第五話 魔人
アンティルと里の者達が魔穴の捜索へと出発した後、クリルは自分の住む家へと向かっていた。家の先の道では何かを探すようにミーリャが右往左往しており、やがてクリルの姿に気付いてこちらへ駆け寄ってきた。
「クリル! 遅かったじゃない、心配したのよ。森で何かが起こっているって、皆集められてるの。
お父さんも長の所へ行ったわ。何か危ないことに巻き込まれなかった?」
「ごめんね、心配かけて。赤鳥を獲ってこようと思って、森の奥まで入ってたの。
……でも、獲物を置いてきちゃった、魔獣に見つかっちゃって。晩御飯どうしようか……」
「もう、晩御飯なんていいの! 魔獣ですって? あなたが無事ならそれでいいの。人のことばっかり考えてないで、もっとあなたは自分を大事にしなきゃ駄目。お願いだから……。
それにしても、こんな所に魔穴が現れるなんて。お父さんは大丈夫かしら……」
幼い頃からクリルは自分の価値を低く見積もりすぎる傾向があった。それはこの世界における役なしの扱われ方を考えると、仕方のないことでもある。自分のことを単なる食料調達役か雑用くらいにしか思っていないのだった。
親としての贔屓目を差し引いても、ミーリャから見て自分の娘は可愛らしい見た目をしているし、愛想には今ひとつ欠けるが素直で純粋な性格をしている。狩りなどの腕前は言うまでもない。
今はまだいい。この先、もし自分達にもしもの事があれば、娘はどうなるのだろうか。自らの力で幸せを掴むことはできるのだろうか――
そんなことを考えると、まだ外の世界に出て、自由に生きていく方がクリルにとっては幸せなのかもしれないと思うのだった。
「大丈夫、商隊の用心棒の魔人がいたでしょ? あの人が今戻って来ていて、わたしも助けてもらったの。たぶん、魔物が何匹いようが敵じゃないと思う。だから、大丈夫」
「あら、そうなの。お礼をしなくちゃいけないわ。お食事でもご一緒にどうかしらね。魔人さんのお口に合うかしら」
この里にしがらみのない魔人であれば、クリルを嫁に迎えて外へ連れ出してくれないだろうかなどと、能天気に考えるミーリャであった。
◆◆◆
一方その頃、魔穴へ向かう一行は――
「いやいや、アンティルさんがウチの娘の危ない所を救ってくれていたとは、本当に助かりました」
事の経緯を教えてもらったサリフは、魔人が他人を助けるものなのかと疑問に思いつつも、娘の命の恩人に失礼があってはいけないと、まずは礼を述べることにした。
「通り道でたまたま見つけただけだ。気にしないでいい」
アンティルの言う通り、彼がクリルを助けたのは確かに偶然に過ぎなかったが、魔獣と闘うクリルの姿を見て興味を抱いたのも事実である。
「……あの娘は、ただの狐尾人か? いや、変な事を聞いたな。ただ、一瞬ただならぬ魔力を感じてな」
「クリルがですか? 獣人は魔力を持つ者は少ないし、あいつにそんなの感じたことはないですが……
狩りの腕やすばしっこさなんかは中々のものだと思いますがね。役割もあってない様なモンだし」
「そうか。その、あってない様な役割とは?」
「ああ、えーっと、旅人って役割なんですけどね、聞いたこともないでしょう? 恥ずかしながら、役割なしみたいな物なんですよ」
サリフは何だかんだ言っても、自分の子がハズレであることで肩身は狭かったし、負い目を感じてもいた。この世界では、自分の子が無職であるのと同じ感覚である。だからこそ、『戦士』である自分の戦闘技術や狩りの仕方を教え込んで、一人でも生きていけるだけの教育をしてきたつもりだった。
「旅人。それは珍しい役割なのか?」
「ええ、里長も知らないし、伝承にも残ってないそうで――」
「東から魔物の群れ! 醜鬼がおよそ二十!」
突然の魔物の襲来。魔穴から出てくる魔物としては、オークは最も低ランクで一般的である。醜い鬼という名前の通り、醜悪な顔面をした二足歩行の魔物で、知能はほとんどないと言ってもいい。
鍛錬を積んだ戦士にとっては大した脅威にはならないレベルである。しかし、数が多い。
「頭数は同じくらいか。こいつらは任せる。俺は先に魔穴を抑える。頼んだ」
「こちらは大丈夫です。お気を付けて」
入り乱れるオークと狐尾人達を一瞥し、アンティルはまた駆け出した。




