色んな意味でおいしい
目の前にあったお茶とお菓子は、義父のお付きの人が綺麗に片付けて行った。ちなみに、あの綺麗なクロスも無いので、粗末な円形のテーブルと椅子である。そこに、ガルグさん、レンデルさん、サノエさん、私の四人が突っ伏していた。
「あの、大丈夫ですか?」
「何か飲み物でも貰って来ましょうか?」
「大丈夫……」
「こちらは大丈夫ですから、薬草達の世話を頼みます」
カルガさんとシダさんが来て心配そうに声を掛けてくれたけど、精神的に疲れ切ったせいで、ちょっと顔を上げられないだけなのだ。
「と言うかリット。お前、何で口出して来るんだよ」
「あの人、一々腹が立つんですよ。口を開けば嫌味か試すような事ばかり。絶対性根が腐ってると思うんです」
「だからってお前が一々言い返してたら死ぬぞ」
「この間既に脅されましたから、逆に脅し返しておきました」
「バカかっ!」
「莫迦です。けど、今はまだ殺されないって理解もしてますから」
「お前、何言って」
「ガルグ隊長、リットさんの言った事は本当の事です」
「はあ?」
「今はまだ、リットさんは全てに於いて万全に守られていますから」
「……完全回復剤か」
「それもありますが、魔力回復草もですよ。あれがどれだけ貴重な物か」
「うむ、その通りであるな」
そして、男達の視線が私に集中した。
「と言うかリットさん、あなた、わざと惚けるんですね?」
サノエさんにそう言われ、何の事なのかと首を傾げる。
「スウェル男爵家のアレの時ですよ。竜の糞がどうと言って、話を逸らそうとしたでしょう」
「……ああ、あれか」
「やはり。今ので確信しました!リットさん、何故惚けてあんな事を?」
「えー……、そうは言うけどさ、『あの人私にちょっかい出そうとしたんですう、怖いですう』って言えと?」
「そうです」
「無理。どんだけ自分に自信があればそう言えるのか逆に聞きたいよ、そんなの」
「……リットさん、リットさんは本当に残念ですね」
「えー?そんなしみじみ言われるぐらい残念な感じかなあ?」
「お前は残念な奴だと俺も思ってるがな」
「ガルグさんまでひどーい。レンデルさんは?」
「む?む……」
「ひどーい、リット泣いちゃーう」
「止めろ」
正面に座っているガルグさんの手刀が容赦なく頭に振り下ろされ、可愛い子の振りをする時間は終了した。
「ね?私には無理なんですよ」
そう言って笑ったら、男達三人がやれやれと言うように、同時に溜息を吐き出していた。
「さて、いいか、サノエ?」
「あ、はい、スミマセンでした」
「いや、言いたくなるその気持ちは充分に理解出来るから良い」
「はは、言っても空しくなっただけでしたけれどね」
そんな事を言われつつ、サノエさんが口を開いた。
「ヴァミエール公から自宅謹慎を言い渡されたので、丁度良いと家にある古文書を徹底的に調べたんです」
「何か判ったか?」
「はい。建国時代はこの大陸の動乱時代でもあった事はご存知ですか?」
サノエさんの言葉にガルグさんとレンデルさんが頷いてた。
「学院で習う事だからな。お前が知らなくても仕方がねえよ」
「はい」
「動乱時代とはまさにその名の通りで、国と国同士の戦争が何年も続いていたようです。ラジェルダ国が建国される前は、ここにビエルテと言う国があったのです」
サノエさんの話を聞きながら、薬草達に本を読み聞かせてくれているカルガさんとシダさんへと視線を移した。二人共、自分が読みたい本を読んでいるだけだと言っていたけど、薬草達に聞かせるように読んでくれているのはありがたい。
「ビエルテは聖獣に護られている国として名を馳せていましたが、どうやら契約で縛り付けていただけのようですね。王族の血が薄まるにつれ、聖獣の暴走が始まったようです」
ビエルテ国は聖獣の庇護の下、発展した大国であった。だけど、聖獣の暴走が始まり、国内が荒れ始めやがて戦争へと巻き込まれて行ったと言う。
「聖獣の暴走とは即ち、国王の暴走のようです。国内が疲弊していると言うのに、戦争に次ぐ戦争で国民が飢え始め、そして国王と聖獣を討ち取ったと」
「内乱があったって事か?」
「はい。その国王と聖獣を討ち取ったのが、現国王の血筋ですね」
「じゃあ、分けられた聖獣の身体は王都にあるって事?」
そう聞くと、サノエさんはその通りですと頷いた。
「なるほどな。三つ頭の竜が進む方向は王都だった」
「そうだったな」
「だが、まだアレしか相手にしていないから、本当に聖獣と関係があるのかはわからねえ」
「……ガルグ隊長、この件、王太子殿下は何と?」
「アイツはこの話を知らなかった。城にある文献を漁ってみるとよ」
「こんな重大な話、何故王太子殿下にお教えしないのでしょうか」
「さてな。あっちも色々あり過ぎて複雑だからだろうよ」
ガルグさんの言葉に、サノエさんもレンデルさんも仕方なしと言うように口を噤んだ。複雑って何だろう。
「リット、里帰りするってのはお前が言い出した事か?」
「そうです。どうしても店が気になってて」
「こっちに来る時にちゃんと整理して来たんじゃねえのか」
「王都から騎士が来たと思ったら、あっと言う間に王都に連行されたんですよ。有無を言う時間も無かったんです」
「……そうだったのか」
「それは、同情します」
「ありがと、サノエさん。けどまあ、自分が何を作り出したのかはこっちに来て理解したからね。どうして連行されたのか今なら解るしさ」
「色々と思う所はあるでしょうけれど、比較的早い段階で動いたのでしょうから、リットさんが保護されたのは素直に良かったと思いますよ」
「そうみたいだね。知らなかったから、冒険者ギルドで大々的に売って貰ってたし、考えてみたら危ない事してたよねえ」
「そっからバレたんだな」
「ふう。田舎町で、これでがっぽり大儲けってウハウハしてたんですけどねえ」
冒険者ギルドに売ってお金を稼いでいたけれど、そのお金は討伐から戻って手に入った褒賞金程じゃなかった。あれで大儲けだと思ってた自分、可愛いなって思うぐらいの褒賞金は、今でも隠してある。
「そういや、今度王太子殿下が挨拶したいと言ってたぞ」
「解りました」
「仕方あるまいな」
「無理です」
それぞれに返事をすれば、ガルグさんが睨んで来る。
「だって私、貴族じゃないですしそれに、また義父に服を用意されるの勘弁して欲しいです」
「あー……」
サノエさんが同情の眼差しを送ってくれたけど、どうやら確定事項らしいと、ガルグさんの顔を見て理解した。
「そうだな、里帰り前が良いか?」
「嫌ですってば」
「レンデルも休暇中だろ?サノエもそうだよな?」
「褒章で得た連休と言う名の謹慎中ですがね」
「関係ねえよ。表向き休暇中なら休暇中だ」
「確かに」
「よし。なら早い方がいいな」
「待て、ガルグ、何をする気だ?」
「ここに呼ぶ。と言うか、そう言う話しにはなってたんだよ」
「は?ここにですか?」
思わず周囲を見回したのは当たり前の事だと思う。
薬草園は、急いで作られた物であり、今使っている休憩所だって屋根があるだけの、粗末な造りなのだ。テーブルと椅子が使い古しなのは、どこからか持って来た物だからだろう。
「ここに、だ。ヴァミエール公が来てるんだ、王太子殿下が来ても不思議じゃねえだろ?」
「そう言う物ですか?」
「そう言うもんだ。ヴァミエール公の事だから、明後日には討伐命令が下されるだろう。だから、今日の午後か明日か」
「確定ですか。なら明日にして下さい」
「決まりだ。レンデルとサノエはどうだ?」
「予定があっても取り消しますよ」
「同じく」
「よし。なら俺は話を通して来る」
そう言って薬草園から出て行くガルグさんを見送り、はああと溜息を吐き出した。
「大丈夫ですよ、リットさん」
「サノエさん、私、この前の服で薬草園に来た方がいい?」
「普段着ている物で大丈夫ですよ。それにたぶん、お忍びでしょうから」
「お忍び?」
「内緒で来ると言う事です」
内緒ねえ……。
「王太子殿下って、怖い?」
「そうですね……、私は直接お声を頂いた事が無くて判らないのですが」
「怖いと言うのは、どういう意味なのだ?」
「ああえっと、そうですね、ヴァミエール公のような人なのかと」
「全く違うから安心すると良い」
「良かったー。義父みたいな人だったらどうしようかと思ったよ」
そして、ここまで時間が掛かったから、ついでに皆で昼食を摂ろうと言うので、時間になるまでちょっと薬草達の様子を見る事にする。
「リットさん、昨日より葉が大きくなりましたよ」
「だね。今日も可愛いよ、皆」
シダさんがお世話をしてくれているのが高回復草だ。
丸い葉が、気持ち良さそうに日差しを浴びていて、そよ風に拭かれてなびくその姿がとても可愛いのだ。
「リットさん、明日には全部の葉が出そうです」
「このギリギリ出てない感じが堪らないよね。うう、待ち遠しいなあ」
カルガさんと二人、完全回復草の畝を見ながらそんな会話をする。
随分と慣れてくれたようで、とても心強い。
そして、魔力回復草はと言えば。
「おおおお、やっぱり歌の力は偉大だよ、素晴らしい!」
いつもならまだ土の中でもごもごしている頃だけど、昨日ずっと歌を聞かせたのが功を奏したみたいだ。魔力回復草が植えてある畝の土が、ポコポコと軽く盛り上がっている。
「凄いね、やっぱり皆、歌が好きだよね」
そう言いながら畝を眺めた後歌い始めた。
エイブさんとノルトさんが笑い転げ、カルガさんとシダさんがお腹を抱えて悶絶したおならをしようの歌。
高らかに歌い上げれば、四人の男達がピクピクと痙攣しながら地面に倒れていた。それを見て満足し、ニヤリと笑う。
「二番行きまーす」
悶絶した四人が何とか動けるようになり、昼食を食べる為に移動を開始したまではいい。けど、互いの姿が目に入る度に笑いが収まらず、それでも何とか辿り着いた食堂でふと、歌詞を思い出してしまうらしく。
ピクピクと震える四人は、奇異の目を向けられながらやっとの事で昼食を食べ終えたのであった。
「あの、リットさん、あの歌なんですが」
「良い歌でしょう」
胸を張ってそう言えば、また笑いの神が降臨されたようだ。
どうやら抜け出せなくて苦労しているみたい。
「はあ、はあ、はあ……」
皆が荒い呼吸を繰り返し、何とか正常に戻ろうとしてた。
「あの歌、後で教えて下さい」
「気に入ってくれたの?」
「はい、とても」
「さすがサノエさん、すごく嬉しいよ」
にっこり笑うサノエさんと手を握り合い、ぶんぶんと振りながら今度歌詞を書いて来ると約束した。薬草園まで一緒に歩き、レンデルさんとサノエさんと別れて中に入る。
「隊長、本気であの歌を覚えるのでしょうか」
「サノエさんの麗しい顔であの歌か。凄い事になるだろうねえ」
想像してクフクフと笑っている私に、カルガさんとシダさんは溜息を吐いてくれた。
「カルガさんとシダさんはもう大丈夫みたいだね?」
「まあ、昨日も聞きましたし」
「慣れましたね」
「よし、じゃあ一緒に歌おう!」
「え」
私がいない間は、カルガさんとシダさんが歌うのだからと言って、二人におならをしようを歌わせた。シダさんとカルガさんの羞恥に染まった顔と、カルガさんの思わぬ美声で、『ハイ、ぶううっ!』と歌われた時、この歌は色んな意味でおいしいと実感したのであった。




