第八章 皇国経済会議
その日、皇城の大広間には、国内各地から集められた領主たちの姿があった。
年に一度開かれる経済会議は、皇国の未来を左右する重要な場だと聞いている。
経済顧問として、私も末席に加わることになっていた。
慣れない顔ぶれを前に、緊張で胸が高鳴る。
これまで小さな会議や視察には同席してきたけれど、国中の領主が一堂に会するのは初めてのことだった。
会場に足を踏み入れると、あちこちから視線が集まってくるのを感じた。
その中の一人、まだ若い公爵が、私を見るなり小さく笑った。
「これはこれは」
「こんな可愛らしいお嬢様が、助言役でいらっしゃるとは」
周囲の何人かが、つられるように苦笑を浮かべる。
その反応に、私は特に驚きもしなかった。
王国にいた頃から、幾度となく向けられてきた視線だ。
今更それに心を乱されるほど、私も未熟ではないつもりだった。
私は表情を変えることなく、静かに定められた席へと着いた。
会議が始まると、議題はすぐに本題へと移った。
今年の議題は、南部一帯を襲っている深刻な干ばつへの対策だという。
すでに何ヶ月も雨が降っておらず、農地の多くが厳しい状況に置かれているらしい。
すでに何度も議論が重ねられているらしいが、決定的な案は出ていないようだった。
「貯水池の増設を検討してはどうか」
「いや、それでは間に合わない。輸送で補うべきだ」
「輸送にも限度がある。根本的な解決にはならん」
領主たちが口々に意見を交わすものの、話は一向にまとまらない。
資金の問題、時間の問題、それぞれの立場からの反論が重なり、議論は堂々巡りを続けていた。
このままでは、南部の民の暮らしはますます苦しくなる一方だろう。
そう思うと、居ても立ってもいられない気持ちになる。
私は持参していた資料に、静かに目を通す。
王国にいた頃、似たような課題に取り組んだ経験があった。
このままでは、有効な結論が出ないまま会議が終わってしまうかもしれない。
そう思った瞬間、私は自然と立ち上がっていた。
「恐れながら、発言をお許しいただけますでしょうか」
一瞬、会場の視線が一斉にこちらへ向く。
先ほどの若い公爵が、興味半分といった様子で頷いた。
私は持参していた地図を、円卓の中央に広げる。
「こちらをご覧ください」
「南部一帯の河川と、既存の貯水池の位置でございます」
地図には、河川の流れ、貯水池の配置、主要な輸送路、そして農地の分布が細かく書き込まれている。
私は一つひとつを指し示しながら、説明を続けた。
「河川の上流に、中規模な貯水池をいくつか増設いたします」
「同時に、既存の輸送路を活用し、水を効率よく分配する経路を整備いたします」
「これにより、干ばつの被害を最小限に抑えられるはずです」
領主たちは、身を乗り出すようにして地図を覗き込んでいた。
一人の領主が、疑わしげに尋ねる。
「しかし、それだけの費用をどう捻出するのだ」
私は用意していた数字を、落ち着いて示した。
「既存の輸送路を活用することで、新規の建設費は最小限に抑えられます」
「加えて、周辺の商会からの出資を募ることも、十分に見込めるかと存じます」
私はさらに、手元の資料を確認しながら言葉を続ける。
「今後五年間の収穫予測をもとに試算いたしますと」
「必要な備蓄量は、現状のおよそ一・五倍が妥当かと存じます」
「建設費は、この規模であれば三年ほどで回収できる計算になります」
具体的な数字を示すと、会場は水を打ったように静まり返った。
誰も声を発さないまま、しばらくの間、沈黙が続く。
その静けさに、一瞬だけ不安がよぎった。
けれど、内容には自信がある。
数字も根拠も、何度も確認を重ねた上でのものだった。
やがて、白髪の老領主が、ゆっくりと立ち上がった。
「見事だ」
「これほど具体的で、実現可能な案は、初めて聞いた」
その言葉をきっかけに、会場のあちこちから拍手が湧き起こる。
最初は戸惑いがちだった拍手も、やがて会場全体を包み込むほどに大きくなっていった。
私はその反応に、思わず言葉を失ってしまう。
これほど多くの人から、一斉に評価をもらう経験は、これまでの人生でほとんどなかった。
先ほど私を見て笑っていた若い公爵が、静かに立ち上がり、深く頭を下げた。
「先ほどは、失礼いたしました」
「見た目だけで判断した、私の浅はかさを恥じております」
その謝罪に、私は静かに首を振った。
「いいえ、よくあることです」
「案の中身で、判断していただければ、それで十分でございます」
穏やかにそう答えると、若い公爵は少し驚いた様子を見せ、それから深く頷いた。
「セラフィーナ殿は、噂以上のお方だ」
「今後とも、ぜひご指導いただきたい」
その素直な態度に、私は思わず微笑んでしまう。
初対面の印象がどうであれ、こうして中身を見て評価を改めてくれる人がいることは、素直に嬉しかった。
会場の隅に目を向けると、殿下がこちらをじっと見つめていた。
その眼差しには、隠しきれない誇らしさが滲んでいる。
言葉を交わさずとも、その表情だけで、彼が何を思っているのか伝わってくるようだった。
私は小さく微笑み返し、静かに席へと戻った。
会議が終わった後、老領主が私のもとへわざわざ足を運んできた。
「セラフィーナ殿、ぜひ今後も知恵を貸していただきたい」
「南部の民を代表して、心より感謝申し上げる」
その言葉に、胸の奥が温かくなる。
「こちらこそ、皆様のお役に立てて光栄です」
「また何かございましたら、いつでもお声がけください」
老領主は満足そうに頷き、深く礼をして去っていった。
王国では、これほど素直な感謝の言葉を向けられることは、決して多くはなかった。
努力の結果が、こうしてまっすぐに評価される。
その事実が、これまでの苦労を静かに報われた気持ちにさせてくれた。
会場を出た後、殿下が隣に並んで歩いてきた。
夕暮れの回廊を、二人でゆっくりと歩く。
「今日のあなたは、本当に素晴らしかった」
「私の見る目は、間違っていなかったようです」
その言葉に、私は照れくさくなりながらも、素直に頷いた。
「殿下がお声をかけてくださらなければ、この場に立つこともなかったと思います」
「感謝しております」
殿下は柔らかく笑い、少しだけ歩調を緩めた。
「感謝するのは、こちらの方です」
「あなたが来てくれたおかげで、南部の民が救われる」
「それ以上に価値のあることが、他にあるでしょうか」
その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。
夕日に照らされた回廊を歩きながら、私はふと、王国にいた頃の自分を思い出していた。
あの頃は、どれほど正しい提案をしても、認められることは少なかった。
けれど今は、こうして真正面から評価してもらえる場所がある。
それだけで、これまでの苦労が報われたような気がした。
この国で過ごす日々が、確かに私の居場所になりつつあることを、改めて実感した瞬間だった。




