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友人の笑い声(ガルグ視点)

「ハル、今いいか?」

「いいよ」


 王太子殿下執務室に出入りできる者は限られている。

 例え友人と言えど、侯爵と言う肩書が無ければ入れてもらえない事も知っていた。面倒だとは思うが、そうして選別する事で守る事が出来るなら、肩書きも悪くない。


「これを届けて来てくれ」

「畏まりました」


 書類を受け取った従僕が、恭しく頭を下げて出て行くのを見送る。


「休暇中と聞いたけど?」

「休暇って名の謹慎だよ。お前の叔父さんのお蔭でな」

「また叔父か」

「まあな。所で、あの話しなんだが」

「薬草師に会わせてくれると言う?」

「ああ。明日行こうぜ」

「それはまた突然のお誘いだね。急がなきゃいけない理由が出来たと言う事か」

「ああ。俺が今の今までお前の叔父さんに呼び出されて、薬草園にいた事は知っているか?」

「……知らなかったよ」

「だろうな。悪いがお前の名を借りた。王太子殿下の名の下で調査中だから話す事は出来ないと」

「構わない。それで?」

「お前の名の下なら仕方ないと引き下がった。だが、俺をお前から遠ざけようとするだろうな」

「どうやって?」

「リットがな、里帰りがしたいと頼んだらしくて、第二騎士隊にリリムの森のアーカー討伐の命が下る事になった」

「いつ?」

「恐らく明後日には。遅くても五日以内には来るだろう」


 考え込んだハルに、執務室に揃えられていた茶器を使って勝手に茶を淹れた。まあ、飲めなくはねえからとハルに出せば、ハルが笑いながら受け取る。


「ありゃあ本当に食わせもんだぜ。リットの里帰りに同行させる騎士に心当たりがないかと聞いて来やがった」

「……それで第二騎士隊か。名目がアーカーの討伐ね」

「そこは俺が提言したがな。アーカーは金になるから冒険者が狩ってるし、第二騎士隊が動く程じゃあねえが」

「これ以上、リットさんに叔父を近付けるのもね」

「利用する気満々だろ。何も知らねえ庶民に名を与え、肩書きまで与えて何しようってんだか」

「ふう……。叔父はどこまでその手中に収めようとするのか」


 ハルが王太子とは言え、王城内は今真っ二つに分かれている。

 国王派と王弟派に別れた貴族達は、それぞれに競い合っていて本当に面倒くせえ。


「グリアーデ侯とライディス侯は王弟派だけど、ご子息は違うのかな?」

「レンデルとサノエは、そう言うのから遠ざかってるな。まあ、二人共長子じゃねえし、家を継ぐ訳じゃねえからってのも大きいみたいだが」

「けど、サノエ君は随分と叔父に気に入られているようだけど」

「ふうん?けどアイツ、かなり強かだから大人しく従ってる振りしてるだけじゃねえか?」

「そうなのかな?」

「明日直接会えば解るだろうよ」

「……そうか、そうだね」


 爵位が上の奴らは、こぞって王弟に従っている気がする。

 そん中で侯爵位を持つ俺が、ハルに付いてるのが気に入らねえんだろう。レンデルにサノエ、リットまで間に立たせて俺を懐柔しようとして来やがった。


「ガルグ、明日、何としても時間を作るよ」

「そうしてくれ。それとな、あそこでは肩書きの事は忘れて欲しいんだ」


 王太子って肩書きは、ちょっとばかりデカすぎる。

 そう思っての進言だったが、ハルは何故か笑い出した。


「それ、リットさんの為だろう」

「ち、違う!」

「いいよ、ガルグの心に住み着いた女性の為だもんね」

「だから違うって言ってんだろうが!」

「友人の為に協力できる事があるのは嬉しいよ」

「だから、別にそう言うんじゃねえって!」


 ハルはニヤニヤしながらそう言って来るが、リットの事はそう言うじゃねえんだよ。何つうか、上手く言えねえけど。


「アイツは、何つうか、ただ目が離せねえだけだ」


 そう、危なっかしくて目を離した隙に危ねえ事やってて、それを本人はケロリとして報告して来るんだ。だからって目の前でやられたらたぶん、全力で止めるだろうが。


「ガルグ、君、今自分が何を言ったか理解してる?」

「あ?」


 よくよく思い返して、ハルがどうして笑ってるのかまで理解した。


「違う、俺が言いたいのはそういうんじゃねえって事で」

「わかったわかった。そうか、ガルグがねえ」

「お前、いい加減にしろよ?」

「うん、明日が凄く楽しみだよ。ただのハルとして会いに行こう」


 機嫌が良くなったハルは、笑顔で俺を昼食に誘った。

 食べている間中、俺を見て笑うハルに、一々睨み返しながら食べた昼食は、何を食ったか覚えてない。

 城を辞し、宿舎に戻ってからレンデルとサノエに使いを出して、明日薬草園に来るよう伝えた後、俺はベッドに転がって不貞寝した。


 翌日、ハルを迎えに行くと上機嫌で迎えられ、従僕と揃って薬草園に行く。


「やあ、ガルグの友人のハルだよ。よろしくね」


 そう言ってリットと握手をするハルを眺め、レンデルとサノエが挨拶をするのを黙って見てた。


「ここに茶器が無いと聞いたから用意して来たんだ。お菓子も持って来たから気に入ってもらえたら嬉しいよ」

「はい、ありがとうございます」


 ニコニコしながらリットに話し掛けるハルは、確かに肩書きの事は忘れてくれるようで助かるんだが。


「リットさん、その髪飾り、とても似合っているよ」


 ハルのその言葉にリットが引っ掛かって俺へと視線を向けた。

 ニヤリと笑うハルが憎たらしい。


「あ、りがとうございます」


 赤くなった頬を隠すように俯いたリットが礼を言う。

 思わずハルを睨めば、ハルは笑いながら肩を竦めて見せた。


「ハル、早く話を進めろ」

「はいはい、ごめんね」


 レンデルとサノエが何か問いたげに視線を投げて来たが、そのままハルに話しをさせる事にした。

 ハルが調べた城の文献に書いてあった聖獣の話しだ。

 

「ビエルテの王と聖獣ヒューエルが、血の契約を交わした事は知ってるかな」

「血の契約?」

「そう。国王の血で聖獣ヒューエルと契約を交わしたみたいだね。けど、代が変わって行く内に血が薄まって、聖獣が暴走するようになったみたいだ」

「ああ、それは私が読んだ文献にも書いてありました」

「そうか。なら血の契約とやらも本当かな?」


 そんな話しをしている中、リットだけは菓子に手を伸ばして味わいながら食べていた。まあ、興味がねえって丸わかりで駄目過ぎだろ。


「リット、お前は聖獣をどう思う?」

「え?どうって?」


 慌ててごくりと飲み込んで返事をするリットを見て、返事を促す。


「聖獣ってのを何だと思ってる?」


 解りやすいようにもう一度問えば、リットはお茶を飲んでから答えた。

 コイツ、マイペース過ぎるだろ。


「見た事無いので何とも言えません」


 そんな当たり前の答えが返って来た。

 

「けど、本当に聖なる獣なら、血で穢れる事は厭うのではないでしょうか?」

「……え?」

「私が住んでた町にいた教会のボクテさんが言ってました。血を好むのが魔物で、血を穢れとしているのが神だと。だから、魔物に殺された人を綺麗に清めてから、神の御許に送ってました」

「……一理ありますね」


 リットの言葉にサノエが考え込み始めた。

 ハルまで同じように考え込んでるし、レンデルに至ってははなっから聞く気がねえのか、目を閉じて腕を組んだまま動かねえ。


「リット、これ美味かったぞ」

「え、どれですか?」

「これ。ナッツ入ってて美味い」


 指で摘まんだ焼き菓子を持ち上げれば、リットが口を開けるので放り込んでやる。柔らかいクッキーと言うヤツなのか、名前なんか知らねえが美味い事だけは覚えてた。


「美味しいです」

「だろ?ハルのとこの料理人は、料理も菓子も美味いんだ」

「羨ましいお話ですね」

「だよなあ。後で作り方聞いといてやるよ」

「是非。でも私、家が無いから何も作れないんですよねえ」

「不便だな」

「はい。早く出来上がると良いんですけど」

「あ、これも美味かった奴だ」

「どれどれ?」


 持ち上げた菓子を見たリットがまた口を開けたので、ぽいと放り込んでやる。

 さっきと同じようにもぐもぐと咀嚼しているリットを見てから、隣で静かに笑っているハルを睨んだ。


「なんだよ」

「ちょ、今、話し掛けたら、駄目」


 身体を捩り、笑っている所を見られたくないのか、必死に声を殺して笑っているハルを放置する事にする。サノエがじっと見ていたから、サノエにも菓子を差し出した。


「別に食べたかった訳ではないですが頂きます」

「……ああそう」

「ああ、これは美味しいですね」

「だよね。ナッツが香ばしくていいよね」

「はい。こっちはどうでした?」

「これは薄切りのナッツを砂糖で絡めてる奴だよ。これも香ばしくて美味しかった」

「なるほど。ナッツがお好きなんですか?」


 必死に隠れて笑っていたハルは、サノエの問い掛けに何とか立ち直ろうとして、俺の顔を見て失敗した。


「……顔見て笑いだすってどうなんだよ」

「うはは、ガルグさんの顔で笑えるなんて、さすが王太子殿下ですよね」

「どういう意味だよ」

「どっから見ても猛獣なのに笑えるって、すごくないですか?」

「だから猛獣じゃねえって」


 堪え切れなかったのか、ハルがとうとう声を上げて笑いだした。

 心の底から楽しそうで何よりだが。


「ほら見ろ、お前のせいだぞ」

「えー?でも、笑うならやっぱり声を上げて笑った方が良いと思うんですよ」

「しょうがねえだろ、声を出して笑うのは下品何て言われんだからよ」

「下品で結構ですよ。それに、そんな事言う人ここにはいませんし」

「まあな。って事だ、ハル、もっと思い切り笑え」


 友人としては、学院を出てからこうしてハルが思い切り笑う事が無くなって、少し寂しく思っていた。だから、声を上げて笑うハルを嬉しく思いながら見てた。


「ガルグさんて、本当に王太子殿下と友達だったんですねえ」

「物珍しいから親しくなったんでしょうか?」

「お前ら、ホント失礼だな!」


 リットとサノエの言葉にそう言えば、ハルは更に笑い声を上げた。

 いつの間にか目を開けていたレンデルも、何故か笑いながら俺達を見てた。


 視線を動かし、空を見上げれば今日も、良く晴れた青空が見えて。

 友人の楽しそうな笑い声を聞きながら、まあいいかと思いながら俺も笑った。




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