03
律は、古びたビジネスホテルのシングルルームで、
泥のような眠りから覚めた。
カーテンの隙間から差し込む西日が、埃の舞う室内を無遠慮に照らしている。
その眩しさに、律は自分の犯した罪を突きつけられるような嫌悪感を覚え、顔を背けた。
(……まだ、逃げ切れていない)
律はサイドテーブルに置いた予備のスマホに手を伸ばした。
画面をスクロールすれば、自分が起こした”事件”の
続報が嫌でも目に飛び込んでくる。
「……亡くなった佐藤達也さんは非常に子煩悩な方で。あんなに仲の良さそうな親子だったのに、信じられません……」
画面の中で、近隣住民が涙ながらに語っている。
『……はは』
律の口から、乾いた笑いが漏れた。
仲の良い親子。誰もがそう言う。
律は画面を消し、ホテルの備え付けの椅子に目をやった。そこには、自分が脱ぎ捨てた黒いパーカーが重なっている。
ふと、部屋の鏡に映る自分の顔を見た。
無表情で、血色が悪い。
どこからどう見ても、平穏な日常を壊した”殺人犯”の顔だ。
(感情を殺せ。何も感じるな)
律は自分の腕を強くつねった。
痛みだけが、自分が今ここに存在していることを証明してくれる。
世間が何を言おうと関係ない。
後悔なんてない。
ただ、この静寂だけが、時々ひどく耳障りだ。
一方で、捜査本部の陸は、律が立ち寄ったコンビニの防犯カメラ映像を凝視していた。
「陸さん、この青年……佐藤律、どう思います?
父親を殺した直後だというのに、あまりにも冷静すぎませんか。
まるで、ただ、ゴミでも捨てたような顔だ」
部下に尋ねられ、陸は画面に映る、表情を一切消した律の横顔を見つめた。
「ああ。罪悪感が完全に欠落しているのかもしれない。……あれほど大切に育てられていたというのに、恩を仇で返すとはな。
動機が何であれ、許されることじゃない」
陸は、現場に残されていた、大切に保管された律の幼い頃の持ち物や、父親が律のために用意していたであろう食事の痕跡を思い出していた。
「早く捕らえよう。彼には更生が必要だ。
それが、彼のためだ」
陸は確信を持ってそう断言した。
陸の正義感に、一点の曇りもない。
愛されて育った陸にとって、法を犯した者は”救い”が必要な対象であり、自分の役割は彼を正しい光の下に連れ戻すことだった。
律は、荷物をまとめ、夕闇に紛れるようにホテルを出た。
パーカーのフードを深く被り、駅へと向かう群衆の中に溶け込む。
周囲の人間は、全員が敵に見える。
善意なんて、罠にしか思えない。
(”正しい更生”なんて、死んでも願い下げだ)
律は人混みを縫うように歩き、さらに深く、光の届かない場所へと潜っていった。
都心から数駅離れた、再開発に取り残されたような古い商店街。
律はここで、数日間をやり過ごすつもりだった。
ビジネスホテルを転々とするのは資金が持たない。不特定多数が入り混じるネットカフェの狭いブースだけが、今の彼に許された唯一の聖域だった。
深夜。ネオンが不気味に明滅する路地裏で、律は買い出しの帰り道にその少女とぶつかった。
「あっ……」
小さな悲鳴と共に、ビニール袋の中身が地面に散らばる。
律は反射的に身を引いた。相手を確認するより先に、自分の正体がバレていないかを確認する。フードは被っている。顔は見られていないはずだ。
『……悪い』
感情を押し殺した声でそれだけ言い、律は立ち去ろうとした。
だが、足元に転がった”それ”が、律の視線を釘付けにした。




