第一話 目覚め
アストレイア王国。
大陸の中でも一、二を争う大国であり、その王都アストレアも多くの人種が行き交う発展した都市となっている。
(目立たなくていいな)
フィアは常ならば被っているマントのフードを取り払い、その姿を晒して歩いていた。
ハーフエルフと呼ばれる、エルフと人間の混血である彼女は、滅多に生まれない混血種故にどこに行っても注目の的だった。
特にその、エルフほど尖ってはいないが決して人間とは言えない耳、繊細で整った美貌は衆目を集めやすい。
しかし、周囲を見ると、この街には人間以外にもエルフにドワーフ、獣人たちといった人種が普通の生活を送っているようだった。
もちろん、フィア自身はそこまで視線を集めていない。
過ごしやすい時代になったものだ、と感慨深く思う。
「ちょいと、お嬢ちゃん。そっちは貴族たちのエリアだよ」
フィアが歩いていくと、屋台のおばさんに声をかけられた。
フィアが目指す先には貴族の別荘が並び、その奥にはこの国の王族が住まう王城がある。
もちろん許可なく王城に立ち入ることはできず、また滞在中の貴族によってはそのエリアに近づくだけで何かしらの罰が下る可能性がある。
人が良いのだろう、心配そうに声をかけてきた彼女に、フィアは微笑んだ。
「大丈夫よ、私、今日から王城で働くの」
そう告げて再び歩き出すと、真っ直ぐに王城へ向かう。
「いいですか、今日からみなさんは下級の侍女となります。王室の方々が住まう王宮ですから、その威厳を保つためにも身だしなみには気を配ってください」
そう言いながら、侍女長はフィアの胸元のリボンを結び直した。
王城の一角、下級職員たちのスペースで、今日から勤務する侍女たちが集められていた。
下級官吏や侍女は、領地を持たない下級貴族が働きに出る場所として一般的であり、また平民でも貴族の推薦があれば就くことが可能だ。
侍女長はフィアのリボンが少し曲がっていたのがお気に召さなかったようである。
周囲への当てつけのように注意しながら、わざわざ近づいてきてそれを正した。
「もちろん、身だしなみのほかにも、我らが王室の方々に恥じないような振る舞いを心がけること。審光の門の裁きが下ることが無きよう、願っていますよ」
そう言うと、侍女長は去っていった。
他の侍女たちの抑えたざわめきのみが残る。
あれが噂の侍女長?厳しそう、あの子もかわいそうに。そんな声が聞こえてきた。
フィアが己の身だしなみに無頓着なのは今に始まった話ではないので、彼女としては「またか」といった調子だったが、確かに初勤務日に上司に絡まれたと考えたらかわいそうな気がする。
隣に立っていた栗毛色の髪の少女が話しかけてきた。
「あの、大丈夫?あの人厳しいって噂だし、あんまり気にしないようにね」
「ありがとう、優しいのね。私は大丈夫よ」
フィアが微笑むと、その少女は照れたように微かに頬を染めた。
その美貌ゆえに歴史では人身売買や人攫いの的となりがちなエルフたちだが、なぜか彼らは寝起きでも一切の寝乱れが無いという特性を持っている。
かくいうフィアも、寝起き1秒で外に出られる特性を羨まれていた。
かつての仲間に、「顔で押し切ろうとする癖やめなよ」と何度も言われていたことが頭を過ったが、気づかなかったふりをしてフィアは今日の仕事を始めようと動き出した。
(今日は、この廊下の掃除、裏玄関の掃除、職員たちの服の洗濯、騎士舎の必需品の補充、と。案外忙しいなあ)
フィアが、わざわざ王城の下級侍女なんかに志願したのには理由があった。
「王城で働いてみたい」だとか、「騎士様を間近で拝みたい」だとかで志願する者も少なくないが、もちろん彼女の理由は違う。
(「呪われた王子」に、なんとかして接触しないと)
このアストレイア王国には、王子が2人いる。
王太子アルベルト。文武両道、人柄も良く、彼がいればこのアストレイアは安泰だと言われている期待の王太子。
第二王子カイル。「呪われた王子」として畏れられ、王城の一角に幽閉されており、その姿を実際に見ることはほとんど無いという。
「呪い」については一般に公開されていないが、様々な噂が飛び交っている。
曰く「悍ましい姿をしている」とか、「機嫌が悪いと呪い殺される」とか、「近づく者の生命を吸い取る」とか、色々だ。
どれも全くもって信憑性に欠ける話だ。そもそも、本当に呪いであるなら、教会に依頼して解呪してもらうはずだ。王族の依頼とあらば、教会だって全力で対処するだろう。
だがしかし、教会の高位神職者でも解呪できない「呪い」であるならば、フィアは彼に会わなければならない。
(そして、叶うならば)
今度こそ、救ってみせる。そう心に決めていた。
「火球!」
「水流!」
大きな声と共に、ゴウッと音を立てて燃え盛る炎が向かい合う相手に迫り、それを予期していた男は炎を超える巨大な水流で炎ごと相手を押し流した。
わあっという歓声が響く。
水流の余波が離れた場所で掃除をしていたフィアの元まで届き、たった今掃除した場所に泥と共に大量の水が流れ込んだ。
「うっわ、最悪……」
こっそりと眉をしかめる。
ここは騎士舎。
侍女として働き始めて1週間が経った。
仕事にも慣れてきたが、やはり下級侍女、その存在は軽く、こういったアクシデントに見舞われることも少なくない。
訓練場では、ちょうど手合わせに決着がつき、剣を使った戦いの中で中位魔法を使った若い騎士が褒められていた。
魔法の発動には、きちんと魔力を練り、そしてその名前を詠唱する必要があるため、こういった近接戦闘の中で使いこなすのは確かに難しい。
が、範囲の制御ができないようでは三流以下だ、と水を掃き出しながらフィアは口を尖らせた。
「あの火球を打ち消すだけなら水弾で事足りた、水が一気に蒸発して相手の視界を遮るからより効果的だったのに。水流なんか打ったから足場がなくなって切り込む邪魔になってたし」
ブツブツと文句を言うフィア。
そして周囲を見回すと、こっそり呟く。
「洗浄」
瞬く間に残った泥水が掻き消え、まるで何事もなかったかのようなピカピカの通路が現れる。
(魔法は正しく、適した場面で)
ふん、と来た道を引き返すフィアの背後では、次の手合わせが始まろうとしていた。
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