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獣人クリルの大陸見聞録  作者:
第一章 旅立ち
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第十六話 牛人の里にて



 クリル一行が最果ての街を出発してから五日が経った頃。旅の進路はアルカー湾沿いに北西へ順調に進んでいた。途中、いくつかの小さな集落があったが帰りを急ぐからと立ち寄ることはなかった。しかし、最果ての街から北西に五日の距離、ガンドレ大山脈の麓にあるこの牛人の里を素通りすることはできない。

 牛人という種族は亜人であり、獣人の一種である。牛人という名の通り、牛の頭に人の体を持ち合わせた屈強な種族だ。亜人の中では比較的、種族としての数が多く、一目置かれる存在であるがその見た目とは裏腹に争いは好まず、かといって周りと積極的に交流するわけでもないので、他の亜人からしても近寄りがたい不気味な存在なのであった。

 その牛人に対する認識は商隊にとっても同じもので、彼らとしては拒まれているわけでもないので商売になるのならば素通りするという選択肢はないのだが、自分達の一回りも二周りも大きな巨躯を持つ牛人を相手にする商売は非常に気を遣う仕事であり、あまり長居はしたくない場所でもあった。しかし、牛人という種族は通貨というものに全く価値を見出していないので金払いがとても良く、商売客としてはこれ以上ない相手でもある。それに、顔も出さずに素通りした時、次回から牛人がどのような対応をしてくるのか予想がつかず、それも素通りが出来ない理由の一つであった。



 今回もとりあえず一日滞在して義理を果たし、早々と出発するつもりの一行だったのであるが、今度ばかりはその思惑は裏切られることとなるのであった。



◆◆◆


 

「だからわたしも牛人には会ったことはないから、期待されても困るって」



「いや、そんなこと言わずにさ。アレだろ? 獣人の仲間はみんな良き隣人だって聞いたことあるぞ」



「それはそうだけど……牛人は”特別”なんだよ。あんまり詳しいことは知らないけど」



「まあ仲が悪いわけじゃないんだろ? だったら大丈夫だって。いや、別に難しいことを頼むわけじゃねえさ、な?」



「ただ隣にいればいいだけだよね? だったら大丈夫だと思うけど……」



「よし、決まりだ! じゃあ明日まで俺の通訳を頼むぞ。よしよし」



 今日から一日滞在する予定の牛人の里が近付くにつれ、ロビは心配そうにソワソワし出していた。ロビだけではなく基本的に牛人の里へ行く時には商人達は皆憂鬱そうな顔色になるそうだ。別に何かトラブルが過去にあった訳でもなければ、言葉が通じない訳でもない。それでも商人達は牛人という種族に苦手意識を抱いていた。



「通訳って、言葉は通じるんだけどな……」



 自分に何が期待されているのかいまいち腑に落ちない部分はあるにしても、頼られることにある種の喜びを感じていたクリルは渋々ロビの頼みを引き受けることとなった。

 


 そして一行は牛人の里の入り口へと到着した。里は森林地帯を抜け、山の麓へ差し掛かった場所に位置しており、他の亜人族からも一目置かれるだけはあって大規模な集落を形成していた。狐尾人の里と比べると倍以上の大きさはあるだろう。初めて見た他種族の集落のあまりの規模にクリルはやはり圧倒された。最果ての街イトゥアンを初めて訪れた時にも驚いたが、それとはまた違う感動のようなものをクリルは感じていた。何しろこの里は外敵から守られるようにグルリと立派な壁に囲まれていたからだ。そして、その壁に一か所設けられた門には守衛だろうか、屈強な二人の牛人が腕を組み、里に近づく商隊を油断なく眺めていた。



「よ、よう。今日もご苦労様だな。いつもの小人の商隊だ。また少しの間世話になるが、問題はないか?」



 やや緊張した面持ちで牛人の守衛に話しかけるロビ。身長にしておよそ二倍の差があるだろう。いつもの軽い態度は崩さないが、彼にしては少し気を使って言葉を選んでいる様子であった。



「アー、イツモノ小人ノ商人ダナ。許可ハ下リテイル。滞在ヲ許ソウ。人員ニ変ワリハナイカ?」



「ああ、それなんだが、一人だけ増えてな。だが怪しい者じゃないんだ、それどころかアンタ達の仲間さ」



 牛人の守衛は顔色を変えずにそう答えた。顔色というか、彼らには表情というものがほとんどない。いや、周りの者からは読み取れないだけかもしれない。そしてその話し方も決してカタコトではないのだが、ほとんど抑揚がなく機械のような話し方をするので、それが見た目と相まって不気味な印象を倍増させる結果となっている。



「オオ、ハジメテ目ニカカルガ狐人ノ一族カ。ワレラ牛人ハ古キ友ヲ歓迎スルゾ。ユックリ休ンデイクガイイ」



「狐尾人の里のクリルです。わたしを受け入れてくれてありがとう。良き隣人として、里の中では迷惑はかけませんので」



「ウム、心配ハシテオラン。“聖域“ニダケハ近ヅカヌヨウニナ。通ッテヨシ」



 牛人からしても他種族はそこまで身近な存在ではなかった。牛人の里には誰でも入れるわけではない。見ての通り侵入者を阻む堅牢な壁によって守られた里には牛人以外は住んでいない。訪れるのは基本的には商人くらいなものである。

 かといって牛人が余所者を拒んでいるのかというとそうでもなくて、素性の知れないクリルをすんなり通したように彼らには他種族を見下したり排他したりする気はない。彼らにはお金や生活の豊かさなどよりも何より優先して守らねばならないモノがあった。それが『聖域』である。

 牛人が一族で代々聖域を守っていることは亜人の間では知らぬ者はいない事実である。その聖域というものが一体どういった場所なのか、詳しく知る者はほとんどいなかったが亜人の中でも聖域は神聖視されており、その守り人である牛人達も敬意を持って接するに値する存在なのであった。



「よお、初仕事は順調じゃねえか。この調子で頼むぜ」



「いや、挨拶しただけだよ」



「いやいや、やっぱり隣人ってだけあるよ。検問もすんなり通れたしな。俺なんて初めての時は大変だったよ、ホント」



「そうだったんだ……でもそれだけ大切なものを守ってるんだもんね。ロビも変なことしちゃダメだよ」



「するわけねえだろ。どんな報復を受けるか、考えるだけで鳥肌立つわ。にしてもよお、そーんなにご大層に守るようなモンなのかね、聖域ってのは」



「……聖域は神聖なもの。決して侵してはならない。そう聞いてきた。だって彼らは『守り人』だから」



「一族みんなが同じ『役割』なんてなあ。変わった種族もあるもんだ。怖い怖い」



「……そういう言い方はよくない」



 牛人はその一族の皆が同じ役割、『守り人』を授かるそうである。つまり、彼らがその生涯をかけて聖域を守る理由は神からその役割を託されているからなのであり、彼らは皆その役割に誇りを持って生きている。そして神からその重要な役割を任されていることこそが、彼らが他の亜人から尊敬を集める一番の理由なのである。



「さて、今日一日の我慢だ。やるぞー」



 そう言ってロビは露店の準備を始めた。今日は一日商売をして、明日出発する予定だ。ここに滞在している間はロビの側についている約束なので、クリルもその後について手伝いを始めるのだった。




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