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獣人クリルの大陸見聞録  作者:
第一章 旅立ち
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第十九話 犯人探し



 その日、牛人の里は早朝から騒がしかった。牛人の中でもとりわけ体格の良い武器を持った男達が物々しい雰囲気でそこら中を練り歩いている。昨日までとはまるで違った雰囲気。何事かが起こったことは間違いないだろう。そして、その『何事』かは、まだ解決していないということもおそらく間違いないと見ていいのではないかという牛人達の警戒ぶりであった。

 クリルが目覚めた時、部屋にはカレンの姿はなく一人取り残された状態であった。部屋をノックする音で目覚めたクリルは、その勘の良さで即座に建物の外で何か異変が起こっていることを感じ取り、扉の外にいるであろう何者かの存在を警戒した。何故カレンは早朝から部屋を離れているのか、外では何が起こっているのか、反射的に窓際に身を寄せクリルは有事に備えた。

 反応を示さない部屋の主に痺れを切らしたかのようにノックは徐々に速く、荒々しくなっていく。そして、呼びかける声。



「おーい、いつまで寝てんだ! 俺だよ、俺。ちょっと困ったことになってな、すぐに出てきてくれや」



「あれ、ロビ? ごめん、すぐに出るね」



 ノックの主はロビだった。日も昇りきらぬ早朝なので、まだ寝ているのだと思われたのだろう。最初、控えめだった部屋のノックは次第に勢いを増し、最終的には扉を突き破らんが如くに力強くなっていた。

 扉の外から聞き慣れたその声が聞こえてきて、クリルはひとまず安堵した。少なくともこの建物の中に危険はないようだと胸を撫で下ろし、手早く身支度を整え扉を開ける。

 建物の玄関の先、ちょっとした広間に商隊の面々が一堂に会していた。皆一様に追い詰められたような暗い顔をし、押し黙るばかりの異様な雰囲気だった。一体、何が起こったらこんな雰囲気になるのかと、一瞬でクリルはただ事ではない事態を察知したのだった。

 少女がこちらへ歩み寄って来たことに気付き、皆一瞬ハッと視線を向けるがまた現実に引き戻されるかのように視線を落とす。いつもこんな時に口火を切るのは若手のロビの役目なのであるが、さすがの彼も口を開きづらいのか、バツの悪そうな顔でクリルに囁くように話しかける。



「朝早く悪いな」



「ううん、それより……何かあったんだよね? 」



「ああ……それが、えらい事になってな……なんというか、ちょっとお前には話しにくいことなんだがーー」



「大丈夫、話して。もう今更、子供扱いされる気はないよ。わたしにも何か出来ることがあるかもしれないし……」



「……そうだな、すまん。えらい事ってのはだな、昨夜遅く『聖域』で牛人が一人、死んでいたーーいや、殺されていたんだ」



「そんな……牛人、みたいな強い種族がどうして……」



「大丈夫か?」



「……うん、いや大丈夫だよ」



 自然と共に生きる種族にとって生も死も避けては通れない身近なものである。自然は彼らを生かしてもくれるが、優しいばかりではなく、命を奪うこともある。森へ狩りへ出かけ、そのまま帰らぬ人になることだってそこまで珍しいことではないし、そういった事をクリルも今までに経験していた。そんな厳しい自然の中で生きる獣人達は独特な死生観を持つため、そうそう他人の死というものに動揺することはない。この時、クリルの胸中も獣人としての仲間である牛人の死自体にはそこまで大きく心が揺らいだ訳ではなかったのだが、彼らのような屈強な種族の命を奪い足らしめるだけの力を持った存在が、悪意を持ってこの近辺に潜んでいるのだという事実に恐怖していた。

 『聖域』に手を出すということが何を意味するのか。それは牛人という種族全員を敵に回すということだ。これは宣戦布告。悪意ある何者かが牛人に対して戦いを挑もうとしていて、そしてその戦いの火蓋はすでに切って落とされた。クリルは今まさにとんでもない事態に巻き込まれつつある、いや既に逃れることのできない程に渦の中心に引きずり込まれていたことを続くロビの話で確信するのだった。



「実は……カレンとアンティルさんが連れて行かれた」



「えっ……なんで……なんであの二人が」



「今、この街にいる牛人以外の者は俺達だけだ。まあ、まず疑われるのは当然だわな」



「でも、それだけでーー」



「別にあの二人が特別怪しいって思ってるわけじゃないだろう。俺だって当然思っちゃいねえよ。でもな、お前は知らないだろうが、人間っていう種族には『前科』がある。償い切れねえ程の『前科』がな……魔人に関しては言うまでもねえだろ」



 ロビの言う『前科』というのは、昨夜カレンから聞いた南方地域の侵略を指しているのだろう。確かに例の一件によって人間という種族は大きく信用を失う結果となった。実際には関与していたのは一部の過激な思想を持つ一派ーー『超越者』なのだが、他の種族からすればそのようなことは知ったことではない。この商隊の小人達は皆気のいいおおらかな人物ばかりであったのでカレンも問題なく受け入れられていたが、本来ならば小人と人間が行動を共にするということ自体、そうそう見かける光景ではないのである。

 豊かな南の大地を不毛の地へと変貌させ、今もなお世界を蝕み続ける怪物を生み出した罪はあまりに重く、その一件以来、人間という種族は世界では肩身の狭い思いを強いられることとなった。



「大丈夫さ、心配すんな。カレンに関しては昨晩はお前と一緒にいたんだ、お前が証言してくれれば済む話さ。問題はアンティルさんでなあ……そんな事する人じゃねえだろうが、昨日の夜どこで何してたかなんて誰も知らねえからよ……」



「アンティルか……うーん……確かに知らない人からすれば、怪しまれるよね。牛人に勝てるような実力者、他にいるとも思えないし」



「おいおい、お前までそんなこと言って。師匠の一大事だぞ?」



「わかってるよ、そんなこと流石に……」



 本当にアンティルが犯人ではないと言い切れるだろうか。クリルは彼と出会ってからの事を思い返した。

 出会いは狐尾人の里近くの森の中。魔獣に運悪く遭遇し、危ないところを助けられた。助けられはしたが、あまり当初の印象は良くなくて、得体の知れない存在だった。それから魔穴の件では里を救ってくれた。魔穴をたった一つの魔法で消し去った圧倒的な力量には感動すら覚え、その生き方に憧れた。信頼してもいいのではないかと思えた。そして今は魔法を教えてくれる絶対的な師匠である。

 この人が信用できなければ一体誰が信用できる。いや、盲信は時に身を滅ぼすが、それとは違う、アンティルに付いて行くと決めた自分を信じたい。自分の判断が信じられなくて、この先独り立ちなどできるはずもない。今できることはアンティルを信じること、そしてもし彼が牛人達によって犯人扱いされるようなら――

 


 最悪の事態に思いを巡らせながら、答えは出る事なく重い時間だけが過ぎていった。事件が解決するまで外出は禁止されている。事実上の軟禁状態だ。

 長い時間が経ち、日ももう昇り切った。まだ二人は帰って来ない。さすがにここまで何の音沙汰がないのは異常だ。事情を聞くだけならば時が経ち過ぎているし、取り調べの結果二人を捕らえるというのならば、小人達へ一言くらい断りがあってもいいだろう。だが何の情報も得られぬ中、ただクリル達には事態が動き出す時を待つことしかできなかった。

 その時、唐突にドアが開く音がした――



「……あ、カレン!」



 玄関の扉を開いたのは、他ならぬカレンだった。しかし、その表情は浮かない。その原因は彼女の後ろに厳めしい顔で仁王立ちする牛人の存在だろう。背後にチラッと目をやり、口を開く。



「お待たせしてしまってごめんなさい。それと……まだ私達の疑いは晴れてないんです」



「おいおい、そりゃあ……」



 これだけの時間を掛けて、未だにカレン達の取り調べは終わっていなかった。いや、無実を証明できていないと言った方がいい。カレンですらそうなのだから、アンティルは言うに及ばずといったところだろう。

 そして、疑いが晴れていないにも関わらずカレンがここへ来た理由は――



「申し訳ないけれど、クリルちゃん、一緒に来てもらえないかしら。私と……アンティルさんを解放するために、あなたの力が必要なの」



 

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