第十八話 人間の反逆
「人間だって愚かな者ばかりじゃない。基本的には話せばわかる人達ばっかりよ。でもね……あの人達は、『超越者』と名乗る奴らは他種族のことなんて虫ケラ程度にしか思ってない、思い上がった連中よ」
カレンはそう言って話を続けた。いつも穏やかな彼女にしては刺々しい言葉を使いながら。
南方地域の小人を襲撃した人間の勢力は、人間全体で言えばごく一部の過激派であった。彼らは自らのことを『超越者』と自称し、最も優れた種族である自分達に相応しい新天地を求めていた。
そんな時、彼らの目に止まったのが南方地域だった。あの豊かな大地を矮小なる小人族が悠々と独占している事実は、彼らからすれば許されることではなかった。その侵攻は恐るべき速さで南方地域を呑み込んだ。『超越者』を名乗る人間達は、その名の通り確かに一人一人が脅威となる程の戦闘力を有していた。長い間、戦いなど経験していなかった小人達にもはやなす術はなく、一方的な蹂躙によって南方の平和は突然の終わりを迎えることとなった。
戦争という物を昔話でしか知らないクリルは、今の時代は争いなどなく平和な時代なのであると思っていたので、突然身近に現れた『戦争』というものに恐怖していた。争いとは無縁の里を出て、世界を旅するということはいつどこで争いに巻き込まれ、命を脅かされても不思議ではないのだと改めて認識した瞬間だった。
「それで小人族は故郷を追い出されちゃったんだね……でも、そんなの他の種族は許したの?」
「ええ、もちろんこの一件から『超越者』は世界中の敵として扱われるようになったの。かつての魔王のようにね。特に怒りを買ったのは『妖精王』、妖精の森は南方地域に接している場所だからね、すぐに討伐に乗り出したそうよ」
「妖精が動いたんだ、凄いね……それじゃあ、超越者もさすがに追い返されたんじゃ……」
妖精という種族は森の奥深くに隠れ住み、滅多な事では森の外に出て来ようとはしない。森の引き篭もりなどと揶揄されることもある彼らであるが、魔法を扱うことに関しては魔人族にも劣らぬ実力を持ち、この世界における大きな勢力の一角を占めている。
その妖精が森を出るまでの事態なのだから、それは一大事と言う他はないのだろう。かつての大戦以外では妖精族が森の外に打って出たなどという記録はほとんどないのだから。それ程までに神への反逆とも取れる人間の愚かな行為は、妖精王にとって許されざる蛮行だったのだろう。
「そうね、でもこの話はここからが本当の悲劇……超越者達は小人の街を占拠して、そこを新たな拠点にしたの。当然、妖精達はそこを狙って攻め入った。でもね……彼らが街に到着した時、すでにかつての街は見る影もなく、人間の姿もなかったの。街はあっという間に『砂漠』に飲み込まれてしまった。小人の街は『喰われた』の」
「街が食べられるって、そんな……考えられない。一体誰がそんな事を」
「『大地を喰らう者』――そう呼ばれる怪物よ……全てを喰らい、後には砂だけが残る。何故、どこから、アレが現れたのかは誰も知らないけれど、皆口を揃えて人間が神の怒りに触れた結果だと言うわね……」
「人間も……滅ぼされちゃったの?」
「超越者達も初めはグランド・イーターと交戦しようとしたみたいなんだけどね、アレは人の力でどうにかなるものじゃない……壊滅的な被害を出しながらも北方地域に無様に逃げ延びたそうよ」
「でも、それならもう人間も攻めて来れないし、また故郷に戻ってやり治せば――」
「もう、遅いの。もう全てが手遅れ。人間は取り返しのつかない事をしてしまった……あの怪物は今もなお大地を喰らい続けている。もう南方地域に人の住める場所はほとんど残ってないわ。ロビさん達の故郷は失われてしまったの……」
「嘘……そんな怪物がこの世界にいるなんて……」
『大地を喰らう者』と呼ばれるその怪物は突然現れた。まるで神の怒りを体現するかのように、南方地域を侵略した超越者達を圧倒的な力の差で蹴散らし、一度は小人達も神の慈悲に歓喜して故郷へと戻ろうとした。しかし、神の怒りは止まることを知らず、勢いそのままに小人の国どころか南方地域全体を飲み込もうとしていた。その侵攻速度は決して速くはないのだが、着実に砂漠化は進行しており今や南方地域の七割程度が不毛な大地へと変貌しているのだった。
かつて大陸随一の豊かな緑が広がった大地は見る影もなく、とても生物が生きていける環境ではなくなっていた。現状、グランド・イーターを止める手段はなく、南方地域の全てが飲み込まれた後に危機に晒される妖精の森でさえも、指を加えて静観するしかない状況なのであった。
「こうして小人族は帰る場所を失ったの。もう百年以上前の話だから、ロビさんが直接体験したわけじゃないんだけど、小人族にとって故郷を取り戻すことは長年の悲願で、だからその話には神経質になっちゃうんだと思うの」
「そうだったんだ……わたし、また何も知らずに無神経なこと聞いて……」
「知らないことはしょうがない。知っていけばいいの。そう思えるあなたなら、きっと大丈夫だから……」
ロビ、そしていつも陽気に察してくれる小人の商人達がそのような悲しい歴史を背負っているなどと知る由もなかったクリルは、ここでも己の無知を恥じた。里という狭い世界から出たこともない少女には計り知れない程にこの世界は広く、多くの物語が紡がれてきた。
知らないことは仕方がない。しかし無知を自覚し、成長していけるのならばこの子は大丈夫だと、カレンは悲劇を語りながらも小さな希望を見出してもいた。小さな希望でも、微かな手掛かりでも彼女にとっては大切なものだった。彼女が内に秘めた野望を達成するために。
長かった話が一段落し、簡素な部屋に夜の静寂が訪れた。牛人の里では夜も篝火が絶えることはない。真夜中でさえも聖域の守護のため警戒は解いておらず、月明かりも相まって窓の外はぼんやり照らされていた。
街は静まり返っているが、外からは何やら人が往来する気配がしている。この時、牛人の里ではある事件がまさに起こっていたのであるが、そんな事は露知らず、部屋からは二人の寝息だけが聞こえるのであった。




