第七話 魔穴
「さっき、魔力がどうのって言ってた。わたしには魔力があるの?」
「まあ、気付いてないだろうが、それなりの魔力がある。ひどく不安定だがな。」
「魔力……わたしに……。
じゃあ、わたしにも魔法が使えるようになる?」
「魔力があることと魔法が使えることは同義ではない。魔法を習得する方法は一つ、魔法を使える者に弟子入りすることだ」
「弟子になればいいの? 『魔法使い』じゃないけど……役割なしでも弟子にしてくれるの?」
「与えられただけの『役割』など知ったことか。自分の道は自分で切り開くものだろう。お前が本気で願うのならば魔法を使うことも可能だ。
現に魔人には『役割』 などと下らぬモノを持つ者は存在しないが、皆が魔法の扱いに長けている」
クリルはここぞとばかりにアンティルを質問攻めにした。自分の価値をいつも低く見積もる癖のあるクリルにとって、自分にまさか魔力があるなんてことは夢にも思っていなかった。
それだけに、宝物を大事にするようにアンティルの言葉を噛みしめた。
「魔人は……強いね。何にも縛られてない、自由。」
魔人という種族は『役割』を持たない。これもまた、神に愛されていないなどと他種族から差別を受ける理由の一つなのだが、それに頼らずとも彼らは十分に強い。
むしろ足枷にしかならないだろうとすらクリルには思えた。
「自由に生きるために必要なのは力と意志だ。力は鍛えればいい。だが意志はどうだ? お前には何が足りない?」
「それは……」
自由を手に入れるために何が足りないか。一人で生きていけるだけの、力や知識は両親から教え込まれている。何が足りないのかはクリル自身が一番よくわかっていた。
「まあいい。もう魔穴だ。後ろへ付け」
アンティルは短く指示を出し、気を引き締めた。
◆◆◆
目の前では大人一人分ぐらいの直径の真っ暗な穴が大きく口を開いていた。真っ暗と言うよりは真っ黒と表現した方が正確かもしれない。それ程にまったく穴の向こうは見通せず、全てを飲み込むような不気味さだった。
「これが……魔穴」
「そうだ。お前を襲った魔獣や、さっきのオークも全部コイツから生み出される。お前達の言う諸悪の根源だな。
……あまり近付くな、瘴気を浴びるぞ」
基本的に全ての魔物はこの魔穴から生み出され、魔穴から漏れ出る瘴気を濃く浴びた獣が魔獣へと変異すると言われている。
「もう枯れ始めているようだな。危険はないだろう」
「そう……よかった。何でも知ってるんだね」
「……知らないことばかりだ。腹が立つ程にな。
お前は知っているか? 魔物や魔獣はお前達に危害を及ぼす危険な存在だ。だが一方で、奴らの毛皮や角、牙なんかも貴重な素材として武具や薬へと変わる。そして奴らの核となる魔石は、魔力を持たない者でさえ魔法を行使することを可能にする」
「知ってる。このナイフも魔獣の角を混ぜて作ったって、お父さんが言ってた」
この世界において、魔物や魔獣から採れる素材は大きな価値を持つ。手に入れることが困難なため、当然それなりの値段になるのだ。
狐尾人の里でも手に入れた素材や魔石は商隊によって換金され、外貨を得る重要な手段の一つとなっている。
「そうだ。魔穴の発生が止まれば、この世界の経済は止まる。建前ではお前達は魔王を悪者にしたがるがな、本音ではわかっているだろう、魔王がいなければこの世界は停滞する」
アンティルは何かに苛立つように、話し続けた。
「確かにそうかもしれない。でも、あなたは何故、そんなに……怒ってるの?」
「この辺りに魔穴が発生したことはないそうだ。同じような話を亜人の領域で幾つか聞いてきた。明らかに増えてきている。
このまま放置すれば、魔王への疑いの目は強まるだろう。それはいずれ大戦の火種となるかもしれない。確実に今、世界で何か異変が起こっている。
それに気付きながら指を咥えて待っているなんてゴメンだ。この世界には謎が多過ぎる。俺はその謎を調べるために、こうして世界を旅している。
だからな、知ろうともしない奴を見ていると苛立つ時があるのさ。お前はどうだ、知るために動くか、ただ待つだけか」
アンティルは一気にまくし立て、少し落ち着いた様子で最後にクリルに問いかけた。里から出た事のない世間知らずなところのあるクリルにはやや理解し切れない内容ではあったが、最後の問いにははっとした様な顔をして、こう応えた。
「知りたい。待つだけはもう嫌。何かできるなら、わたしはやりたい」
「ふむ、言ってくれる。ならば、一つ教えてやろう。お前の持つ役割――『旅人』とお前の持つ魔力や妙な力……おそらく無関係ではない。これは勘だが、この世界の異変にも絡んでいるかもしれん。
これらの疑問の答えを知りたくはないか?」
「知りたい。わたし、自分の意志でその答えを見つけたい」
アンティルは一瞬ニヤッと笑い、随分と頼もしくなった少女を見つめながら口を開く。
「ならば、中立国――央都キルガスへ行け。
そして、大図書館の館長に会うのだ」




