第八話 決意
大図書館、それは世界中の知識が集まる場所。大陸中央の中立国最大の街キルガスの象徴的な存在であり、他の追随を許さない情報力を持つ機関である。
情報の持つ価値というものはこの世界においても高く、政治的にも経済的にも大図書館という機関の存在は大きい。
そして、この大図書館における最高権力者、絶対的な存在が『館長』である。
「その……館長っていう人に会えば、わたしの『役割』のこともわかるのかな」
「保証はできんが、大図書館には世界のあらゆる情報が集まる。彼ですら知らぬことならば、それは神のみぞ知るということなのだろうな。現状では館長を頼るしかないな」
「……知りたい。わたしは何のために『役割』を与えられて、何ができるのか。あなたのように自分の意志で生きてみたい」
「それはこの里を発ち、旅に出るということか?」
「そう……なる」
「いいのか? お前の旅は世界の謎に対する挑戦になるのかもしれぬぞ。終わりがあるのかも怪しい」
「でもその方がわくわくする」
「家族はどうする。あの父親はお前のことを心配していたぞ」
「お父さんもお母さんも、一生一緒にいてくれるわけじゃない。いつかは一人で生きていけるようにならないと、ずっと心配かける……。だから今がその時なんだと思う」
クリルは迷いつつも、強く決意し始めている。その気持ちを試すようにアンティルは敢えて脅すようなことを言ってみたが、その決意は揺らがないようだった。
決意を決めたならばと、アンティルも接し方を変えることにした。
「魔法を見たことはあるか?」
「ううん、ない」
「ならばよく見ておけ。旅立ちの祝いだ。魔法を知らねばこの先、生き残れぬぞ」
言い終わるとアンティルは右手を魔穴へと翳し、集中し始める。辺りに不穏な雰囲気が漂い始め、空気が張り詰める。
クリルは呼吸をすることも忘れ、その一挙手一投足に見入っていた。
アンティルが何かを呟いたかと思われた次の瞬間、魔穴を飲み込む程の巨大な黒い渦巻きが突如としてその場に現れた。全てを巻き込むかのような凶々しい渦巻きは周囲の地面や木々ごと魔穴を飲み込み、やがて小さな黒い玉へと収束し消滅した。
魔穴の跡にはポッカリと抉れた大地だけが残された。
あまりに唐突で、一瞬の出来事にクリルは呆然とし、その様子を見るアンティルは薄い笑みを浮かべている。
初めて見た『魔法』は、クリルにとって美しく、冷たく、圧倒的だった。
「すごく……綺麗だね。アンティルの魔法は」
「綺麗? 魔法の価値は実用的かどうかだろう。見た目の華やかさなどに意味はない」
「あの、えっと魔法を知りたい。魔法をわたしに教えて欲しい」
「……基礎ぐらいならいいがな。その先は自分で何とかしろ」
「本当にいいの? 断られると思ったけど……」
「今さら放ってもおけん。性格上な。どうせ央都へ戻ることになる。その間だけの師弟関係だ」
「うん、ありがとう。魔人は優しいんだね。何も知らないんだ、わたし」
「これから知っていけばいい。遅過ぎるなんてことはない。意志が強ければな。
それとな、魔人は別に優しいわけではない。俺が良い魔人なだけだ」
◆◆◆
魔穴の調査を終えた二人は報告のため里の長のところへ戻っていた。クリルを心配して探しに来たサリフとミーリャも二人に先程合流していた。小言を両親から言われつつも、またアンティルと共に行動していたことを告げると、両親はアンティルに何度も礼を述べ、恐縮しっぱなしだった。辺りの魔物は無事に掃討され、皆が帰って来ており、里は勝利の熱気に包まれていた。
「ほう、それで魔穴は封じられたのじゃな。さすがは魔人殿。それで、今回の件どう思われる?」
「ここよりも西の亜人の領域で似たような現象が起こっている。今まで確認されてない地域での魔穴の出現がな。まあ関連していると見て間違いないだろう」
「そうか……失礼を承知で聞くが、この異変、魔人族の関与は考えられますかな、いや、アンティル殿を疑うわけではないのじゃが」
「構わない。それを疑うのは当然だろう。だがな、魔穴は魔王の馬鹿げた魔力が漏れ出た結果、発生すると言われている。俺達如きにどうこう出来るものではない。
だが肝心の魔王は地底深くに封印されたまま。後は本人に直接聞くしかないだろうな。俺はこれから西の魔境へ戻り、真相を確かめるつもりだ」
「なるほど。失礼を許してくれ。あなたは本気で世界の謎に挑もうとしている。儂らはこの里を守るだけで精一杯じゃが、役に立てることがあれば微力ながら協力しよう」
短い間ながらも、長年の勘から長はこの魔人が態度とは裏腹に悪しき存在ではないと確信していた。信念を持って行動する者は、種族に関係なく同じ眼をしている。それを見抜けぬ長ではなかった。
「ならば一つ、この娘を借り受ける。里を抜けることを許可してもらいたい」
急な話の流れにクリルら一家は目を丸く見開いた。両親に旅立ちの許可をどのように得ようものかとあれこれ思案していた彼女だったが、そんな悩みはどこ知る顔とばかりに、アンティルは平然と話し始めた。
何よりも彼が自らこの話を切り出してくれるなどと微塵も期待してはいなかっただけに、一瞬固まってしまったクリルだが、このチャンスを逃すまいと必死に会話について行く。
「お父さん、お母さん、それに長、この世界で何が起こっているのか、わたしの『役割』は何のために与えられたのか、わたしは知りたい。ここでじっと待ってても何も変わらないと思う。今のわたしには何もできないけど、アンティルに魔法を習って、強くなりたい……だから、わたしは進みたい」
クリルは今思う正直な気持ちを一息に吐き出した。父サリフは困惑したような顔で、母ミーリャは少し呆れたような笑みを浮かべて我が子を見つめていた。
「いや、お前そんないきなり……いきなりそんなこと言われても、認められるわけないだろう、なあミーリャ」
「まあ、そうね……でもクリルの言っていることは理解もできるわ。何より、私の娘がいつの間にこんなに自分の意見を堂々と言うようになったのかしらって、ちょっと嬉しくってね」
父は娘を嫁に出すかのように抵抗し、母はそんな娘の成長を内心喜んでいた。しかし、まだ14歳のクリルが目の届かない場所へ行ってしまうことはもちろん不安であるし、許していいものか判断がつきかねていた。
「……まあここは老いぼれの話を聞いてくれ。儂はもう十分に生きた。長としての役目を果たせる時間はもう長くないだろう。儂がいなくなれば、クリルに対する風当たりも強まるやもしれん。それに、お前達とていつまでもその子の面倒を見続けることはできんじゃろう。ならば、ここは素直に娘の成長を喜び、その言葉を信じてやるのも親の仕事ではなかろうか。幸い、今ならば頼りになる恩人殿もいる。絶好の機会だとは思わんか?」
長は静かに口を開き、その思いを語った。彼がこの里の長となり数十年、かつては歴戦の戦士として剣を振るった彼だがその心根は優しく、里の皆のことを文字通り家族と思って接してきた。そんな彼にだからこそ血気盛んな里の若者も、頑固な年寄り達も従ってきたのである。
そんな長が引退し、次のリーダーが里を率いていくことになった時、おそらく今よりもクリルのような役割なしに対する風当たりは強くなるだろう。自分が動けるうちに何とかしてやりたい、何をしてやれるかといつも考えてきてはみたものの、未だその答えは出ていなかった。
そこに負い目を感じていた長にとって降って湧いたようなチャンスが今目の前にあり、ならば自分に出来ることがあるとすれば、前へ進もうとする若者の背中を押してやることに他ならないだろうと思っていた。
「……長の言うことは理解できますし、それが正しいってのも何となくわかります。でもそんな突然……
三日、せめて三日考えさせてくれないか? ミーリャ、お前もそんな急には判断できんだろう」
「そうね、少し時間が欲しいわ」
「お前達の言い分はわかった。俺は三日後にイトゥアンへ出発し商隊と合流する。ついて来るならば共に来い。央都までの安全は保障しよう」
そう言い残すとアンティルは身を翻し、その場を立ち去った。




