第六話 クリルの意志
「お母さん、外の様子を見て来るわね。晩御飯のことはいいから、家の中で大人しくしてるのよ。わかった?」
外の様子が慌ただしくなってきていた。おそらく、里の周辺にも魔物が現れ始めたのだろう。この里では基本的に有事の際には男性が敵と戦い、女性は家を守る。しかし、高い身体能力を持つ狐尾人の女性は、人間などの戦闘力の低い種族に比べると十分に戦力となる。故に、ミーリャも何かできることはないかと、様子を見に行くことにしたのだった。
「わたしも行く。皆を守りたい。大丈夫、自分のことくらいは自分で何とかするから」
クリルは誰かが戦い、傷つくことに敏感だった。今も里を守るために皆が必死に戦っているのに、自分だけ安全な所で隠れていることを彼女の心が許さなかった。それに、クリルには何だか嫌な予感がしていた。父や母を守りたい。じっとしていることなんてできなかった。
「駄目よ。今日ばっかりはあなたにできることはないの。……留守は任せたからね」
時に強情な面も見せる娘に困ったような顔をし、一抹の不安を感じながらもミーリャは家を後にした。
一人残されたクリルは迷う。母の言いつけを守らなければ悲しませることになる。でも、万が一母や父に何かあれば、自分は後悔しないだろうか。いつも、言いつけを守って、周りに迷惑をかけないようにするだけで本当にいいのだろうか。この先、ずっとそうやって生きていくのだろうか。
世界を自由に旅する商隊のロビや、用心棒の魔人アンティルを見ていると憧れのような悔しさのような感情が心に渦巻く。
守りたい人すら自分の判断で守れないくらいなら、言いつけを守るだけの"良い子" はやめて、自分の力で欲しいモノを手に入れる自由な”旅人”になりたい。そんな思いが急激にクリルの中で大きくなってきていた。
「えっ」
その時、突然意識が切り替わったような、頭の中が情報の波にもみくちゃにされるような感覚がクリルを襲い、思わず息を漏らす。
争いが起こっている。里の周りと森の中――
誰かが戦う気配がどうしてか直感的にわかる。行かなきゃ――いや、行くんだ。
次の瞬間には、ナイフを掴み、家を飛び出していた。
◆◆◆
迷いなく走り始めたクリルは、再び森の中へと入っていた。里にも魔獣や魔物が何匹か来ていたが問題ない、人数からしても十分に余裕を持って対処できている。
しかし、皆が向かった森の奥からは嫌な気配を感じる。今も戦闘中、人数も拮抗していそうだ――と、根拠のない自信があった。
さらに森を駆け抜ける。戦闘の気配が近付いてくる。そして、視界の端にオークの集団と今まさに交戦している戦士達を見つけた。父サリフもその先頭に立ち、魔物に斬りかかっているところだった。
その時、こちらへ向かってくる足音が一つ。
「おい、お前……何故ここにいる」
そこには半ば呆れたような顔でこちらを見るアンティルが立っていた。急いでここまで来たのだろうか、僅かに息を切らせながら口を開く。
「守られてばっかりは嫌だったから。お父さんが危ないと思って……気が付いたらここまで来てた」
「はあ……お前が心配する程お前の父はヤワじゃない。この戦場は問題なく片付くだろう。妙な魔力を感じたから慌てて来てみれば、お前かまったく……」
アンティルは魔穴へ向かう途中、突如大きな魔力が近付いてくる気配を察知し、急いで戻って来たところだった。
しかし、その魔力の主はクリルであった。なんて事はない取り越し苦労に溜息を吐く。
「奴らに手助けは必要ない。俺は魔穴へ急がねばならん。
……お前をここに置いてもいけん。付いて来い」
「……わかった。足手まといにはならない」
会って間もない関係ではあるが、この魔人の言う事には何故か信頼が置ける。態度はぶっきらぼうだが、どことなく温かさを感じる。そんな事を考えながら、クリルは彼に付いていくことを決断した。
何か自分にできることがあるならば、力を尽くしたい。例えそこに危険があっても。彼女にもう迷いはなかった。




