表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/42

07

(りく)の追跡を振り切り、二人が辿り着いたのは、

街外れにひっそりと佇む廃校舎だった。

割れた窓ガラスから吹き込む雨風が、埃っぽい廊下を濡らしている。


闇に包まれた教室の片隅。

(りつ)は、力なく壁にもたれかかるミナの横で、外の様子を伺っていた。


遠くで微かに、サイレンの音が尾を引いている。

陸はまだ諦めていないだろう。

あの男の瞳にあったのは、逃亡者を追う執念ではなく、迷子を連れ戻そうとする不気味なほどの”義務感”だったから。


「……ハァ、ハァ……っ」


ミナの呼吸は、いつまでも整わない。

雨に濡れた彼女の体は、氷のように冷え切っていた。

律は無言で自分のパーカーを脱ぎ、彼女の肩にかけた。


「……どうして」


ミナが、震える声で呟いた。

俯いたまま、彼女は自分の肩にかけられたパーカーの裾を握りしめる。


「どうして、わたしを助けたの?

自分のことだけで精一杯なはずなのに。

……あなたは、人殺しなんでしょ?」


律の心臓が、一瞬だけ跳ねた。


そうだ。俺は親を殺した。

軽蔑されていればいい。

誰かを救うなんて、最初から許されていない。


『……さあな。自分でも分からない』


律は、あえて突き放すような声を出した。

胸の奥がざわつく。

……重ねるな。余計なことを考えるな。


「……あなたも、居場所がないの?」


ミナがポツリと漏らした。

その言葉に、律は答えなかった。

居場所なんて、とうの昔に捨ててきた。

いや、最初から用意されていなかった。


ミナは律の沈黙を肯定と受け取ったのか、膝を抱えてさらに身を縮めた。


「わたし……もう、どこに行けばいいのか分かんない。誰も、助けてなんてくれないのに」


ミナの言葉には、具体的な理由は何もなかった。

ただ、底の見えない深い孤独と、世界に対する諦めだけが、その声に滲んでいた。


律はその”音”に、言いようのない既視感を覚える。


『……寝ろ。朝になったら、ここを出る』


律は立ち上がり、彼女から距離を置いた。

同情なんて、一番不要な感情だ。

そんなものに浸れば、明日には警察に自首したくなるかもしれない。

陸のような奴の「正義」に、屈したくなるかもしれない。


一方、パトカーの中。

陸は、ハンドルに額を預けていた。


「陸さん、大丈夫ですか? あの青年の言葉……」

「……いや。何ともない」


陸は顔を上げたが、その表情には微かな陰りが生じていた。


『あんたが言う社会に、俺の居場所なんて一度だってなかった』


律のあの叫び。あれは、単なる逃亡者の悪あがきには聞こえなかった。


「……何か、見落としている気がする」


陸は自分の言葉を打ち消すように首を振った。

現場の証拠は、律が一方的に親を殺害したことを示している。

親は子を愛し、家は安らぎの場所であるべきだ。

そのルールを壊した律を救うには、こちら側に連れ戻すしかない。


「捜索を続けよう。まだ彼の形跡がある。

……彼を、独りにしてはいけない」


陸の”善意”は、雨の中でさらに硬質に、純粋に研ぎ澄まされていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ