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獣人クリルの大陸見聞録  作者:
第一章 旅立ち
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第四話 オウロウ



「お前は、オウロウが何故死んだか知っているか」



 クリルを助けたその男は感情の無い声で尋ねた。

 一見、一般的な人間の青年のようにも見えるが、腰に下げた長剣と黒一色の装束に黒髪も相まって、不吉な印象を抱かずにはいられない。



「……オウロウ、狐尾人(レナルド)の始祖オウロウのこと?

かの方は種族間の架け橋となるべく、世界を旅した。その命を賭してーーと聞いたけど」



 クリルは状況からして目の前の男に助けられたのだろうから、不審な点はあるにせよ、まず礼を言うかどうか迷いながらも問いに答えた。



 狐尾人の中でオウロウの名を知らぬ者はいない。いや、亜人、それ以外の種族においてもその名は広く知られているだろう。

 狐尾人の始祖にして、一人目の亜人(オリジン)とも呼ばれる英雄の名である。

 始まりの大戦の後、魔王という共通の敵を失くした各種族間では、また小競り合いが始まった。世界中の皆が手を取り合い、協調する世界など、そう簡単には実現しない。そんな中、オウロウは種族の間に入り、争いを仲裁し続け、大戦後の混乱の平定に大きく寄与した人物として知られている。

 旅の末にオウロウがどうなったのかを知る者はいないが、もう何百年も前のことだ、旅の果てに命を落としたと聞き伝えられていた。



「ああ、そういう表面的なことじゃない。俺が聞きたいのは、何故オウロウ程の力を持った存在が消滅したのか、それについてお前はどう考えているかだ」



 男の問いにクリルは黙り込む。

 一体、彼がクリルにどんな答えを期待しているのか、そもそもこの男は何者なのか、こうして話していること自体が危険ではないのか、疑問が次から次へと頭をよぎる。

 


「あなたが何を知りたいのかわからない。でも、オウロウについてわたし達はそれ程多くを知っているわけではない」



「……そうか、まあ嘘ではないようだな。時間がないがもう一つだけ聞こう。

何故、魔獣と戦おうとした? 勝てる相手ではなかったはずだが」



 何故、戦ったのか。それは生き残るために一番可能性が高い選択肢を選んだ結果に過ぎないが、普通なら真っ先に逃げていてもおかしくない場面だった。生まれて始めて魔獣という脅威を目の当たりにした少女にどうして、そんな勇猛な判断が下せるだろうか。



「何故……体が勝手に動いた。頭がそう言っていた。それに従っただけ」



「まあ、そんなところか……お前は何か知っているかと思ったが、また期待外れか。

まあいい、お前の里へ向かわなければならない、近道を案内してくれ」



 クリルは黙ってこくんと頷き、里へと歩き出した。



◆◆◆



「長と直接、話がしたい。案内してくれ」



「わかった。こっち」



 長の住居は里の最奥、辺りを見渡せる小高い丘の上にあった。突然の来客を予想していたかのように、里長は住居の前に立ち、こちらを見据えていた。



「長、森で魔獣が出た。魔穴(ホットスポット)は見てないけど、早くしないと。皆に連絡を」



「まあ一息つけ、クリルよ。ただならぬ気配は儂も感じておる、皆を集めておるところじゃ。

して、商隊の用心棒殿よーー」



 里長は長年里を守り抜いてきた実力者でもある。すでにこの地に起こりつつある異変を敏感に感じ取っていた。

 そして、黒装束の男へ鋭い目を向けた。



「アンティルと呼べ。

先日伝えたはずだ。この地の瘴気が濃くなりつつあると。近くに魔穴が発生したと見て間違いないだろう。

事前にわかってさえいれば、お前たちの力ならば十分に対処できたはずだ。今更何を慌てている」



 男は長に対しても不遜な態度を崩さず、その言葉の端々からはわずかに怒気が感じられた。



「その話、真実ですかな。儂の耳には何も……

確かに里の者にお伝えになられたのですか、アンティル殿」



 徐々に周囲には里の者が集まり始めていた。主に戦闘系の役割を持つ者達ーー『戦士』『剣士』『狩人』などが中心となり、有事の際には里を守ることになっている。

 そんな中、一人の体格の良い若い男が長の元へ駆け寄ってきた。



「……長よ、申し訳ありません。俺がその男から忠告を受けました。魔穴発生の予兆があると。

しかし、所詮は魔人の戯言、聞くに値せぬと……」



「その結果がこのザマだ。お前如きのくだらぬ誇りとやらが、このチビを命の危険に晒し、お前達の大事な里を滅ぼそうとしているんだ。理解できるか?」



 アンティルと名乗る男は魔人であった。魔人は西の魔境にその多くが暮らしているが、中立国の央都キルガスを中心に、用心棒などの戦闘力として重宝されるようになってきている。

 それには、魔王の活動がここ百年の間、沈静化していることや、今や経済の中心となっている中立国が種族間の平等を保障していることなどの要因があるが、やはり一人目の亜人オウロウの功績が大きいとされる。

 アンティルもその一人で、小人(ハーフリング)の商隊に雇われた用心棒として、三日前までこの里に滞在していた。



「黙れ、魔王の手先が! 『役なし(ハズレ)』一匹を拾ったくらいで何を偉そうに。

そもそも、魔穴(こんなモノ)が世界中に現れるのも、お前らの魔王サマのせいだろうが!」



「いいかげんにせんか! 始祖オウロウの言葉を忘れたか。

この方は里の者の命の恩人じゃ。恥を知るがよい……。

アンティル殿よ、この者の非礼を心よりお詫びする。そしてその子を救ってくれたこと、心より感謝する。

恥を忍んで頼む、もう一度だけあなたの力を貸してはくれないだろうか」



 この若者のように、未だこの世界では他種族に対する偏見、差別が根強く存在する。特に魔人に対しては殊更である。

 魔穴が発生するメカニズムははっきりはしていないが、魔王の存在そのものが関わっていると言われている。そして、魔人達もそれを否定はしていない。

 勇者の封印によって魔王の力は削がれてはいるが、それでもなお、西の果てから東の果てへと影響力を効かせている。



「こんなことには慣れっこだ。気にするな。

力は貸す。だが、俺の目的は魔穴の調査だ。俺はあくまで自分の目的のために動く。それが結果としてお前達の利益にもなるだろう」



「それだけで充分ありがたい話じゃ。

よし、皆の者、半数は里へ残り戦えぬ者を守れ!

もう半数はアンティル殿に続き、魔穴へ向かえ!

道中、発見した魔物は確実に仕留めよ。」



 歴戦の猛者たる貫禄を見せつけ、長はテキパキと指示を出した。魔穴は発生してから数日間、魔物や魔獣を排出し続け、徐々に枯れていき消滅するのが一般的である。

 そのため、いち早く場所を特定し、魔獣らの拡散を防ぎ、消滅まで穴の周りを包囲し続けることが何よりも重要だと考えられている。



「この辺りに魔穴が発生したことはあるか?」



「……いや、儂の知る限りでは、ない。おそらく、今まで一度も」



「そうか、やはり今までとは違うな……。チビ、お前はここに残った方がいい。捜索を急ごう」



 アンティルは珍しく自分の中に焦りがあるのを感じた。何か自分の想定を超える出来事が今まさに起ころうとしているのではないか、そんな予感がする。

 魔穴の方向は彼にはわかっている。クリルを一瞥すると、足早に森へと歩み出した。




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