第十話 理論武装
依頼の休憩中、俺は、いつものノートを広げていた。
十八年かけて書き溜めてきた、俺だけの「防御理論ノート」だ。魔物ごとの攻撃パターン、受け止める際の理想的な角度、体重移動のコツ。そういったことを、事細かに記してある。
「それ、また出してるんですか」
ミナが、興味深そうに覗き込んできた。
「これがあるから、俺は今日まで戦い続けられてるんだよ」
「すごいです、こんなに書き込んで」
俺は、得意げにノートを広げて見せた。
「例えばここ、灰狼系の攻撃角度についての考察だ。奴らの爪は――」
「その理論、今日全然活きてなかったけどな」
通りかかったロウが、素っ気なくそう言った。
「な、何がだよ」
「さっき、灰狼に思いっきり横から突っ込まれてただろ。ノートの理論だと、正面から来るはずだったんじゃないの」
「あ、あれは、奴が変則的な動きをしただけで――」
「理論、外れてるってこと?」
「い、いや、あれは想定の範囲内というか」
しどろもどろになる俺を見て、ロウは、いつもの調子で肩をすくめた。
*
その日の昼、俺たちは、ギルド併設の食堂で昼食をとっていた。
「そういえば、ガイルさん、そのノート、何年前から書いてるんですか」
ミナがそう尋ねてきた。
「かれこれ十五年くらいになるかな」
「十五年も!」
「まあ、積み重ねが大事だからな」
俺がそう答えると、ヴァンが、ふと思い出したように言った。
「そういえば、五年前くらいのページ、見せてもらったことあったな」
「ああ、あったな」
「あの時の理論、今と真逆のこと書いてなかったか」
「……そうだったか?」
「『攻撃は正面から受けるべし』って書いてあった気がするけど、今は『受け流す動きを取り入れるべし』とか書いてただろ、確か」
その指摘に、俺は少し言葉に詰まった。
「り、理論は進化するものだからな」
「進化っていうか、その場しのぎで変わってるだけじゃない?」
ロウが、容赦なくそう突っ込んだ。
「うるさいな、成長してるってことだよ」
オーグが、黙々と食事をしながら、ぼそりと呟いた。
「理論、変わりすぎ」
「お前までかよ!」
その場に、小さな笑いが起きた。俺は、少し不貞腐れながらも、ノートを閉じて、食事を再開した。
もっとも、この日の昼食後、俺はこっそり、ノートの新しいページに「理論は状況に応じて柔軟に更新されるべし」という一文を書き加えておいた。




