捨てられなかった箱庭。新世界の空に灯る「約束の火」
新世界、『エターナル・レジェンド』の未実装エリア。
深い森に囲まれたその盆地に、本来そこにあるはずのない「街」が静かに息づいていた。レインが現実世界のサーバーを焼き切る刹那、強引にマージ(統合)し、引き連れてきた「箱庭」の断片。転移の衝撃で眠りについた住人たちが、街の灯りとして小さく揺れている。
その街外れ。見知らぬ星空の下で、レインたちは焚き火を囲んでいた。
「……信じられませんわ。世界そのものを『外部』へ射出するなんて。レイン様、あなたの演算能力は、もはや神の領域です」
アリスが、淹れたての紅茶を差し出す。レインはそれを受け取ったが、その指先が震えているのを、隣に座るエルナは見逃さなかった。
「……無理もないわ。自分の魂をデータ化して、さらに街一つ分の情報量を背負って次元を超えたのよ。死ななかったのが奇跡だわ」
エルナが、そっとレインの肩に自分の肩を預ける。その温もりに、レインは長く重い息を吐き出した。
「……なあ、エルナ。俺がいた『向こう側』の世界の話を、少しだけしてもいいか」
レインの言葉に、薪がパチリと弾ける。黄金の竜の姿を解き、幼い少女の姿でレインの膝に顔を乗せていたリヴィアが、大きな瞳を見上げた。
「俺がいた世界は、この星空みたいに綺麗じゃなかった。……ずっと、灰色だったんだ」
語り始めたのは、完璧な管理者「レイン」の物語ではなく、一人の青年が使い潰されていた地獄の日々だった。
窓のないオフィス。何日も浴びていないシャワー。
自分の名前よりも、「おい、そこの」という無機質な呼び声や、ただの「番号」として扱われる日々。
「家族も、友人も、俺を待っている奴なんて一人もいなかった。……ただ、毎日死ぬためにコードを書いていたんだ。あの日、倒れて意識が遠のく中で、部長の声が聞こえたんだよ。『こいつの成果さえあれば、どうなってもいい』ってな」
アリスが持っていたティースプーンが、カチリと音を立てた。リヴィアが、レインの服をぎゅっと握りしめる。
「……だから、決めたんだ。もし俺に、もう一度だけ『何か』を創るチャンスが与えられるなら、今度は誰かの道具じゃなく、俺が本当に愛せるものだけを創ろうって。……それが、お前たちであり、あの街なんだ」
レインは、森の向こうで静かに眠る街の灯りを見つめる。
「あの世界には、一片の未練もない。……でも、俺を信じてついてきてくれたお前たちを、道連れにするのだけは怖かった。……今、こうしてみんなが無事でいるのを見て、ようやく……生きた心地がしてるよ」
管理者の完璧な仮面の下にあった、剥き出しの孤独。それを知った瞬間、三人のヒロインの瞳には、かつてないほど深く、熱い献身の光が宿った。
「レイン……。あなたはもう、独りじゃないわ。この街も、私たちも、あなたの心そのものなんだから」
エルナがレインの手を握りしめる。その夜、新世界の風はどこまでも優しく、レインの震えを止めるように吹き抜けていった。
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