表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/42

26

軽トラのエンジンが、限界に近い悲鳴を上げていた。


海岸沿いの国道は、切り立った崖と荒れ狂う冬の海に挟まれた一本道。その前方、数百メートル先には、無数の散光式警光灯が夜の闇をどす黒く染め上げていた。


「アニキー! 前、バリケードっす! 完全に詰んでるっすよ!」

助手席の大きな絆創膏を貼った面が、裏返った声で叫ぶ。


ハンドルを握るアロハ男は、ガムを噛み締める顎に力を込め、前方を見据えた。

「……あいつら、俺たちの”利権”を舐めやがって」


荷台のブルーシートを跳ね除け、(りく)が身を乗り出した。

「おい、止まれ! このままでは突っ込むことになる。君たちまで死ぬ必要はない!」

陸の叫びに、アロハ男はルームミラー越しにニヤリと笑ってみせた。

「おじさん、勘違いすんなよ。……俺たちはよ、佐藤達也(たつや)にゴミみたいに捨てられたんだ。ずっと、あいつに一泡吹かせてやりたいと思ってた」


アロハ男は、アクセルをさらに踏み込む。

「あのガキを、あいつの望み通り『怪物』として警察に引き渡すんじゃねえ。……『人間』として逃がしてやる。それが、俺たちの復讐なんだよ!」


(りつ)は、陸の腕の中で目を見開いた。

父親の狂気も、陸の正義も知らない、ただのバカな男たち。彼らが今、自分の命をチップにして、自分という存在を肯定しようとしている。


『……なんで。あんたたち、俺が、俺たちが誰かも、本当は分かってないくせに』

「分かってるさ! お前は、俺たちの”シリコン利権”の象徴だろ!」

アロハ男が、全く噛み合わない理屈を絶叫した。


「おい、整形コンビ! ガードレールの切れ目が見えたら飛び降りろ! そこから崖を下れば、海沿いに古い洞窟がある。……そこから先は、自力でいけ!」

「待て、君たちはどうするんだ!」


陸が手を伸ばすが、アロハ男はそれを振り払うように速度を上げた。


「俺たちは一度、派手に主役をやってみたかったんだよ! ほら、行け!」


軽トラが大きく左へ急旋回した瞬間。

陸は律の体を強く抱きしめ、荷台から夜の闇へと身を投げた。

アスファルトの上をごろごろと転がり、摩擦で皮膚が焼けるような熱さを感じる。だが、陸は律の頭を死守し、自分の体で衝撃をすべて受け止めた。

地面に這いつくばったまま、二人が見たのは、猛スピードでバリケードへと突進していく軽トラの背中だった。


「利権だあああああああ!! ざまあ見やがれ、警察野郎どもーーー!!!!!」


轟音。

衝突の衝撃で、軽トラのフロントが大破し、ガソリンが漏れ出す。

次の瞬間、巨大な火柱が夜空を焦がした。爆風が崖の上まで吹き荒れ、パトカーの列が混乱に包まれる。


『……あ……』

律は、炎に包まれる軽トラを、言葉を失って見つめていた。


あんなに下品で、うるさくて、話の通じなかった男たちが、今は神々しいまでの炎となって自分たちの背中を隠している。


「律くん、立つんだ。……彼らが、道を作ってくれた」

陸が、震える足で立ち上がり、律の腕を引いた。

背後ではパトカーの怒号と、消火器の噴射音が響いている。だが、炎の壁に阻まれ、警察はこちらを見失っている。


『……おじさん。あいつら、バカだよ。本当に、最後まで救いようのないバカだよ』

律の瞳から、大粒の涙が溢れ出した。

それは、父親に壊された時にも、陸に追い詰められた時にも出なかった、熱くて純粋な涙だった。


「ああ。……最高のバカたちだ」


二人は、炎に背を向け、暗い崖の下へと駆け下りた。

手錠が外れたはずの右手を、律は何度も何度も、陸の服に押し当てて、自分が生きていること、陸がそばにいること、今目の前で起きていることを確認した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ