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第五章 青き皇太子

馬車の窓から見える景色は、生まれ育った王国とはまるで違っていた。

青い屋根が整然と並ぶ美しい街並みが、どこまでも続いている。

石畳の道には活気ある市場が広がり、様々な言葉が飛び交っているのが聞こえてくる。

王国を発ってから、馬車に揺られること数日。

道中、何度も故郷の景色を思い出しては、少しだけ寂しさを覚えていた。

けれど、そのたびに父の言葉を思い出し、気持ちを立て直してきた。

隣国の皇都に到着したのだと実感すると同時に、緊張で胸がきゅっと締め付けられた。

これから経済顧問として、新しい生活が始まる。

自分の力がどこまで通用するのか、正直なところ不安もあった。

それでも、王国での日々とは違う場所で、もう一度自分を試してみたい。

期待と不安が入り混じったまま、私は馬車が止まるのを静かに待っていた。

やがて馬車が皇城の正門前で停止する。

御者の手を借りながら、私はゆっくりと地面に足を下ろした。

その瞬間、正面に立っていた人物と目が合う。

青い髪と、澄んだ蒼い瞳。

すらりとした長身に、隙のない立ち姿。

一目で分かるほどの気品を纏った、その人こそが、皇太子カイウス・アズールレイン殿下だった。

噂には聞いていたけれど、実際にお会いするのは初めてだ。

殿下は私を見た瞬間、ほんの一瞬だけ、目を見開いた。

それはあまりにも短い間だったけれど、私は確かにその変化を見逃さなかった。

けれど彼はすぐに、いつもの穏やかな表情に戻る。

その切り替えの早さに、かえって私は不思議な気持ちになった。

これまで、初対面の方には決まって「可愛らしい」という言葉を向けられてきた。

今度もまた同じ反応をされるのだろうかと、少しだけ身構えてしまう。

殿下は優雅に一礼し、丁寧な声で私を迎えた。

 

「ようこそお越しくださいました」

「長旅、お疲れになったでしょう」

 

その言葉には、これまで耳にしてきたどんな声とも違う穏やかさがあった。

私は緊張を抑えながら、慣れた所作で礼を返す。

 

「お招きいただき、誠にありがとうございます」

「セラフィーナ・ローズベルクと申します」

「至らぬ点も多々あるかと存じますが、精一杯務めさせていただきます」

 

殿下は柔らかく微笑んだ。

 

「そう硬くならないでください」

「まずは中へどうぞ、歓迎の席をご用意しております」

 

そう言うと、殿下は自ら私の荷物に手を伸ばそうとする。

慌てて控えていた従者が代わりに受け取ると、殿下は少しだけ照れたように笑った。

一国の皇太子とは思えないほど、気さくな一面を見せる方なのだと、私は密かに驚いていた。

その言葉に導かれるまま、私は皇城の中へと足を踏み入れた。

廊下には見事な意匠の絨毯が敷かれ、窓からは中庭の噴水が見渡せる。

王国の城とはまた違う趣の美しさに、私はしばし目を奪われた。

歓迎の昼食会は、思いのほか和やかな雰囲気で始まった。

円卓を囲むのは、殿下の他に数名の重臣たちだ。

その中の一人が、私を見て小さく苦笑した。

 

「このように小柄なお嬢様が、経済顧問とは」

「失礼ながら、少々意外に感じております」

 

悪意のない言葉だとは分かっていたけれど、聞き慣れた反応に、私は静かに苦笑を返す。

 

「見た目に見合わぬとよく言われますが」

「お役に立てるよう、精一杯務めさせていただきます」

 

穏やかにそう答えると、その重臣も納得したように頷いてくれた。

料理を味わいながら、話題は自然と経済政策のことへと移っていく。

年配の大臣の一人が、困ったように口を開いた。

 

「実は、国内の流通制度に頭を悩ませておりましてな」

「地方から都への輸送に、思いのほか時間がかかってしまうのです」

 

その話を聞いた瞬間、私の中で王国時代に培った知識が静かに動き出す。

緊張はまだ残っていたけれど、それ以上に、役に立てるかもしれないという思いが勝った。

私はゆっくりと口を開いた。

 

「恐れながら、少し伺ってもよろしいでしょうか」

「街道の整備状況と、川沿いの積み替え拠点の有無について、教えていただけますか」

 

大臣は驚いた様子を見せながらも、丁寧に答えてくれる。

その回答を踏まえながら、私は自分の考えを整理して伝えた。

 

「山越えの区間が多いようでしたら、荷馬車一台あたりの往復に限界がございます」

「もし川沿いに積み替え所を設ければ、輸送量は現状の二倍近くまで見込めるかと存じます」

 

円卓を囲む重臣たちが、一斉に顔を見合わせる。

 

「なるほど、盲点でした」

「まさか、そのような視点で見ておられるとは」

 

驚きの声があちこちから上がった。

その反応に、少しだけ安堵の息をつく。

王国では、正しいことを口にしても煙たがられることの方が多かった。

それだけに、こうして素直に驚いてもらえることが、新鮮でありがたかった。

先ほど苦笑していた重臣が、今度は身を乗り出すようにして尋ねてきた。

 

「積み替え所の建設には、どれほどの費用がかかりましょうか」

「予算の目途が立てば、すぐにでも検討したいところです」

 

私は頭の中で概算を組み立てながら答える。

 

「規模にもよりますが、既存の倉庫を活用すれば、費用は大きく抑えられるはずです」

「初年度の投資額に対し、二年ほどで回収できる計算になります」

 

具体的な数字を示すと、重臣たちの表情がさらに明るくなった。

その様子を見て、私は少しずつ肩の力が抜けていくのを感じる。

王国での日々とは違い、ここでは誰も私の見た目について口にしなかった。

ただ純粋に、提案の中身だけを見てくれている。

それだけのことが、これほど心地よく感じられるとは思っていなかった。

殿下は、それまで静かに話を聞いていた。

私が説明を終えると、彼はゆっくりと口を開く。

 

「素晴らしい提案です」

「ぜひ、詳細もお聞かせいただけますか」

 

その言葉には、皮肉も、驚きを装った社交辞令も感じられなかった。

ただ純粋に、私の話に価値を見出してくれているのが伝わってくる。

その瞬間、胸の奥が静かに熱くなった。

これまで、正しいことを言うたびに、疎まれることの方が多かった。

けれど今、目の前の人は、私の言葉をきちんと受け止めてくれている。

誰かに、こんなにも真っ直ぐに話を聞いてもらえたのは、いつ以来だろうか。

不思議と、目の奥が熱くなるのを感じた。

殿下の視線は終始穏やかで、私を値踏みするような色は一切見えなかった。

その眼差しに、思わず気持ちが緩みそうになる。

私は小さく息を整えてから、続きを語り始めた。

 

「輸送路の改善に加えまして、商人への融資制度も併せて見直すことをご提案いたします」

「初期費用の負担を減らせれば、より多くの商人が新しい拠点への投資に踏み切れるはずです」

 

説明を続ける私を、殿下は最後まで静かに、そして真剣な眼差しで見つめ続けていた。

昼食会が終わり、重臣たちが次々と席を立っていく。

最後に残った殿下が、私の側へと歩み寄ってきた。

 

「今日は、素晴らしい話を聞かせていただきました」

「率直に申し上げて、驚きました」

 

私は少し戸惑いながら答える。

 

「お褒めいただき、恐縮です」

「至らぬ点も多いかと存じますが……」

 

殿下は静かに首を振った。

 

「謙遜なさらなくて結構です」

「私は、見たままを申し上げているだけですから」

 

その言葉に、思わず胸が詰まる。

「見たまま」という言葉が、これほど温かく響いたのは初めてだった。

これまで、正しいことを言うたびに、疎まれることの方が多かった。

けれど今、目の前の人は、私の言葉をきちんと受け止めてくれている。

誰かに、こんなにも真っ直ぐに話を聞いてもらえたのは、いつ以来だろうか。

不思議と、目の奥が熱くなるのを感じた。

殿下の視線は終始穏やかで、私を値踏みするような色は一切見えなかった。

その眼差しに、思わず気持ちが緩みそうになる。

私は小さく息を整えてから、静かに頭を下げた。

 

「これから、精一杯務めさせていただきます」

「どうぞよろしくお願いいたします」

 

殿下は柔らかく目を細めた。

 

「こちらこそ、よろしくお願いします」

「困ったことがあれば、いつでも私に相談してください」

 

その一言が、これから始まる新しい生活への不安を、そっと和らげてくれた。

案内された部屋の窓からは、皇都の街並みが一望できた。

夕暮れ時の街並みは、橙色の光に包まれて、どこか幻想的にすら見える。

異国の空の下、私はこれから、どんな日々を過ごすことになるのだろう。

不安がないわけではなかったけれど、それ以上に、確かな手応えを感じていた。

慣れない土地での初日は、思っていたよりも温かい時間となった。

この国でなら、もしかすると新しい自分を見つけられるかもしれない。

そんな小さな希望が、静かに胸の中に芽生え始めていた。








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