それはとても大切な物
監視、と言ってもコソコソと隠れてじゃない。堂々とそこにいるだけで良い。
貴族と言う階級の人しかいないのだから、義父が『義娘が心配で』とでも言えば良いだけなのだ。
と言う事を今、実感している。
「あちらにいた時から、話しをしてみたいとは思っていたんだ」
「はあ、そうですか」
例えば朝食時の食堂で、いつもはガルグさん達の悪口を言っていた騎士が同じテーブルに着いてこうして話し掛けて来るとか。
「ごめんなさい、また別の機会に。今日はちょっと急いで戻りたいので」
「では私が送って行こう」
騎士達が話し掛けてくる中、上品も何もなく早食いをして立ち上がると、別の騎士が立ち上がって着いて来る。空の食器を持とうとしたのでそれを辞退し、ちゃんと自分で戻す。
「ヒノマさん、今日もご馳走様でした」
声を掛ければすごく心配そうな顔で私を見て来たけど、笑顔で大丈夫だと返しておいた。
「リットさん、あなたの薬剤のお蔭で私の友人が助かりました。ありがとうございました」
「いいえ、どういたしまして」
薬草園までの道を、早足で歩いているというのに、くっ付いて来る騎士は苦ではないらしく普通に歩いている。悔しく思いながらもそのままの速度で歩き続けた。
けど、くっ付いて来た騎士はそれ以上話し掛ける事はなく、薬草園の出入り口にいる騎士に挨拶をして、私が中に入ると「では、失礼します」と言って去って行った。
あれは監視の一人ではなかったのだろうかと首を捻りつつも、誰が義父の意向で動いているのか見当もつかないから、全員同じ扱いでいいやと思った。
「おはよう、リット」
「……おはようございます、ヴァミエール公爵閣下」
「ああ、そう言えば私の名はね、ラハルテと言うんだよ」
初めて私の名を呼んだと思ったら、自分の名を呼べと言うのかこの義父は。
「では、ラハルテ様とお呼びさせて頂いても?」
「ああ、いいね、若い女性に名を呼ばれるのは久しぶりだ」
にこやかに笑いながらいつものように座るよう促され、何言っちゃってんだこの人はと思いながらも腰を下ろした。
「そうそう、今日は他にも誘ってみたんだよ。気に入ってくれるといいんだけれどね」
「え……?」
言いたい事が判らず首を傾げていると、サノエさんとカルガさんとシダさんがやって来た。それに驚きつつも、挨拶をしているのを聞きながら、私も挨拶をする。
「カルガ君とシダ君は、薬草の世話を頼むよ」
「はい、お任せください」
二人は硬い顔で答えてから、チラリと私に視線を送った。
「あの、ラハルテ様、お二方に少し指示を出したいのですが構いませんか?」
「ああ、勿論構わないよ」
「では、失礼します」
そして、三人で薬草達の方へ歩いて行き、薬草を目の前にしてコソコソとやり取りを交わした。
「隊長、治癒隊の方には出てないんです」
「直接こっちに来たって事?」
「はい。休暇と言う事になっていると言われました」
「やっぱり義父絡みか」
「あの、隊長は何かマズい事でもしたのでしょうか?」
「サノエさんがって言うか、あの時の隊長達と私だね」
二人にサノエさんは大丈夫だと言うと、シダさんが報告書を私に見せながら、サノエさんから預かったらしい紙片を見せて来た。
こっそりと受け取ってから、二人に薬草達の面倒を頼む。
高回復草は既に双葉が出ているから、魔水をいつもより少し多く上げて欲しいとか、完全回復草は土が盛り上がっているから魔水を上げる時は注意して欲しいとか。
魔力回復草は私が戻ってから歌を聞かせるから大丈夫、とか。
「リットさん、あの、お気をつけて」
「うん。ありがと」
そして、義父とサノエさんがいる休憩所へ歩いて行けば、薬草園の出入り口からガルグさんとレンデルさんが入って来た所であった。
「ああ、やっと揃ったようだね」
嬉しげにそう言った義父と挨拶を交わすレンデルさん。サノエさんとレンデルさんの紹介で、ガルグさんが義父と挨拶を交わすのを眺めてた。
真面目な顔で、回りくどい会話を交わしているのを眺め続けてどれくらい経ったのか。やっと会話が終わったらしく、本題に入るらしい。
「バルナー侯爵、先日の討伐は見事だったね」
「皆が優秀であればこそ。私一人の力ではありません」
と思ったら違ったようだ。
けど、ガルグさんが別人にしか見えなくて、何だか嫌だ。
レンデルさんもサノエさんも無表情で、知らない人みたいだ。
居心地が悪過ぎて、男達が会話をしているのを聞き流しながら、黙ってお茶を飲み続けた。
「ところで、私の義娘であるリットがこの髪飾りを気に入っているようでね。似たような物を買ってあげたいのだけれど、何処で買ったか君達は知っているかい?」
にこやかな顔でそう言った義父に、まだ諦めていなかったのかと溜息を吐き出す。
「我々が知っていると思われたのですか?」
「君達は、義娘と仲が良いからね」
「確かに仲良くさせて頂いていると自負しておりますが、そう言った物の事は女性の方が詳しいでしょう」
「おや、サノエ君も知らないのか。ならグリアーデ伯も知らないのかな?」
堪らず口を開こうとしたら、ガルグさんが先に口を開いた。
「私が送ったのですよ、ヴァミエール公」
「おや、そうだったのか。バルナー侯爵、礼を言うよ」
「礼なら直接頂きましたので」
挑むように返したガルグさんに、知らず知らず笑みが零れた。
「おやおや、知らない間に随分と仲良くなっているようだね」
「私は、命を助けて頂きましたから」
「ああ、そう言えばそうだったね」
「ラハルテ様、それくらいにして頂けるとお茶が冷めずに済みますよ」
既に冷たくなっているお茶に目を向ければ、男達はまだ一口も飲んでいなかったお茶を一気に飲み干した。あっと言う間に新たにお茶が出され、今度はそれを飲みながら話をするみたいで、まだ続くのかとうんざりする。
これで終わりだと思ったのにと、軽く義父を睨めば、にっこりと笑みを向けられた。
「そう言えば、ご家族の話を聞いていなかったね」
今度はそう来たかと思いながら、落ち着いてお茶を飲んでから話をする。
「そうですね……、謎に満ちた家族の話し、人生常に波乱万丈な家族の話し、平穏な毎日を送る家族の話し。ラハルテ様はどういった家族の話がお好みですか?」
お前に私の家族の話しをして堪るかとばかりに問い返せば、義父はクツクツと笑いながら両手を上げた。
「どれも聞きたい話ではないね。残念だよ」
「では、呪われた血を持つ家族の話しはどうです?」
「それはとても興味をそそられるけれど、別の機会に頼むよ」
「残念です」
義父と互いにニッコリ微笑み合えば、ガルグさんに軽く睨まれた。
「そうそう、今度リットが里帰りをする事になってね」
義父の言葉で、私に視線が集中する。
三人共、心配そうな顔を向けて来るからやっぱり義父は只物じゃないんだなって解った。
「誰か騎士を付けようと思っているんだけど、誰が良いと思う?」
「……リットさんがここから離れている間の、薬草達の世話はどうされる予定なのですか?」
「カルガ君とシダ君に任せたいらしいよ」
「そうですか。確かにあの二人ならば大丈夫でしょう」
「サノエ君も信用しているのなら確実だね」
義父の言葉にサノエさんが一瞬だけ苦い顔をしたけど、また元の無表情に戻ってしまった。どうやら試されたらしいって気付いたけど、後から気付いても意味がないのが悔しい。
「誰か、道中リットを守ってくれる騎士に心当たりはあるかな?」
「ならば第二騎士隊に、リリムの森のアーカー討伐をご命じ頂けますか?」
「そうか、それならリットが同行しても大丈夫だね」
なら手配しておくよと、事も無げに言った義父を、一体どこまでこの人はその手中に収めているのだろうと首を傾げる。けど、この人も同じ人間だった。
「ラハルテ様、私、一人でも大丈夫ですが」
「とんでもない。ラジェルダ国初の薬草師を一人で外に出すなんて、出来る訳がないだろう?」
その言葉に、してやられたと内心舌打ちをした。
要するにこれは、この間の仕返しと言う訳か。さすが義父、抜かりなしと言う事か。
「けど、私が薬草師である事はあまり知られていないと思うのですが」
「まあそうだけどね。少し世情に明るい者が見れば、理解すると言う物だよ」
「ラハルテ様程聡明な方は滅多にいないと思いますよ」
「おや、褒めてくれるなんて嬉しいね。まあ、私程では無いにしても、君が王都から来た騎士に連れて行かれたのは、あの町では有名な話だからね。その後発表されたのが、王宮薬草師と言う役職名。あの町の薬剤店の君が関わっていると、気付いていない方がおかしいと思うけどね」
義父、今日は随分と機嫌が良いようだ。
いつもよりたくさん喋ってくれる。
「確かにその通りですね。差し出口をお許し下さい」
「構わないよ。君も素直に置かれた状況を考えた方が良いと思ったんだ」
「そうですね、教えて頂きありがとうございました」
にっこり笑う私に、義父が軽く目を細めた。
素直に認めているのが信用出来ないのだろう。
「反抗期は終わったのかい?」
「産まれた時から反抗期だと自負しております」
「はは、そうか。なら仕方が無いね」
ははは、うふふと笑い合った私達を、男達が半目になりながら見ていた。
「さて。そろそろ君達を呼んだ本題に入ろうか」
やっとかー、長かったなあと溜息を吐くと、義父が笑ってまた新しいお茶が用意された。お菓子が出て来たのは、私の為だろうか。
食べると良いと言った義父の言葉に、素直に従って口に入れれば、ふわっとしたそれは、初めて食べた食感でちょっと驚く。柑橘系のジャムを練り込んであるのか、その酸味が甘さを引き立てており、なるほど、丁度良い甘さなのかと思いながら嚥下した。
「サノエ君、古い文献から解った事を教えてもらおうか」
「お待ちください、ヴァミエール公爵」
「なんだい、バルナー侯爵」
「この件、我々は王太子殿下の名の下動いております。例えヴァミエール公爵と言えど、漏らす訳には行きません」
「おや、甥が動いたのかい?」
ガルグさんが声を上げ、話しを遮った事に義父が微笑みを見せながら対応する。この人は何か面白くない事があると笑うようだ。
「これ以上は何も言えません」
「ふむ、そうか。太子殿下の名の下であるならば仕方が無いね」
にっこり笑う義父の悔し気な事。
ガルグさんのお蔭で、溜まった蟠りが無くなった。
「ああそうか、バルナー侯爵は甥と同期だったね」
「はい。恐れ多くも親しくさせて頂いております」
「私とした事が、うっかり忘れていたよ。随分と仲が良さそうで何よりだ」
「とても光栄に思っています」
「ふむ……、太子殿下の覚え目出度い侯爵ならば、この髪飾りも悪くないね」
「ラハルテ様、私、この髪飾りをとても気に入っております」
ガルグさんが黙っとけと視線を送って来たけど、無理だと返した。この髪飾りに託つけて何かを言われるのは、とても腹が立つのだ。
けど、私とガルグさんが視線を交わしている間に、サノエさんが口を開いた。
「僭越ながらヴァミエール公、リットさんは既に成人されていらっしゃいますし、交友関係は任せてしまわれた方が宜しいかと思います」
「うむ。確かにその通りかもしれぬな。我が姉は、父が口を出し過ぎて家を飛び出してしまった」
「グリアーデ侯爵家のオルレアナ嬢の話しは有名ですね」
「まあ、家の恥さらしだと父は言うが、私には姉の気持ちが良く解る」
そうして、サノエさんとレンデルさんが庇ってくれたからか、義父は声を上げて笑った後、ごゆっくりと言って去って行った。
その背中が薬草園から消え、気配も消えてから。
四人で顔を見合わせ、同時に長い溜息を吐き出したのであった。




