第1章:希望の道
◆策略
捕虜たちは、軍用車の揺れに身を任せながら、窓の外に広がる風景を見つめていた。
遠くに海が見えた。陽光を反射する水面が、まるで“自由”の象徴のように輝いていた。
「海がある…あそこまで行ければ…」
誰かが呟いた。
その言葉に、他の者たちもわずかに顔を上げた。
この道が“逃げ道”につながっているかもしれない――そんな希望が、彼らの胸に灯った。
車内に捕虜たちと並んで座る男――高山は、軍帽の影に顔を沈めていた。
視線だけが、横目で捕虜たちをなぞる。
何も語らず、ただ口角をわずかに上げた。
香山へ向かう道は一本ではない。
それでも、高山はあえて海が見える道を選んだ。
山中に隠れて逃げることの恐怖でも、
追跡される絶望でもない。
「ここまで来れば、逃げられるかもしれない」――
そう思わせるための、希望の演出だった。
車列が香山の麓に到着すると、高山は現地の長老を呼び寄せ、
この山に伝承があるかを尋ねた。
長老は、静かに頷きながら答えた。
「伝わっております。
この山には“青き鬼”が棲むと。
誰も近づきません。
子供にも“入るな”と教えております。」
高山は満足げに頷き、部下に命じた。
捕虜たちの腰にロープを巻きつけ、
それぞれの動きを記録するためのドラムを設置させた。
そして、捕虜たちの前に立ち、こう告げた。
「お前たちがここでどうしようが自由だ。
ロープを切って逃げても構わん。
だが、我が国民に手を出すことがあれば、命はないと思え。」
通訳がその言葉を伝えると、捕虜たちは一瞬顔を見合わせた。
そして、誰からともなく香山へ向かって走り出した。
彼らは、海の存在を覚えていた。
この地に連れてこられる際、海沿いの道を通ったことを思い出していた。
香山を越えれば、自由がある――そう信じていた。
高山は、捕虜たちの背を見送りながら、
静かにドラムの回転を見つめていた。
ロープが巻かれた巨大なドラムは、逃げる者の動きを記録するための装置だった。
「ふん。我が国民を傷つけぬ限りは、
身の安全を保証された者たちだ…馬鹿な奴らだ。」
口角をわずかに上げながら、高山は部下に向き直った。
「よいか。話をよく聞け。
甘い話に裏があるのも事実だが、それが真実の時もある。
あの捕虜たちは、海という抜け道しか見ていなかった。
我らがわざと通った道しか見ていない。
これが罠であることも知らずにな。」
その言葉の直後、ひとつのドラムの回転が止まった。
まだ海へ辿り着くには早すぎる。
ロープを切ったか、何かが起きたか――
「どうしましょう、高山さん!」
部下の問いに、高山は椅子に腰を下ろし、
残りのドラムを見つめながら答えた。
「好きにさせろ。
すべてが止まってからが、我々が動く時だ。」
高山は近くの椅子に腰を降ろし、残り4つのドラムを見つめていた。
夕焼けに沈みつつある集落の中、ドラムは律儀に――
ガラガラと、鈍く軽い音を立てながら、回り続けていた。
翌朝、残りのドラムも回転を止めた。
いや、微かに動いているようにも見えた。
「奴らには十分な食料を与えた。
奴らの口に合うものを…にもかかわらず、動きが緩やかだな。
山に灯りを確認したとの報告はないが、
完全な夜明けを待ってから探索に入る。
我らの安全のためにもな。」
高山の声は、冷静で、どこか遠くを見ているようだった。
止まったドラムと回り続けるドラム…これはどんな意味を示すのか…




