里帰り
余計な話ばかりで時間が過ぎてしまった事は理解してた。
けど、王太子殿下がいるのに席を立つのは失礼ではないだろうかと悩んでいて、結局時間ばかり過ぎて行ってしまって。お茶とお菓子が無くなったのを機に、思い切って断りを入れる事にする。
「あの、そろそろ私は外してもいいでしょうかね?」
「何だ、何かあるのか?」
「薬草達のお世話がありますよ」
「ああそうか、ごめん、リットさん」
「いいえ。ごゆっくりどうぞ」
そして、男達を置き去りにして、私は薬草達の元へ行く。
本を読み聞かせてくれているカルガさんとシダさんと一緒に、高回復草と完全回復草の様子を見つつ、伸びて来た薬草達を見ながら間引きの話しをした。たぶん、明日にはもう少し大きくなってるはずだから、間引いて空いている所に植え替えて欲しいと頼む。
「どうやったらいいのか判らないので教えて下さいね?」
「勿論。間引きの仕方は共通だから覚えてくれると私も助かるし」
薬草達の所では、のんびりと、ゆっくりとした時間が流れている気がする。
カルガさんとシダさんに色々お願いしてから、魔力回復草の所へ歩いて行くと、芽を出し始めた薬草達が出迎えてくれた。
「おおお、これ絶対昨日の歌の効果だよね?」
一人で世話をしていた時は、一日中歌を聞かせる事なんて出来なかったから知らなかった。種の内から歌を聞かせた方がいいと、さっそく記録する。
「カルガさん、シダさん。歌いますよ!」
「え、僕達もですか?」
「だって見て、いつもより早く顔を出し始めたんだよ!」
「あの、『いつも』が僕にはわかりませんが」
「あそっか。けど、一日中歌ったのか良かったのか、それともカルガさんとシダさんも歌ってくれたのが良かったのか判らないの。だから一緒に歌って?」
「いや、でもですね」
二人がチラリと休憩所へ視線を走らせたけど、皆話に夢中になってるみたいでこっちは見てなかった。
「大丈夫、見てないよ」
「いや、聞こえますから」
そう言ってたけど、歌い始めれば二人共が昨日より恥ずかしさに頬を染めながら歌ってくれた。うん、やっぱりカルガさんの美声で『ハイ、ぶううっ!』がいい、素晴らしい。
そして、休憩所から笑い声が上がると、カルガさんとシダさんが俯いてしまう。けど、笑いながら近づいて来たサノエさんも混じり、今度は四人でおならをしようの二番を歌った。
振り返れば、王太子殿下が地面に膝と手を付いて笑っていて、何だか貴重な姿を見た気がする。
やっぱり、この歌は色んな意味でおいしい。
「じゃ、三番行きまーす」
そして歌い始めた私をサノエさんはにこやかに笑みながら、カルガさんとシダさんは互いの顔を見ないようにしながら歌ってくれた。サノエさんは歌詞が判らず、傍にいただけだったけども。
歌い終えた時、我が国の王太子殿下が地面に転がり、お腹を抱えて悶絶している姿を目にする事が出来たのであった。
ちなみに、ガルグさんに至ってはその後、暫くの間私の顔を見るとおならの歌を思い出すらしく、近寄って来なくなってしまったのは誤算であった。
そう、王太子殿下がお腹を抱えて悶絶している貴重な姿を見てから、今日は既に五日目だ。あの翌日には義父から第二騎士隊にアーカーの討伐命令が回ったらしく、騎士団長からその命令を受けたガルグさんと、副隊長のムクリさんが薬草園に来た。
ガルグさんは絶対に私と視線を合わせようとしないので、訝しんだムクリさんに注意されてたけど、空を見ながら「気にするな」と言い続けて終わりにしてた。そうか、あの日からガルグさんとまともに話しをしてないんだと気付いて、今、獣車の中で落ち込んでいる。
「……あの、隊長が大人げなくてスミマセン」
「いえ、いいんです、大丈夫です」
一緒に乗ってくれてる副隊長のムクリさんは、ガルグさんの態度に恐縮しっぱなしで、何度もこうして謝ってくれる。
「ムクリさんて、ガルグさんのせいで何度も頭下げてるんでしょうねえ」
「ええま、いや、そんな事はありませんよ」
「大丈夫です、わかってますから」
ひたすら私を避けるガルグさんに、ほとほと参っている様子のムクリさんを労わりつつ、私の生まれ故郷であるビエーユの町に辿り着いた。
事前に連絡が来ていたのか、町の人達はそれ程慌てるでもなく第二騎士隊を受け入れていて、その中に会いたかった顔を見付けて手を振った。
「ミア姉っ!ただいまっ!」
急に名を呼んだからか、凄い顔で睨んで来たミア姉は、次の瞬間驚きに換えて私を凝視して来た。
「な、何だか凄い方ですね」
「ミア姉が?」
「視線で射殺されるかと思いました」
「ああ、確かにミア姉の睨みは凄いですよね。あれで大抵の変態はいなくなりますし」
そして、やっと動きを止めた獣車から飛び降り、真っ直ぐにミア姉の所に走って行った。
「ミア姉、久し振り!」
「リット、あんた、なんで騎士様と一緒に?」
「送ってもらった。ね、元気?皆大丈夫?」
「勿論だよ。あんたこそ元気なんだろうね?」
「勿論」
家の隣の家に住んでるミア姉は、私世代のボスだ。
私より二つ上のミア姉は、弟を家から追い出し、大好きなラダさんを婿に迎えている。
王都から騎士が来て私が連れて行かれそうになった時、その前に立ちはだかってくれた人でもある。けど、騎士が相手だから駄目だと言って、何とか引き下がって貰ったのだ。
「話、聞かせて貰えるんだろうね?」
「勿論」
そして、ミア姉は何か騎士達に対して役割があったみたいだけど、それを他の人に押し付けて私を抱えるように歩きながら家に戻ってしまった。
「いいの?」
「いいんだよ。この間、面倒事一つ片付けてやったからね」
「そうなんだ」
ミア姉は何処からどう見ても格好良い女の人で、何と言うか、とてもさっぱりとした気性をしていると思う。けど実は、可愛いものが大好きで、フリフリヒラヒラしている物を見ると動かなくなる。
家の中はそうした、ミア姉が大好きな物で溢れ返っていて、それを見た奴が一度揶揄った事があった。
曰く、男勝りなミア姉が、あんなに可愛い物を集めてるのはおかしい、と。
ショックだったのか、ミア姉が言い返さない事に調子に乗ったソイツに、私が殴り掛かった。まあ、あっさりと負けたけど、そこに現れたのがラダさんだ。
私の髪を引っ張り、張り手を食わせたソイツを思い切り殴ったラダさんは、ミア姉はれっきとした女性であって、それに負けたからと悔し紛れに言い掛かりをつけるとはみっともないと叱り飛ばしてた。
普段、おっとりしてたラダさんが突然豹変した日でもあったなあ。
そしてミア姉はラダさんに恋に落ち、今に至る。
「ただいま」
「お邪魔します」
ミア姉と一緒にミア姉の家に入った私は、ミア姉の両親とラダさんに、驚きの表情で迎えられた。ミア姉と同じように抱きしめてくれて、ペタペタとあちこち触られ、怪我はないか、病気は、何してたんだ、大丈夫だったのかと聞かれる儀式を終え、ラダさんが煎れてくれたお茶を飲んで、やっと笑えた。
「何かね、私が作った薬剤がとんでもない物だったみたいで」
「まあそうだろうね。それで?」
「ラジェルダ国薬草師って肩書き貰って、ヴァミエールって言う貴族の名前を名乗るのを許して貰った」
あっさりと説明すれば、皆ぽかんと口を開けてたけど。
まあ、私も確かにそうなるだろうって解る。
「なんだって?」
「んー、要するに、あの薬剤は国が管理するって事みたい」
「ああ……、確かにその方が良いだろうね」
ミア姉がそう言った後、どこか控えめにドアがノックされ、ラダさんが出て行った。それを見ながらミア姉の趣味である、フリフリヒラヒラが家の中に増えている事を見てクスリと笑ってしまった。変わっていないようで安心した。
「リット、騎士のガルグって人とムクリって人が来てる」
「あ、隊長と副隊長です」
「入って貰いなよ」
「え、いいの?」
「挨拶しておきたいからねえ」
ミア姉の両親は、騎士様なんて気づまりだからと言って部屋を出て行ってしまったけど、ミア姉は不敵に笑いながら二人を待ち構えてた。
相変わらずで何よりだ。
「失礼します」
ラダさんに案内されて来たガルグさんとムクリさんが部屋に入って来て、ソファに落ち着く。互いに紹介し合ってからミア姉が口を開いた。
「この子が作り出した物が凄い物だってのは解ってんだけどさ。国に保護されなきゃいけない程なのかい?」
「上層部はそう判断しました」
「ふうん。それで?この子は本当に大丈夫なのかい?」
「勿論です。今回も、リットさんの為に我々第二騎士隊が動いた程です」
たぶん、それがどれだけ凄い事なのか、本当の意味では理解出来ないだろう。だって、こんな田舎町じゃ騎士とか貴族って言われてもピンと来ないし。
「……アンタ、どっかで」
「あ、ガルグさんはあの人だよ、ミア姉。ほら、昔アーカー討伐に来た騎士の人」
「ああ!みんなが集ってた」
「そうそう」
「お前、そうか、思い出した。睨んでた奴だな?」
「アンタがおかしな事しないように見張ってただけだよ」
「する訳ねえだろ」
「わかるもんか。子供達を懐柔して連れ去るような奴だっていたんだ、騎士だからって油断する訳ないだろう」
「そんな奴がいたのかよ。お前、良く無事だったな」
「私が守ってんだ、当たり前だろ」
ぐ、何か今、ガルグさんとミア姉の中での私の扱いが良く解った気がする。
「あ、あのね、ミア姉。ガルグさんて猛獣にしか見えないかもだけど、一応お貴族様なんだよ」
「……ヒラヒラ着てた?」
「ううん、ガルグさんは着てなかった」
「なんだ、ガッカリ」
「でも、サノエさんって言う綺麗な顔した人は着てたよ、ヒラヒラ」
「どうだった?」
「すごかった。襟がね、ヒラヒラしてたよ。袖の所も」
「やっぱりか。お貴族様のヒラヒラ、見てみたいなあ」
「騎士の人に頼んで……、ムクリさんも貴族ですよね?」
「え、あ、まあそうです」
「貴族仕様のシャツ持ってます?」
「いえ、持って来ていませんが」
「ああ、残念。ごめんミア姉、借りてくれば良かったね」
「まあいいさ、今度の楽しみに取っておくよ」
そんなやり取りを、眉間に盛大に皺を寄せて眺めていたガルグさんと、バッチリ目が合ってしまった。途端に慌てて顔を背け、口元に右の拳を当てて誤魔化すガルグさんを、ミア姉が睨みつける。
「アンタ、なんだいその態度は」
「あ、ミア姉、それ以上は」
「いくら庶民を相手にしてるからって失礼だろう」
「あのね、あれには理由があって」
「……理由ってなんだい。くだらない事なら怒るよ?」
「えっとね、ガルグさんね、私が作ったおならの歌が忘れられないみたいで」
そう言った後のこの『ああ、それなら仕方ないね』と言う空気。
そして、思い出してしまったらしいガルグさんは、顔を俯け必死で声を殺して笑っていた。まだ笑えるとは、おならの歌の破壊力はすごい。
「みんな笑うけどさ。私はあの歌好きだよ」
「ありがとう、ミア姉。私もあの歌好き」
王都に行ってからのあれこれをミア姉に話していると、三つ頭の竜の討伐に私が行った事に怒ってくれた。ラダさんも一緒に怒っている所を見ると、どうやら私が行く事はおかしな事だったようだと初めて気付いた。
「何考えてんだい、リットは女の子だよ!」
「女性騎士がいるならともかく、他に女性がいない所か、大人数の男達と共にさせるとは」
「俺達は上から命じられればそう動くしかねえんだ。これでもリットの安全には気を配ったんだぞ」
ここで一緒にテントで寝たなんて言ったら、きっとガルグさんは凄い事になるんだろうんと思いつつ、黙ってお茶を飲む。
ミア姉が熱くなる前に止めに入る為に、口を挟んだ。
「ミア姉、けどね、一緒に行って良かったと思ってる」
「リット。あんたはそうやっていっつもぬぼっとしてんだから」
「あのね、一緒に行かなかったら、自分が作り出した物がどれだけ凄い物だったか、理解出来なかったと思う」
「……リット」
「もっと、ちゃんと周り見なさいって、ミア姉が言ってた意味が漸く解ったんだ」
物心つく頃には既に祖母は亡く、私が五歳の時に母が病気で亡くなった。八歳の時に祖父が亡くなり、それから父と二人で生きて来た。
女手が無いから、ミア姉の家族には沢山お世話になったんだ。
そして、私が十三歳の時。
リリムの森に薬草を採りに行った父は、そのまま帰って来なかった。
ミア姉の両親が面倒見てくれたけど、それからずっと、一人で生きて来た。
お金は、薬剤を作って稼いだ。
子供の、しかも女の子供が一人で生きて行くのは、本当に大変だったけど、ミア姉達がいてくれたから生きて来られたんだと思ってる。
「ありがと、ミア姉。大好き」
「私もアンタが好きだよ、リット」
互いに抱き合ってから、夕食を食べて行くように言われたけど、一度店に戻ると言ってガルグさんとムクリさんの三人で店に戻った。




