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第十二章 もう昔の私ではありません

外交晩餐会の夜、皇城の大広間には、両国の要人が集められていた。

今夜、王国からの使者として、アルドリック殿下がこの国を訪れることになっている。

数か月ぶりに顔を合わせることになると思うと、朝から落ち着かない気持ちが続いていた。

支度をしながら、鏡の中の自分に何度も問いかけた。

今の私は、あの頃とは違う。

そう自分に言い聞かせながらも、胸の奥にはまだ小さな不安が残っていた。

それでも、逃げるわけにはいかない。

今の自分を、きちんと見せる。

そう心に決めて、私は会場へと向かった。

会場に足を踏み入れてしばらくすると、扉の向こうから使者一行が到着したという知らせが届く。

広間の視線が、一斉に入り口へと集まった。

心臓が、大きく高鳴るのを感じる。

そこに現れたアルドリック殿下は、以前とは別人のように見えた。

かつてあれほど自信に満ちていた立ち姿は、どこか小さく縮んでしまったように感じられる。

表情にも、以前のような覇気は感じられなかった。

周囲の貴族たちに向ける笑みも、どこか作り物めいて見える。

かつての婚約者が、これほど変わり果てた姿になるとは、正直なところ想像していなかった。

彼は私の姿を見つけると、一瞬だけ動きを止める。

 

「……久しぶりだな」

 

小さく、けれど確かにそう呟いた。

私は静かに一礼し、努めて穏やかな声で答える。

 

「お久しぶりでございます、アルドリック殿下」

 

その一言だけで、これまでの距離がはっきりと表れているように感じた。

かつては婚約者として呼び合っていた仲だったのに、今はこんなにも遠い。

けれど、それが今の私たちにとって、正しい距離なのだとも思えた。

晩餐会が進む中、殿下は人目を避けるようにして、私に声をかけてきた。

 

「少し、話がしたい」

「二人だけで」

 

その声には、これまでのような傲慢さは感じられなかった。

どこか懇願するような響きに、私は少し戸惑う。

迷いはあったけれど、私は静かに頷いた。

バルコニーへと場所を移し、私たちは向かい合う。

夜風が、気まずい沈黙の間を静かに通り抜けていった。

殿下は、しばらく俯いたまま言葉を選んでいたけれど、やがて意を決したように口を開く。

 

「私は、間違っていた」

「君の能力を、正しく認めることができなかった」

 

その言葉に、私は黙って耳を傾けた。

かつての彼からは、決して聞くことのなかった言葉だった。

 

「王国を離れてから、君がどれほどの働きをしていたか、ようやく思い知った」

「予算編成も、外交文書も、災害対策も」

「全部、君が一人で支えてくれていたのだと」

 

殿下の声は、次第に震えを帯びていった。

 

「君を、深く傷付けてしまった」

「どうか、戻ってきてほしい」

 

その懇願にも似た言葉に、私はしばらく何も言えなかった。

かつて、これほど素直な言葉を彼から聞くことができるとは、想像もしていなかった。

胸の奥に、複雑な感情が渦を巻く。

かつての婚約者への同情と、それでも消えない過去の痛みと。

どちらも本物の感情だった。

 

「謝罪は、受け入れます」

 

私がそう答えると、殿下の表情に、わずかな希望の色が浮かぶのが分かった。

けれど、続く言葉で、その表情はすぐに凍りついてしまう。

 

「ですが、戻ることはありません」

「私は、ここで初めて、自分らしく生きられています」

 

殿下は言葉を失った様子で、私を見つめていた。

その反応を見ながらも、私は言葉を止めなかった。

今、伝えるべきことは、最後まで伝えきらなければならない。

 

「能力も」

「見た目も」

「どちらも、受け入れてくださる方々が、ここにはおりますので」

 

そう言いながら、私は自然と視線を会場の中へと向けていた。

その先には、こちらを気遣うように見守っている殿下、カイウス殿下の姿があった。

彼と目が合うと、小さく頷いてくれる。

その優しさに、胸の奥が静かに温かくなった。

王国にいた頃には知らなかった、当たり前のように支えてもらえる心強さを、私は今、確かに実感していた。

アルドリック殿下は、私の視線の先を追い、全てを悟ったような表情を浮かべる。

 

「……そうか」

「もう、遅かったということか」

 

その声には、深い後悔が滲んでいた。

私は静かに首を振る。

 

「殿下との日々を、後悔しているわけではありません」

「ただ、私には、ここで築いてきた居場所があるのです」

 

殿下はしばらく沈黙した後、静かに頭を下げた。

 

「分かった」

「幸せに、なってくれ」

 

その一言には、これまで聞いたことのないほどの、素直な響きがあった。

かつての彼を知る者として、その変化に、少しだけ救われるような思いもした。

 

「殿下も、どうかご自愛ください」

「王国の民のためにも」

 

私がそう返すと、殿下は小さく頷き、静かにバルコニーを後にする。

一人残された私は、夜空を見上げながら、静かに息を吐いた。

過去の傷は、まだ完全に癒えたわけではない。

それでも、もう昔の私ではない。

そのことを、はっきりと自分自身に示せたような気がした。

会場に戻ると、殿下がそっと近づいてきて、私の手を優しく握ってくれた。

 

「よくやりました」

 

その短い一言だけで、十分だった。

夜風に吹かれながら、私は静かに、これまでの日々を振り返っていた。













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