第十七話 小人族の故郷
一日の仕事を滞りなく終えたロビ達は今夜の宿となる建物へと向かっていた。収穫は上々といったところだろうか。豊かな自然に恵まれたこの地には珍しい獣の皮など、商人達からすれば垂涎の品も多くあるわけで、相手が相手ならばそれらの品物を手に入れるためには多額の出費を覚悟しなくてはならないことだろう。しかし、牛人という種族には金を儲けようだとか値切ろうだとか、そういった考えがハナから全く抜け落ちているため商売の交渉相手としてはこの上なく楽な相手ではあった。珍しい品は安く提供してくれるし、こちらの売り物は値段など気にせずに購入してくれるため、その気になればいくらでも稼げる相手なのであるが、良識ある商人である小人の商隊は楽して儲けようなどとは考えてはいなかった。その辺りのことを見抜いてかどうか、牛人達もロビ達を信用して売買をしているようにも見えたのだった。
「クリルちゃん、今日はお疲れ様。ありがとうね、色々手伝ってもらっちゃって。魔法の練習もあるのに」
「ううん、大したことはしてないよ。少しでも力になれたんなら、よかった」
一日の働きを労うようにカレンがクリルの横に並んで話しかけて来た。カレンも商人見習いとしてこの旅に同行しているため当然ロビと共に今日一日仕事をしていた。クリルから見れば見習いとは言ってもその立ち振る舞いは商人として胴に入ったものであったし、十分立派な商人と言っていいと思っていた。しかし女性の商人というのは珍しく、カレン曰く「ナメられちゃうのよね」とのことらしい。実績と信頼のある小人の商隊の一員としてならまだしも、ただの一人の人間族の女性が商売をしようとしても普通は相手にされないそうだ。だから今は少しでも経験を積んで、各地に顔見知りを作っておくことが重要なのだそうだ。
「さ、私達はこっちね。クリルちゃんもよ」
今日泊まる建物に入るとクリルの手を引いて、カレンは奥の部屋へと向かおうとした。牛人達が商隊のために用意してくれた建物は実に立派なものである。この建物一つを取っても、いかに彼らが高い技術と文明を有しているのかは否応なく理解させられる。彼らはその見た目や話し方などとは裏腹に高い知性を持った種族なのであった。
「今日は助かったぜ。おかげでいい取り引きができたよ。こんないい宿で寝れる機会、当分ねえからしっかり休んどけよ」
「わたしも、楽しかったからいいよ。そういえば、アンティルはここに泊まらないの?」
「あー……アンティルさんの部屋もあるんだけどな、あの人あんまりこういう所に泊まらねえんだよな。変なことしてなきゃいいが……」
「変なこと?」
「いや、まあ牛人の奴らあの見た目さえなければ気のいい奴らなんだけどよ、聖域のこととなると目の色変えやがるからな。アンティルさんそういうの好きそうだから、一応釘は刺しておいたが……」
「聖域のことならしょうがないよ。わたしだって聖域に何かされたらなんか嫌な気持ちになると思う」
「……まあ、お前らにとっては大事なモンなんだろうな。帰る場所のない俺らからすれば理解できねえけどよ」
「帰る場所がない? ロビ達には里はないの?」
「……そうか、お前には言ってなかったっけな。まあ、その話はまた今度だ。とにかく、わかってるだろうけど夜は出歩かずに部屋に籠ってろよ。わざわざ奴らを刺激することはねえ」
「わかってる……また、よかったら教えて、その話」
意気揚々と話しかけてきたロビは初めは商売の成果に上機嫌で、次にアンティルが余計なことをしていないかに思いを巡らせ不安になり、最後に故郷の話になった時には暗い顔で遠くを眺めた。クリルは自分達と同じように、旅をしてはいるが小人達にも当然帰るべき故郷があって守るべき家族があるものだと思っていたが、ロビの反応を見るにその辺りには何か触れられたくない事情があるのだろうか。突然思いもしないところにあった地雷を踏んでしまったような気持ちになったクリルは、その場でそれ以上追求することを躊躇った。
「クリルちゃん、そろそろ部屋に行きましょうか。ロビさんもお疲れのようですし……」
「……ああ、悪いな、それじゃクリルを頼むな」
その場に気まずい空気が流れ、その空気を断ち切るかのようにカレンが口を開いた。先程までの威勢はどこへやら、借りてきた猫のように大人しくなったロビの見たこともない姿にクリルは戸惑いつつも今日はそっとしておこうと、部屋へ向かうのであった。
◆◆◆
「さっき、ロビの様子変だったね。聞いちゃいけないことだったのかな……」
女性二人組に用意された部屋は質素ではあるが、清潔でゆっくり休むには事足りる部屋であった。寝支度を整え、ベッドに腰掛けたクリルは先程のロビの表情を思い返して、余計なことを聞いてしまったと後悔していた。もともと好奇心の強い少女であるクリルは疑問に思ったことを放っておけない癖があった。そして、その癖が今回のように他人の気持ちを思いやることよりも優先されることによって、人を傷付けてしまうことを今までにも何度か経験していた。人には誰しも、心に秘めたものや触れられたくない古傷のようなものがあるものだ。相手の気持ちを察することが得意な人物は、まるで地面に埋まっている地雷を回避するかのように、その古傷に触れることなく大人の対応をすることができるものだが、そこまでを期待するにはまだ少女には人生経験が少な過ぎた。
「クリルちゃんが気に病むことはないわ……そうね、ロビさんも隠してるわけでもないし、有名な事件だから私から話してもいいかな。それに、私にも関係があることだから……」
カレンは神妙な顔をしてそう話し出した。クリルは黙ってただ頷き、話の先を促す。
かつて、大陸の南方地域には豊かな大地が広がっていた。果てることのない広大な草原が続き、北の山々からは枯れることのない大河川がいくつも流れ込む。そんな恵まれた環境を小人の種族は代々、住処にしてきていた。彼ら以外に住む者がほとんどいないことが不思議なくらいに恵まれた土地であったが、その昔、神話の時代から続く各種族の割り振りに多少の不満はあれど、表立って不平を唱える種族はそう多くなかったので、彼らの生息域が脅かされることはなかった。その自然豊かな故郷を背景に、伝統的に行商を生業にする種族こそが小人族なのであった。彼らには帰るべき故郷が確かにあったのだ。
しかし、その脅かされるはずのない幸せな生活がある日突然、崩壊し始めることとなった。本来、南方にいるはずのない人間族の侵攻である。人間族は伝統的に北方地域に国を構え、その個体数で言えば最大勢力と言ってもいい種族である。人間族は身体能力などの個の戦闘力では他種族に劣っていることが多いが、その繁殖力や知能の高さ、そして争いを好む性質から油断ならない存在として他種族からは警戒されていた。それにしても、この様な大々的な侵攻はそれまでにない歴史的な異常事態であった。
人間は同族の間ですら争い、仲間割れを起こし、複数の国や勢力が同時に存在していた。これは他種族からすれば考えられないことであった。それでも他種族の領域へ侵攻するなどということはそれまで起こり得なかった。なぜならばそれは神が決めたこの世の理に反するからである。
人間は神から与えられた土地だけでは満足せず、分不相応に豊かな南方地域を独占する小人達へと戦いを仕掛けた。この戦争が何を意味するのかを人間達は理解して、敢えて行動した。
そう、この戦いは神への反逆であった。




