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獣人クリルの大陸見聞録  作者:
第一章 旅立ち
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第二十話 聖域での殺人



 窓の外はまだ薄暗い。街はまだ目覚めきっていないが、人の気配がする。こんな時にはあまり良くない事が起こる。冒険者としても活動してきたカレンは、人一倍危険に対する勘がよく働いた。

 この建物へ近づいて来る足音が二つ。重々しいその足音は牛人のものだろう。

 


 焦り? 

 それとも、怒り? 



 ただの足音の中にもカレンはその感情を読み取っていた。何かが起こっている、この街で。思い当たる事は何もない。しかし、あの牛人達の狼狽えることと言ったら……十中八九『聖域』に関することだろう。

 それならば人間族である自分の立場は危うい。ただ人間だというだけで疑いの目を向けられる。それ程までに先人の犯した大罪は許されざるものだ。

 それに……アンティルも立場は同じ様なものだろうか。



 まだぐっすりと寝ているクリルを起こさぬよう、カレンは音を立てずに身支度を整えて、部屋の外へ出た。おそらく直に玄関の扉が開かれるだろう。そして、おそらく牛人達は自分とアンティルに用がある。やましい事は何もないが、仕方のないことだ。今までもそうやって何かを諦めて生きてきた。

 それはこれからも続いていくのだろう。彼女が内に秘めた悲願を遂げるまでは――



「よお……お前も起きてたか」



「あら、お早いですね。ちょっと嫌な予感がしまして」



 部屋の扉の一つがおもむろに開き、寝起きだろうロビが目を擦りながら出て来た。さすがに起きて来るには早過ぎる時間なので、彼も何か異変を感じ取ったのだろう。ただ、その顔付きを見るに、それ程危機感は抱いていないように感じるが、それは人間と小人の置かれた立場の差によるものなのだろうか。



「嫌な予感って……おいおい勘弁してくれよ、こんな朝っぱらから」



「私の杞憂であったらいいのですが……あら」



 カレンの予想通り、玄関の扉が勢いよく開け放たれ、そこには槍を片手に武装した牛人が二人立っていた。

 悪い予感はいつも当たる。それが今までカレンを幾度も助けてきたのだが、今回ばかりはわかっていても流れに身を任せる他ない。



「人間族、カレント言ッタナ。少シ我々ト同行シテモライタイ」



 牛人達の第一声は予想通り、期待を裏切らないものだった。




◆◆◆




「ハア……何でいっつもこうなるのかね」



 牛人から昨晩の事件の概要を聞かされ、また厄介事に巻き込まれてしまったとロビは途方に暮れていた。『聖域』絡みな上に仲間が一人犠牲になってしまったのだ。彼らからすれば、この上ない大事件である。この事件が解決するまでは自分達の自由はないと言ってもいいだろう。

 何とも間の悪いことである。さすがに仲間の誰かがこの事件に絡んでいるとはロビも思っていなかったが、疑われることは必至だろう。何せ、今この街には商隊一行以外に疑わしい人物がいないのだから。

 そして、何よりも危ないのはカレンとアンティルだ。現に事情聴取との名目でカレンはどこかへ連れて行かれたし、行方の知れないアンティルに関してはロビが探して牛人に同行させるよう依頼、いや命令されていたのだ。



「って言っても、どこにいるんだよ。俺にわかる訳ねえだろが……」



 アンティルは基本的に宿などに部屋を取るものの、そこで寝泊まりをしている形跡は今までの旅の中では見て取れなかった。では皆が寝静まった後、何をしているのかというとそれも謎である。気にならない訳ではなかったが、おそらく聞いてもまともには答えないだろう。そう思っていたからこそ、今まで込み入った質問はしてこなかったし、それで何の問題もなかった。

 商人達とアンティルの関係はあくまで仕事上だけの無機質な関係である。腕の立つ彼に危険の多い道中を守ってもらう。そして、その働きに見合った報酬を与える。それだけだ。

 アンティルは魔人で、魔法の達人。見た目は人間のようにも見え、口数は少なく、無愛想。それ以上は知らないし、知る必要もなかった。



 しかし、クリルと出会ってからの彼は、少し変わったように見えた。少なくともロビの知る限り、アンティルは他人にとりわけて興味も示さなかったし、感情というものを垣間見せることすらなかったように思える。

 それが、珍しく人助けをしたと思ったら、その助けた少女に魔法を教え始める始末。勘違いでなければクリルが里を出る後押しをしていたようにさえ思える。

 明らかに『魔穴』とクリルに関しては態度が変わる。それは好奇心か? 執着か? 彼が旅を続ける理由と何か関連があるのか。



「知らねえよ、そんな――」



「俺を探してるようだが、何があった」



「……まったくアンタって人は」



 彼が何者で、何を企んでいるのかなんて考えるだけ無駄だ。仮に聖域を侵し、牛人を一人手にかけていたのだとしたら、もう止めることはできないだろう。

 彼は魔人で、常識外れに強くて、どこか胡散臭くて、何を考えてるのかわからなくて、魔人だ。でも不思議と誰かが困ってる時にはタイミングを見計らったかのようにひょっこり現れるのだった。そう、正に今この時のように。

 


「信じて待ってるんで、早く帰って来てくださいよ」



「……?」



 一行が無事にこの街を出発できるかどうか、それはこの男に懸かっているのだろう。




◆◆◆




 牛人の街にはいくつかの出入り口のようなものがある。その中でも、商隊のように外からの客人が通るのは正面の大門である。この大門を先頭に奥へ奥へ、まるで聖域へ来る者を拒否するようにこの街は設計されていた。

 その最深部、聖域へと続く道の始まりに威圧感たっぷりに佇んでいる建物、少なくとも楽しく食事をするような場所ではないだろう、ここで取り調べが今まさに行われている。



「昨夜ノ話ハ聞イテイルナ? 悪イガ我々モ手段ヲ選ンデハイラレヌ。昨夜ドコニイテ何ヲシテイタカ話シテモラウゾ」



「フム、まあ隠す事でもない、お前達の知りたい事を話してやろう」



 事ここに至っても、やはりアンティルはいつもの不遜な態度を崩す事はない。牛人も話が通じない訳ではない。それどころかこれ程理性的な者達もなかなかいないだろう。さすがに問答無用で武力に訴えるような手段には出ないだろうと高を括っているのかもしれないが、彼の自信を裏打ちしているものはやはり『力』なのか。

 その気になれば鍛え抜かれた牛人の戦士を複数相手取っても力で捩じ伏せられる、そんな余裕があるのかもしれない。



「東の地、亜人の領域で『魔穴』が多発していることは知っているだろう。俺はその件について興味があって、独自に調査している。昨夜も調査のため、近くの森に入っていた……安心しろ、聖域には近付いておらん」



「ソノ件ニツイテハ我等モ聞イテイル。ソレデ、魔穴ハアッタノカ?」



「魔穴は間違いなくある。だが発見はしていない」



「ホオ、コノ街ノ近クニ魔穴ガアルト? ソレナラバ何故見ツケルコトガデキナイ。魔人ニトッテハ難シイコトデハナイノダロウ」



「魔力を探知すれば本来容易いことではある。しかし、今回の場合、『何か』によって探知が妨害されている。いや、『何者か』が意図的に魔穴を隠している、と言ったところか……何か思い当たることは?」



「……我等ガ関与シテイルト?」



「可能性の一つだ。そもそもあの『聖域』とは何なのだ? あの様に魔力とも瘴気とも違う……『気』を放つ建造物、見たことがない。あんなモノがあるおかげで探知も上手くいかん」



「ソノ言葉……我等ヘノ侮辱ト捉エルガイイノカ」



「事実を並べているだけに過ぎん。好きに解釈すればいい」



「魔法ガ使エルカラト、怯ムト思ウナヨ」



「魔法が使えるかどうかなど些事に過ぎん。そんな事も理解していないか……程度が知れるな」



「……」



 目の前の牛人が無言でスッと立ち上がり、奥の扉の先へと消えていった。牛人の中でも体格は良い方だろう。聖域を侵した疑いのある重要人物を任されているという事からも、この目の前に立つ牛人はそれなりに力のある戦士なのであろうことは想像に難くない。

 これだけ挑発しても手を出して来ないのだから、ただの腕っぷしに自信のある荒くれ者という訳ではないのだろう。

 アンティルも聞かれたことに答えることに抵抗はなかったし、隠し立てするようなこともなかった。ただ、この事件には何か裏がある。そして、『聖域』とは一体誰が何のために設置したものなのか。これが神の意思によるものならば、彼の求める情報がそこにあるかもしれない――



 アンティルにとっては面倒なトラブルに巻き込まれたと思う一方で、今まで知り得なかった情報を獲得するチャンスであるとも考えていた。魔穴の気配を感じるにも関わらず、何故発見できないのか。聖域から発せられる不思議な気配は何に由来するものなのか。

 その謎が解ければ、何か突破口が開けるかもしれない。確信のない予感だが、無視することも彼には出来なかった。



 そのためには、質問に答えるだけではなく、情報を聞き出す必要がある。それも、価値のある情報を握っているであろう地位の高い者から。

 アンティルは敢えて目の前にいた牛人を挑発し、状況を動かそうとしていた。そして、その思惑通り扉の奥から先程の牛人がもう一人、見た目では分かりにくいが少し老いた印象のある牛人を連れて戻って来たのだった。



「お初に、魔人殿。少しお話しさせてもらっても良いですかな」



「……少しは話の出来る者が来たようだな」



 さて、ここまでは思い通り。いかに情報を引き出しつつ、彼らを満足させる答えを与えるか。

 早速アンティルは己の好奇心を満たすため知略を巡らせ始めるが、目の前に立つ老人は一筋縄では行かぬような鋭い目付きで彼を観察していた。






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