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第二話 出会い

第二王子のメイド募集、という張り紙がされたのはそれから1ヶ月ほど経ってからだった。

そんな一般公募みたいな、とフィアが目を白黒させていると、侍女仲間のエマがこそっと耳打ちしてきた。


「呪われた王子のメイドは、誰も長続きしないの。だから上級侍女に絞らず、王城で働く人たち全体から募ってるのよ」


特別手当てがたんまり出るから、それ目当てにやる人はちょこちょこいるのよ、と教えてくれる。

最初の時といい、世話焼きな性質がある彼女は、同期の侍女たちのまとめ役になっていた。

そうなの、教えてくれてありがとう、と言うと、「いいのよ。……まさか立候補する気?」と訝しまれる。


「なんか、そんなにお金に困っているようには見えないけど……」

「いや、お金はいくらあっても困らないよ」


私はコレだし、普通の職には就きにくくって。といって自身の半端に尖った耳を示すと、目を見開いたエマにすぐに謝られた。


「っあ、ごめんなさい、私そんなつもりじゃ」

「いや、別に気にしてないよ。むしろこの国はすごく過ごしやすい」


確かに混血は目立つし、エルフなんて人間社会ではレア種族なのでどこに行ってもそれは付き纏う。

かつて高値で売買されていた歴史を持つ種族の混血。思い当たる節があったのか、エマはそれでも申し訳なさそうにしている。

本気で過ごしやすいと思っているし、適当に自身の生まれを理由にしてしまったフィアはむしろ申し訳なくなり、話を変えた。


「それで、『立候補者は菫の屋敷担当者まで』って書いてあるけど……担当って誰のこと?」

「ええと、わからないわ……。王子殿下の側仕えの人事を担当するくらいだから、上級役人だと思うんだけど」

「私もそう思う。うーん、侍女長に聞いてみる」


じゃあね、と言って離れると、「気をつけてね」と声をかけられる。

それは侍女長と会話することに対して?と半目になったフィアだが、わざわざ口に出すことはせずにその場を去った。



「第二王子殿下のメイドに立候補!?正気ですか!?」

「侍女長様、不敬では」

「あなたに勤まるとは思えません!このぼんやり娘が!」

「そんな言います?」


事情を聞いた侍女長は、今までで一番大きな声を出した。

そこまで?とフィアも驚く。

あと、あの堅物な侍女長がそんなに取り乱すとは思っておらず、いささか面食らっていた。

あと私は別にポンコツじゃない、と心中で言い返す。別にぼんやりでもない。


「いいですか、殿下の御身の世話係は、おおよそ一月に一回のペースで変わっています」

「そうらしいですね」

「訓練された上級メイドや官吏でもそうなのですよ!?下級侍女、それも働き始めたばかりの新人に勤まるとは思えません!」

「なら、立候補者同士で競わせてください。他の方の方が相応しいと言われたら諦めます」

「それはっ……」


言い淀んだ侍女長に首を傾げる。そんなに変なことを言っただろうか。

しばらく沈黙した彼女は、やがて重たい口を開く。


「ここだけの話ですが。この募集に立候補してくる者はほぼいません」

「……えっ」

「つまり、あなたが立候補してしまえば、ほぼ確定で殿下にお仕えすることとなるでしょう」

「えっ、じゃあ今まではどうしてたんですか?誰かは常にその任についていたはずですよね?」


渋い顔をした侍女長が続ける。

フィアは、その眉間のシワがかつてないほど深くなっているのを見つめた。


「今までは、上級メイドが交代で……家が自分の娘を差し出す形で回していました。今回も立候補がなければ同様に行われる予定でした」


事態は思ったより深刻なようだ。

フィアは呆然としながら、頭だけ必死に回転させる。

(「呪い」の実態を知っていそうな上層部でさえ触れるのを厭うような代物。それとも、もっと複雑な思惑が絡んでいるのか)

どちらにせよ、これはチャンスである。


「侍女長様、私、実はお金が必要で……。病気の弟のために、できるだけ手っ取り早く大金が」

「適当なことを言うのはおやめなさい。あなたが推薦枠である以上、その出自は調べがついています」


フィアは口を閉ざした。

彼女は隣国リヴァルナ出身で、珍しい混血ということで様々な人種が交流するアストレイアにやってきた。推薦元の伯爵には、家族はいないと話している。

ただでさえ生まれにくい混血、さらに長命種であるエルフと人間のハーフなんてそうそう生まれようがないので、兄弟がいる設定は無理があったのだ。


「まあ、お金が欲しいのは事実です。お願いです、第二王子殿下のメイドに立候補させてください!」


こうなったら頼み込むしかない。

眉根を寄せる侍女長に頭を下げ、必死に頼む。

やがてため息が聞こえ、「顔を上げなさい」と言われた。


「わかりました。セルディオン様に話を通しておきます。_____やると言ったからには、きちんとお仕えするように」

「はいっ、ありがとうございます!」

「……それから。辛くなったら、いつでも戻ってきなさい。席は空けておきます」


最後に落とされた声に目を見開くと、厳格な侍女長はやや目線を逸らして、「では私はもう行きます。あなたも油を売っていないで働きなさい」と去っていった。


「誤解されやすいタイプだ」


残されたフィアはポツリとつぶやいた。





予想に反し、それからの流れは早かった。

まるで待ってましたと言わんばかりに、フィアは翌日呼び出され、あれよという間に住居を菫の屋敷に移し、王城の下級侍女から王子付きのメイドへと昇格していた。

昇進どころではない。ぶっ飛び昇進に、流石のフィアも実感が湧かない。


「いいですか、君は今日からこの菫の屋敷に住み込みで働いてもらいます」


眼鏡をかけた胡散臭そうな男から説明を受ける。

彼はセルディオンと名乗った。この屋敷の人事担当らしい。

おそらく上級の官吏だが、彼女はこの国の貴族に明るくないため、彼について知るところはほとんどなかった。


「メイド、とは言いますが、殿下は身の回りのことはほとんど自分でなさいます。君がするのは、この建物の清掃と管理、その他できることは全て、です」

「できること全て……?」

「ええ。人によって、殿下にどれだけ近くにいられるかは差がありますので。前の者は殿下と同じ部屋にいることが耐えられなかったため、屋敷の管理のみさせていました」

「それってメイドと言えるんでしょうか」

「いいえ?しかしできないものは仕方ありません。ですから、『できること全て』と申し上げているのです」


その声に、前任者への確かな軽蔑を感じとり、フィアは素直に「承知いたしました」と答える。

このセルディオンという男、なかなかに曲者のようだ。

とりあえず逆らわないでおこう、と決めた。


菫の屋敷は、王城の一角にある離れで、そこだけ他の建物との通路が無く、賑わう王城の微かな喧騒が聞こえてくるだけの静かな場所だった。

そこに案内されたフィアは、まず人影があまりにも少ないことに驚く。


「あの、セルディオン様、つかぬことを伺いますが、この屋敷に警備の騎士様はいらっしゃらないのでしょうか」

「いませんよ」

「ええと、私がお仕えするのは王子殿下で合っていますよね?」

「アストレイア王国第二王子カイル殿下です。……言いたいことはわかりますが」


セルディオンは目を伏せた。

お会いすればわかるでしょう、と言われ、王子殿下の部屋まで案内される。

今日から王子付きのメイドとなる(しかも住み込みで)ので、最初に挨拶を、と言われたのだ。

セルディオンが部屋の扉をノックする。


「カイル様。新しいメイドを連れてきました」

「……入ってくれ」


中から落ち着いた青年の声が聞こえてきた。

セルディオンはフィアの方をチラリと見て、彼女が平気そうにしているのを確認すると扉を開ける。


フィアは、この屋敷に入った時から、その強い魔力を感じ取っていた。

魔力はこの世のほとんどの生き物に宿っているが、感じようとしなければ感じ取れないのが普通だ。

感覚を研ぎ澄ませることで魔力探知が行えるようになったりもするが、そうでもしなければ普通は目の前の者がどれだけ強い魔力を持つかなんて分からないのだ。

しかし、建物全体を覆い尽くすようなこの魔力。

それこそ、魔力が低い者であれば、それが確かな「圧」となり、気絶してもおかしくはない。

フィアがなんともないのはともかくとして、このセルディオンという男も相当に魔力が高いと思われる。


「お目通りの許可をいただき嬉しく思います。この佳き日に、お会いできましたことを誠に______」

「形式通りの挨拶はいらない。健勝そうで何よりだ、セルディオン」

「ありがたき幸せ。そして、こちらが本日付で殿下付きとなります、新しいメイドの者です」

「そうか。君、名前は」

「は、はい。フィアと申します」

「そうか。フィア、短い間だが、よろしく頼む」


(短い間?)

フィアが内心首を傾げる一方、セルディオンは眉間を押さえてため息をついた。


「殿下、最初からそういったことをおっしゃるのは良くないかと」

「そうか?その方が気が楽かと思ったんだが」

「あからさまに歓迎されてないように聞こえますよ」

「た、確かに。君、すまないな。そんなつもりはなかったんだが、まあ気負わないでいてくれると嬉しい」


(驚いた。すっごくいい人じゃない?)

王子が呪われてるというのは、ひと目見て納得した。

本来は艶やかな黒髪であっただろう頭髪は、一部が色素を失い真っ白に。そして反対に、貴族らしい白い肌は一部が墨をこぼしたように真っ黒に。そして、黒い肌に浮かぶ目は、反対の澄んだ黄金色と対照的な人間味のない灰白に染まっていた。

室内であるというのにシャツの上に分厚いジャケットを羽織り、ツヤツヤとした、しかし春の陽気に不釣り合いの黒い革手袋が異様だ。

何より、部屋に入った途端に重くなる魔力の圧力。いっそ物理的に重力が重くなっていると言われた方が納得できる、膝をつきたくなるような重み。

これは魔力が低いものが畏れるのも納得できる。あと、魔力に酔って気分を害する人も多そうだ、とフィアは思う。


しかしながら、セルディオンとの会話を聞く限り、この王子、すごくいい人そうである。

あの侍女長の下で働くよりだいぶ楽なのでは?とまで思ったフィアは、ほっとして笑顔を浮かべた。


「いえ。誠心誠意、お仕えさせていただきます」


ごく普通の笑顔、声音だったと思うが、王子は驚いたように目を見開いて言葉を失った。

見開かれた黄金と灰白を見つめていると、セルディオンから声がかかる。

屋敷についての説明をしてくれるらしい。

そういえば、ここまで人手がいないということは、これから本当に自分1人でこの屋敷の管理をしていかないといけないということだ。

腐っても王城の一部、人数に不釣り合いなほど豪奢で大きな建物の管理を、1人で。

これは大変だぞと気合いを入れ、王子の部屋を退室していった。


===


残された第二王子は、そ、と普段見ないようにしまっていた手鏡を取り出す。

間違って見てしまわないように、普段使っている机から離れた部屋の隅の戸棚に入れてあった。

そこに写るのは、やはり白と黒の異様な色彩を纏った化け物のような姿。

自分の姿が急に変わったわけではないことを確認し、椅子に座って大きく息を吐き出した。


(嫌悪も、恐怖も浮かんでいなかった)

魔力による「圧力」は、より魔力が高いものには影響を及ぼさないことがある。

王子の魔力は類を見ないほど高かったが、これまでの人生で数人、魔力の影響を受けずに接することができた相手は存在した。

しかし、この姿は、誰が見ても悍ましい呪いがかけられていると分かるこの姿は、どんな人間でも一度は眉を顰めるものだった。

フィアと名乗った少女を思い出す。

半端に尖った耳、おそらくはハーフエルフ。光を受けて輝く白銀の髪に、森の澄んだ泉のような青い瞳。

珍しさとその美しさで、容姿によって苦労してきたことが想像できる彼女だからこそ、自分の容姿に動じなかったのだろうか。


頭を振って、彼女の姿を脳内からかき消した。

(期待しすぎないようにしよう)

人の苦痛に歪む顔は、何度見ても慣れないものだから。

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