第三話裏 幼馴染たちの会合
部屋に入り、扉を閉めると、着いて来ていたメイドの気配が遠ざかるのを確認した。
「やあ、アッシュ。ここで会うのは久しぶりだな」
「ああ……」
「何か気になることでも?」
「いや。あのメイド、ここに来てどれくらいになる?」
「今日で、十日目だ」
なんて事のないように言うが、目の前の幼馴染が動揺しているのは手に取るように分かった。
「何者なんだ?ここまで続くのは初めてだろう。それに、あの耳……」
「種族について詮索するのはよせ。この国は全ての人種差別に反対する」
「差別のつもりはないが。あいつ、精霊魔法を使えるだろう。庭に痕跡があった」
エルフのみが扱えるという、精霊を操る特殊な魔法。
その痕跡とやらがどうやって見つけられるのか分からないが、アッシュがそれを感じ取れると言うなら本当なんだろう。
「危険は無いのか?」
「ない、と思う。少なくとも害意は全く感じないし、あれはむしろ……」
「むしろ?」
「いや、なんでもない。それより久しぶりに会ったんだ、他の話をしようじゃないか」
あからさまな話の逸らし方に眉を顰め、追求しようとした時、ノックの音が響いた。
茶を持って来たというメイドに、たっぷり三拍は動揺してから、カイルが恐る恐る「入ってくれ」と言った。
入室したメイドは、そこそこ慣れた手つきで準備をしていく。
その一挙手一投足に気を張り詰めている幼馴染を見て、アッシュは心の中で嘆息した。
(無理もないか)
この幼馴染は、生まれた時からその異様に高い魔力と、「触れたものの生命力を奪う」という分かりやすくも強力な呪いに悩まされてきた。
魔力は制御しきれず周囲を威圧し、奪命の呪いは彼から人を遠ざけた。
唯一、偶然にも同い年だった自分が先祖返りと言われる莫大な魔力を持っていたため、彼に臆する事なく接することができた。
自惚れるわけではないが、カイルの一番信頼する相手だという自負もある。
だからこそ、この王子が人に期待しては裏切られ、次第に人との関わりを極端に避けるようになる様を見てきたのだ。
人当たりは優しいが、決して人に心を許さない。それが彼の身を守る術だった。
メイドが退出した後、アッシュは再び幼馴染に向き合った。
「お前、いくらなんでもあれはないんじゃないか?あそこまで露骨に追い出そうとされたら、たとえここに留まろうと思っていたとしても帰ってしまうかもしれないぞ」
「それで、いいじゃないか。長くここにいるべきじゃない、特に君や彼女のように有望な人材は」
「怒るぞ」
自虐的な発言を切って捨てる。
確かに、彼女はかなり肝が据わった性質なのだろう。この部屋に入っても平然としていたし、魔力酔いの兆候もなかった。エルフとの混血でもあるし、魔力が高いのかもしれない。
「……彼女は、おそらく優秀な魔法使いだ。精霊魔法の他、訳語魔法もかなりの使い手だと思う」
「それは確かか?……本当に危険はないのか?」
「分からないけれど、でも、本当に害意の類を感じ取れないんだ。この私が」
カイルは、人の悪意や殺意に敏感である。生い立ちを考えれば、言わずもがな。
しかし、彼女が訳語魔法の使い手であるというのは新しい情報だ。
セルディオンから聞いた彼女のプロフィールでも、それについては触れられていなかった。
魔法が使えることを、隠している?一体なぜ。
「おそらくだが、厄介ごとを避けるためだと思う。彼女、洗浄を簡易詠唱で使いこなしていたんだ。それも何度も、高い精度で」
「それは……」
「あの珍しい混血で、しかも高位の魔法使い。そしてエルフ固有の精霊の術まで扱えるとなれば、面倒なことになるのは想像に容易い」
この世には、魔法と呼ばれる技にはいくつか種類がある。
最もオーソドックスなのが訳語魔法。
神話時代の神々が使った言葉を、人の言葉に直したもので、基本的に詠唱により発現する。
熟練すると詠唱を簡略化したり、完全な無言で魔法を行使できることもあるらしい。
しかし、洗浄は水、火、風の三属性が複合した高位魔法である。
しかも、その時により効果を及ぼしたい範囲、起こしたい事象が異なることがほとんどだ。
それを何度も、正確な精度で、簡易詠唱。
並の魔法士にできることではない。下手したら王城の魔法師団に所属できるレベルの可能性がある。
それに対して、精霊魔法は、エルフ固有の神秘だ。
彼らは自然に近しく、この世に存在する「自然そのもの」である精霊を操ることができる、らしい。
エルフたちは精霊について多くは語らず、またその技についても謎が多い。
精霊魔法という名も、人間が便宜上つけた名前で彼らはそうは呼ばないらしい。
「なぜ、そんな使い手が、王城の隅っこでメイドをしているんだ。怪しすぎるじゃないか」
「まあ、状況だけ見たらそうなんだがな。私を殺そうと思えばいつでもできるはずだし、私を懐柔してこの国で何か利があるとは思えないし」
「精神操作系の魔法の可能性は?」
「私がその手の魔法に耐性がなかったら、この王城はとっくに焼け野原になっているだろうね」
この王子の「呪い」は、彼の感情が昂ると暴走する。
普段は「直接・10秒以上」触れた相手の生命力を奪う、というものだが、暴発すると触れていない周囲の生物の生命力を根こそぎ奪っていくのだ。
彼の感情が落ち着けば収まるが、精神干渉により無理やり暴走させられたら、と思うとゾッとする。
「とにかく、気をつけろよ。……あとこれは、幼馴染からのお節介なんだが」
「おや、珍しいな。なんだ?」
「お前が信じてみたいと思うなら、信じてみてもいいと、俺は思った。いざとなったら、俺は必ずお前を守る」
カイルは面食らったように瞬きをした。
目を伏せ、「……考えておくよ」とポツリと呟く。
そして空気を断ち切るように、パンと手を打った。
「それより、今日は別の話をしに来たんだろう?ハーグ侯爵が怪しい動きをしていると聞いたが」
「ああ、ヴェイル港の責任者から密告を受けた。俺も騎士団として同行予定なんだが、それについて______」
お茶とお菓子に不釣り合いの内容で、幼馴染たちは久方ぶりの再会を過ごした。
連続投稿はここまで
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