怖い人
まあ実際の所、君には彼らとの橋渡しの役目を担って欲しいんだ。と、王様と義父からお願いされた。
「……あの、私に話し掛けて来る騎士が増えたんですけど、それは?」
「薬草師のお蔭で命を救われたと言う話しが回ったせいだろうね。君を救いの女神のように言う者が現れ始めている」
「あー……」
警戒し過ぎて誤解したと解って、ちょっと恥ずかしい。
「君に接触しようとする者はもっと増えるだろう。まあ、バルナー侯爵と仲が良いと言う話しも回しておいたから、その内減るだろうけどね」
「え?」
「食堂で初々しい恋人同士のように見つめ合っていた、と聞いたよ。その後、小部屋に入ってなかなか出て来なかった、ともね」
ニヤリと笑いながら言われ、この人は何処まで目と耳があるのだろうと首を傾げてしまう。王城内であれば知らない事などないのではないだろうか。
「さすがですね、ラハルテ様」
「もっと褒めてもいいよ?」
「私、ラハルテ様のそう言う所、どうしても憎めないです」
「はは、そうか。私も君が反発して来る所が気に入っているよ」
ふふ、はははと義父と笑い合う。
悔しい、ずっと試されていたのは王様と関わらせようとしていたからか。
「リット君はラハルテの義娘なんだよね?じゃあ私の事はライアスおじ様と呼んで欲しいな」
「あはは、さすがご兄弟ですね。お二人はそっくりでいらっしゃいますよ、ライアスおじ様」
「ああ、いいね、おじ様。ふふふ」
何故か機嫌よく笑いながらそう言った王様に、どう反応すれば良いのか判らず、もう自棄ヤケになるしかなかった。
最初からずっと義父に負けていたと理解して、何故か気分が良くなった。
「それで?具体的に私は何をすれば良いのでしょうか?」
聞いた途端、義父はニヤリと笑い、いつものお付きの人が入って来てテーブルの上にファイルが並べられた。
「あの三人にこれを読ませて欲しい。だが、ここからの持ち出しは厳禁だ」
「解りました」
「こちらの情報を差し出すから、徹底的に調べて欲しい。けれど、知られないように動いて欲しいから、第二騎士隊と第五騎士隊には動きやすいよう命令を出す」
「はい」
「君には治癒隊に知られないように回復剤を作って欲しい」
「高回復剤、完全回復剤、魔力回復剤の三つでしょうか?」
「おや、別の物があるような口ぶりだね?」
ちっ。
本当に義父は優秀な人だと思う。
「思わせぶりだったならスミマセン。どれぐらいの量が必要ですか?」
惚けてそう問えば、義父はにっこり笑って五百ずつと返して来た。
読まれた気がするけど、このまま惚けよう。
「五百ですか。薬草達は今薬草園にある物しか無いんです。あれを調合用に採取しながら種を採って増やしていくしかないので、揃えられるのは三ヶ月は必要になりますね」
「竜の糞があればどうだい?」
「……一月半で」
「なるほど、半分の期間で可能なのか。なら竜の糞を届けよう」
義父は、書類の類を隅から隅まできちんと読むタイプなのだろう。
報告書に書かれていたんだろうけど、それをちゃんと把握しているから、素直に感心してしまうのだ。それが悔しいと思うのは何故だろう。
「冒険者ギルドに要請すれば良いのかな?」
「ご存知でしたか。その通りです、あそこなら報酬さえ払えば何でも揃えてくれますからね」
「お蔭で、今とても大変な事になっているけどね」
軽く溜息を吐いた義父に苦笑する。
「聖獣の事は表には出せない話だ。それだけは理解して欲しい」
「……お話を聞いての私なりの見解なのですが」
「うん」
結局、聖獣の事をきちんと理解しておかないと、先に進めない気がした。
だから、王様と義父がいる間に、聞いておこうと思ったのだ。
「聖獣は、人の願いを叶えようとして狂ってしまった、と言う事ですね?」
「そうだ。最初は、ビエルテの王族が囲い、王族の願いだけを聞いていたようだけれどね」
「それが血の契約ですか?」
「ああ、そこまでは調査済みなのだね。もしや太子殿下かな?」
「はい。そう教えて下さいました」
「おや、文献は全部隠したと思ったけど、息子もやるようだ」
「だから早く教えた方が良いと言ったのですよ。好奇心は上手く育ててこそでしょう」
「けれど、好奇心は危険な物にまで近付いてしまうだろう?」
「危険な物を除けておいても近付く物ですよ。そう思わないかい、リット君」
「え。ええと、そう、ですね、確かにそうです」
ジュラもビナも、危ない物ほど近付いていた。
ミア姉が何度も叱っていたのを、苦笑しながら見てたから知ってる。
「駄目だと言われると、好奇心は擽られる物ですよ」
「ラハルテは確かにそうだったね」
「ああ、兄上は小さな時から品行方正でしたからね」
「だけど、ラハルテがやらかす度に匿ったじゃないか」
「兄上が庇ってくれたから、あまり叱られずに済みましたね」
クスクスと笑い合う兄弟を眺めつつ、お付きの人が新たに淹れてくれたお茶を飲む。本当に、仲が良いんだなあと同じ顔で笑う二人を眺めてた。
「ああそうだ、リット、これは口頭でしか言えないのだがね」
「はい?」
「あの原生林に封じてあるのは、聖獣の心臓そのものなんだ」
「心臓そのもの?」
「そうだ。聖獣の身体が分かたれた時、全てが石化して心臓はハルト石と呼ばれるようになった。そして、それが目覚めた時聖獣が蘇るとも言われている」
それが本当ならば、やはり聖獣と言うのは普通の魔物ではないと言う事だろう。これをあの三人に伝えろと言う事かと、聞き逃さないようしっかりと義父の顔を見ながら話しを聞く。
「ハルト石の大きさは、そうだな、君が座っているソファの座面ぐらいらしい」
「私達も直接見た訳ではないから判らないんだよ」
一人掛けのソファに座っていた私は、その言葉に腰かけている座面をじっくりと見てみた。私の両腕で抱えられるぐらいの大きさと言う事だろう。
「そして、これなんだが」
そう言って義父は再び掌の上に心臓の欠片だと言った石を乗せた。
「ニュンフェの欠片と名付けられて出回っている。所謂『精霊石』のような物と受け止められているようだがね」
「あんな可愛らしい物じゃないのは、私達が良く知っているんだ。聖獣について、王家にのみ伝えられている事があってね。まあこれは息子に伝えておくから、その上で君達に色々と話しが行くと思うよ」
そして、義父と王様はお茶で喉を潤し、一呼吸を置いた。
「私達は、聖獣のハルト石が目覚めつつあると予想している。封じられてからおよそ五百年、もう一度封じるには残念だが、私達に魔力が無さ過ぎる」
「……レンデルさんが言っていました。聖獣が魔物を生み出したのではないか、と」
「ああ、やはり優秀だね。グリアーデ侯は何故あんな俗物を後継に据えたのだろうね」
「ではラハルテ様もそう思っていらっしゃると言う事ですか?」
「そう予想している。だからこその回復剤だよ、リット」
「討伐命令が下るのは、第二騎士隊と第五騎士隊だけですか?」
「いいや、今度は第四騎士隊も出せる」
「治癒隊は?」
「君の回復剤の調合を覚えた者を出す予定だよ。一月半であの数を揃えられるのならば、後は薬草を送るだけで大丈夫だろう」
「調合だけでは駄目です。冷静に判断できる人がいないと」
「……何の判断かな?」
義父の言葉に、ガルグさんが竜にやられた時の身体を思い出す。
いつ、どんな時でも冷静にならなければならないのに、私はそれが出来なかった。
「どんな状態の人を見ても、治せると言う自信と、直ぐに判断できる決断力が必要です」
「それは……、見捨てられるかと言う事か」
「はい」
そうなんだ、完全回復剤だって無力な時があるんだ。
まだ不完全だからこそ、色々と改良を重ねようとしていた時だったのに。
「完全回復剤は、飲む人の体力に賭けなくてはなりません。今まで、冒険者か騎士しか飲んだ事が無いので、何とかなったような物なんです」
「……その辺りの改善は出来ているのかな?」
「まだ何も。薬草が育たない事には何も出来ないんです」
今まで、完全回復剤で助かった人の記録を取って来たけど、身体が生える時の激痛で持たなかった人もいた。身体の半分を失うと、生存確率は三割だ。
「万能薬ではない事をご承知おきください」
「……君は、それさえも造り出そうとしているのか」
義父のその問い掛けに答える事が出来なかった。
けど、私が最終的に目指している所はそこだ。
「……父が、リリムの森で発見した薬草……が変異した物があるんです。ただ、アーカーの巣の近くにあったそうで、中々採りに行く事が出来なかったのですが」
『あれを栽培出来たら、どんな薬が出来るのだろうね』と、そう言った父は帰って来なかった。ただ、冒険者ギルドの人が父の遺品として、血塗れのズボンを見付けたと届けてくれた。
そのポケットに入っていたのが、変異した薬草の種だった。
「少しだけ、種を手に入れる事が出来た事があって。それはとても不思議な薬草で、通常雄花を茎の先端に、雌花を茎の根元に同時に付けて種を作るのですが、その薬草は根と茎の境目、付け根の所に種を作るんです」
回復草は全種類、同じように花を付けるのだ。
と言っても、花弁がある訳ではなく、丸い実のような物を付けるだけではあるけれど。
「薬草のようでいて薬草ではないそれは、半乾燥させて完全回復草と一緒に魔水で濾すと、万能薬になりました」
「それは、栽培は可能なのかな?」
「……人の血で育つ薬草です。恐らく、アーカーの巣の近くに生えていたのも、それがあったからではないかと思います」
「リット君は、それを試したのかい?」
王様の問いに、こくりと頷いた。
「魔水を与えても、浄化水を与えても全く育たなかったので、液体は全て試してから、自分の指を切って血を垂らしました。偶然手に入れた時に油紙に包まれていたのは、恐らく種のままで運びたかったからかと」
色々試して種を駄目にして。
最期の一粒に、駄目元で血をかけた。
まさかそれで栽培出来るとは、思いもしなかったけれど。
「何故、万能薬だと解ったんだい?」
「……冒険者は各地で色々な所へ行きます。そして、色んな人と出会います。外傷なら見て判りますが、内部の病気は判りにくいでしょう?それで、突然発症したように見えたりします」
「確かに」
「例えばそれが、人から人へ感染する病気だったとしたら、大変な事になりますよね?」
「発症した冒険者がいたのか」
「はい。既に全身を廻っている状態でしたから、切り取って治療するのも無理だと判断したんです。あの時は、町を救う事だけを考えて必死でした」
変異した薬草だけでは、何の効力も無かったあの薬剤を、完全回復草と共に魔水で濾しただけで、万能薬となったのは本当に偶然だった。
「偶然からの発見でしたけれど、その人はその薬剤を飲んでいる傍から治って行きました」
「痛みは無かったのかな?」
「ありませんでした」
「……そうか。変異した薬草の種はあるのかい?」
「あります」
「なるほど。しかし、何故その話を?」
義父の問い掛けに、真っ直ぐ目を向ける。
「あれを栽培しろと言うのならば、人の血が、恐らく新鮮な血が必要になります。私一人では栽培出来ない物ですから」
「駄目だ、許可しない」
「兄上……」
王様の言葉に、義父と睨み合うように視線を交差させていた私は、視線が外れた事でほっと息を吐き出した。
「駄目だ。人の血で育つなんて、そんな物を作ってはいけない」
そして、王様から懇々と説教された義父と私は、グーテさんが王様のお付きの人が来たと部屋の外から声を掛けるまで説教され続けた。
王様が「許可しないからね!」と言いながら退出していくのを見送った私と義父は、義父のお付きの人が新たに淹れてくれたお茶を飲みながら、ふううと同時に溜息を吐き出したのであった。
「それで?君は作りたいのだろう?」
「元々そのつもりでした。完全回復剤を使用した時のあの痛みを緩和する方法を模索していますので」
「酷い痛みを伴うらしいね」
「はい。物凄い激痛に襲われるんです。なので、色んな方法を試したくて」
「解った。血に関してはこちらで用意しよう」
「ならば、親指ぐらいの小瓶に半分ぐらいお願いします」
「いいだろう。毎朝届ければ良いのかな?」
「出来れば。けど、どうやって?」
「なに、義父が義娘のご機嫌窺いに日参しても良いだろう?」
ニヤリと笑った義父に礼を言えば、クツクツと笑い出した。
「君は、血の出所については何も思わないのかい?」
「合法的に血が採れるなど、思ってもおりませんから聞かない方が良いかと」
「ふむ。血に善人と悪人の違いはあるだろうか?」
「無いでしょうね」
「おや、予想していたようだね?」
「自分でも考えなかった事ではないので」
一滴二滴ぐらいじゃ全然足りなかったのだ。
自分の掌を切るにも、毎日続けると支障が出る。
「魔物の血は試したんだね?」
「そもそも成分自体が違いますからね。あれは人の血でしか育たないでしょう」
たぶん、そう変化したのだ。
人の血が降り注ぐその地で、自分が生き抜く為に。
「根から直接吸うようになれば楽なのに」
「……それは試した事がありませんでした」
「直接体に埋め込んだらどうだろうか?」
「ラハルテ様って、やっぱり怖い人ですね」
「笑いながら言う君も相当だと思うよ」
二人でニコニコ笑いながらそんな話しをし、ついでだからと義父と夕食を共にした。
たぶん、義父にはバレている。
私は単に、ガルグさんを救いたいだけだって。




