ってしまった二人に、色々確認したい事があるからと言って、部屋から出て貰った。そして、祖父と父が残した薬草達の記録簿を取り出す。これが、我が家の唯一の財産なのだ。
「残ってて良かった」
それを抱き締め、ベッドからシーツを引っ張り出してそれを包み込む。
部屋から出ると、ムクリさんが持ちますよと言ってくれたけど、女の秘密だから駄目と断って、我が家の薬草園へと歩いて行った。
裏庭に作られたこの薬草畑は、日差しが溢れ、風がそよいで行く造りだ。嵐になった時に、風雨を弱める為の目が細かい網もある。
「……これ、持ってってもいいですか?」
網を持ち上げながら聞くと、ムクリさんがそれは何ですかと聞いて来るので、雨除けだと答えれば持ちますよと持ってくれた。良かったと言いながら、全部の網を畳んで持って行く事にする。
「これは大荷物ですね。先に獣車に乗せてしまいましょう」
ムクリさんがそう言って網を運んで行くのを見送り、私はせっせと残りの網を畳んでた。ガルグさんがそれを眺めているのを自覚しつつも、特に話し掛ける事はせず、他に持って行く物がないか考えてた。
「……なあ、リット」
「はい」
「お前は、貴族になりたいか?」
「別になりたくないですね」
「なら、これからどうするんだ?」
「そうですね……、恐らく一生、あの薬草園から出られないと思います」
薬草達が揃い、他の人達が栽培も調剤も出来るようになったら。
私は殺されるんじゃないかと思ってる。
「……俺が出してやるよ」
「ふふ、それって、お姫様を助けに来る王子様みたいですね?」
「似合わねえか?」
「嬉しいですよ、猛獣王子様」
「猛獣止めろ」
そして、二人で笑い合う。
夕焼けに染まった薬草畑で、私は嬉しくて夕空と同じように頬を染めた。
「あのー、ホント、何度も邪魔してスミマセン」
そう言いながらムクリさんが来て、私が畳んだ網を持って出て行った。
それが何だか可笑しくて、クスクス笑ってしまう。
「リット、約束だ」
「……はい」
差し出された手に手を重ね、そのまま手を繋いでミア姉の家に行くと、何故かムクリさんが家族の中に溶け込んでいて、和気藹々とラダさんと一緒に夕食を作っている所だった。
「あ、リット!お前、帰って来たなら俺と遊べ!」
「わ、ジュラ?ちょっと見ない間に大きくなったねえ」
ミア姉とラダさんの最初の子であるジュラは、八歳のヤンチャ盛りだ。顔はラダさんに似てるけど、中身はミア姉にそっくりだと言われている。
「リットちゃん、あのね、今日ね、騎士が来たの」
「いっぱいいたねえ。みんな優しかったかな?」
「うん!あのね、カッコいい人いたの!」
「えっと、誰だろ?」
「わかんなーい、でもカッコいー!」
「そっか。ビナったらおませさん」
ミア姉の二人目の子、ビナは五歳。
すっごく可愛い。
「おいリット、コイツは?」
「あ、ガルグさんって言うんだよ」
「ガルグ?お前、リットのなんだよ!」
ちょ、何いきなり痛い所突いて来るかなっ!
何も答えられなくて困っていたら、ジュラはどうやら繋いでる手が目に入ったようで。
「いつまで手え繋いでんだ、放せよ!」
そう言って、ガルグさんの手と私の手を引き離そうとして来た。
なので、手を放そうとしたらガルグさんにぎゅっと握られて、え?と見上げてみれば、にやっと笑うガルグさんがいて。
「駄目だ。これは俺のだ」
ジュラにそう言って私を引っ張った。
ぽすんとガルグさんの腕の中に納まった私は、一瞬呆けた後かああっと血が登る。
「ふ、ふざけんなっ!リットは俺のだぞ!」
「やらねえよ」
「なんだとこのデカ物っ!」
「はっ、テメエの蹴りなんざ痛くも痒くもねえな!」
「え、ちょ、何を」
「放せよ!」
「嫌だ。もう決めたんだ」
「おやおや、モテモテじゃないか、リット」
「ミ、ミア姉?」
慌ててガルグさんの胸を掌で叩くと、やっと解放される。
真っ赤になっているであろう顔を伏せ気味にしながら、ミア姉に顔を向けた。
「よし、ジュラ。男なら解ってんだろう?」
ミア姉の言葉に頷くジュラ。
そして、大きなガルグさんに怯みもせずに人差し指を突き付ける。
「決闘だ!デカ物!」
「受けよう」
そして、やんややんやと周りが囃し立て、夕食前のお酒を飲みながらの決闘見物となった。
「えええ、なんでこんな事に」
「男ってのは拳で語らなきゃいけない時もあるんだよ」
「……ミア姉、女じゃん」
ぐっと拳を作ってキメ顔で言ったミア姉は、はははと豪快に笑う。
「ラダ、ジュラも大きくなったねえ」
「そうだな。怯まず挑戦できるのは良い事だが、きちんと教えなきゃいけないな」
ミア姉夫婦がそんな会話をしている最中、どうやらガルグさんとジュラの準備は終わったらしく、大きなガルグさんにジュラが殴り掛かって行く。けど、頭を抑えられて拳が届かなかった。
ジュラは頭の上にあるガルグさんの腕に両手でしがみ付いたと思ったら、身体ごとその腕に巻き付いて、ガルグさんの顔を蹴ろうと足を伸ばしてた。
「すごい……」
「やるねえ」
「身軽だからな」
「お兄ちゃん頑張れーっ!」
お酒を飲みながらそれぞれに好きな事を言いつつ、二人の決闘を見学してた。けど、元々の身体の差って言うか、大人と子供だから仕方が無いって言うか。ジュラが必死で拳や足を出しても、ガルグさんはひょいひょいと避けてしまって全然当たらなかった。
そして、ガルグさんがジュラの身体をひょいっと持ち上げたと思ったら、ぽいっと空へ投げた。
何度も何度も繰り返されている内に、決闘より楽しくなったらしいジュラが、もっともっとと笑う。その内ビナまでガルグさんに放り投げて貰って、笑い声が響く中、ムクリさんが夕食が出来たと呼びに来てくれた。
ジュラはガルグさんの肩車、ビナは抱っこして貰い、二人共ご機嫌で戻って来る。
「母さん、コイツすっげえ高い!」
「コイツじゃない、ちゃんとガルグさんって言いな」
「ガルグ!」
ガルグさんの肩車でご機嫌のジュラが、肩の上で笑ってた。
ビナはガルグさんの腕の中から、ラダさんの腕の中へと移動する。
「楽しかったの」
「そうか。良かったね、ビナ」
肩の上から降りようとしないジュラに、ミア姉がジロリと睨んで「降りな」と言うと、素直に降りる辺りが可愛い。
それでも、ガルグさんの事が好きになったのか、ずっと傍にいていっぱい話し掛けてた。楽しそうに笑うジュラとガルグさんに、私達も楽しくて笑ってた。
なかなか寝ようとしないジュラに、ミア姉が一喝するとスゴスゴとベッドに行くのも可愛い。ビナは既にうとうとしていたから、寝かせて来るとラダさんが抱っこして、ジュラを連れて部屋を出て行った。
おじさんとおばさんも、先に寝ると言って寝室に行ってしまっている。
「ところでさ、アンタ、うちの子に宣言してたけど。本気だろうね?」
「ミア姉、あれはほら、ちょっとからかっ」
「まあな」
ジュラを揶揄っただけだと言おうとしたら、ガルグさんがそう言うからビックリしてガルグさんを見上げる。
「あのなあ、何とも思ってねえ奴に髪飾りを買って来ると思うか?」
「え……、でも、お土産じゃ」
「な訳ねえだろ」
えええ、なんか、ガルグさんがここに来てからおかしい。
「ほう?何だか今一つ通じてないみたいだねえ。まあリットはさ、いつでもぬぼっとしてんだ、はっきり言ってやんな」
「ああ、そうする」
「……泣かせたら殴りに行くから」
ミア姉の言葉に、ガルグさんがこくりと頷いてるのを、バカみたいに呆けてぽかんと口を開けて見てた。
「帰るぞ」
ぽんと一度頭の上に置かれた大きな手が、私の手を握って立ち上がる。
「美味かった。とても」
「当然だろ。私の旦那が作ったんだ」
「そうだな。旦那によろしく」
そして、ガルグさんに手を引かれるまま、ミア姉の家を後にした。
既に暗くなった夜道を、ガルグさんと二人、手を繋いで歩く。このまま、ずっと二人で歩いて行けたらいいのに。
星空を見上げながら、手を軽く握ってみたらガルグさんが少しだけ振り返った後、温かくて大きな手が握り返してくれた。
「あの、すっかり忘れられてるみたいですが、夕食ご馳走様でした」
「ああ、そうか、もう一人いたんだったね」
ミアの言葉にムクリが肩を落としたが、そのまま「いいんです、僕はそう言う扱いで」と呟くように言葉を残し、もう一度礼を言って家を後にした。




