第十二話 初めての人間
岬から見渡す世界はどこまでも続くように広大で、美しくクリルの目に映った。草むらの上に体育座りしながら、飽きることなく海越しの風景を眺めていた。
「あら、かわいい狐耳ね」
不意に背後から声をかけられ、夢の中から引き戻されたかのようにクリルはハッと声の方向に振り返った。声の主は柔らかな笑みを浮かべてクリルを見つめていた。身長はクリルよりも一回り大きく、腰のあたりまで綺麗に伸ばした金髪をポニーテールに束ねていた。一目見てクリルは「綺麗な人だな」と思わずにはいられなかった。そして、人気のない場所で突然背後から声をかけられたにも関わらず、金髪の女性からは警戒させるような気配はまったくなく、周りの人皆を安心させるような雰囲気を放っていた。
「いきなり驚かせてごめんなさいね。私のことはカレンって呼んで。ロビさん達の商隊の新入りで、あなたの里にもお邪魔してたのよ?」
「……わたしはクリル。わたしを探しに来たの?」
「あ、そうそう。ロビさんに頼まれてね。ギルドに登録しに行くんだよね? 余計なお世話かもしれないけど、一応付き添いでって。私も実は登録してるから、一緒に行かせてもらえたら話が早いと思うの。どうかしら?」
カレンと名乗る女性はロビ達の商隊に今回の遠征から参加している新人の商人だそうだ。人が良さそうでなおかつ育ちも良さそうなカレンは、クリルの見てきた商人のイメージとはかけ離れており、どちらかというとお金持ちのお嬢様みたいだなとクリルは思った。
「そうなんだ。うん、あなたに一緒に行ってもらえたら、助かる……ちょっと不安だったから」
「あら、じゃあ決まりね。もう少しゆっくりしてから行きましょうか」
そう言うとカレンはクリルの隣に腰を下ろし、眩しそうに大海原を眺めた。
「いいの? カレンさんにもわざわざ来てもらったんだから、早く行かないと……」
立ち上がりかけるクリルを手で制して、笑いながらカレンは首を横に二度振った。そして、また海の方向を気持ちよさそうに静かに眺めて、話し始める。
「ここ、いい場所よね。私も今回の旅で初めてこの街に来たんだけど、ここは人もいなくて見晴らしは最高、世界って広いんだなって改めて実感できるの」
「……うん、確かにそんな感じがする。カレンさんは、もしかして……人間?」
「そうよ、人間を見るのは初めてよね。私たちの生まれ育つ場所はあまりにも遠いものね。私だってこんなに可愛らしい狐のお嬢さんを見るのは初めてよ」
「人間の国はすごく遠いの? ここから見える?」
「そう、すっごく遠い、大陸の北方地域だからね。大山脈を超えないといけないの。だから、残念だけどここからは見えないわね……」
「遠いところから来たんだ、カレンさん。どうしてこんなところまで来たの?」
「カレンでいいわよ。まだ見習いだけどね、どうしてかな、たぶんあなたと同じ様な理由。私もね、あんまり生まれた街から外に出たことがなかったの。それで『思い切って遠くに行ってみよう!』って思い立ってね」
「そうなんだ……旅に出て、後悔してない?」
「……置いてきたものもいっぱいあるけど、後悔だけはしてないってはっきり言える。
ほら見て? 海の向こうに大っきい山が見えるでしょ。あれはね『火山』って言うの」
「カザン? ただの大きな山じゃないの?」
「あの山はね、『神の山』って言われててね、神の怒りに触れると頂上から火を吹くそうなの。すごいでしょ?」
「聞いたことある、火を吹く山があるって。アレがそうなんだ……」
「もう数十年はないそうだけど、大噴火を起こすとここまで灰が飛んでくるそうよ。他にもね、妖精が住む大きな森とか、雲よりも高い塔とかね、世界には色々あるのよ、考えるだけでワクワクするでしょ? こんな光景を知らないまま死んでいかなくてよかったって思う。クリルちゃんもこれからの旅できっとそう思う時がたくさんあるんじゃないかな。だから……これからは旅の友達としてよろしくね」
「友達? 種族が違っても友達になれるの?」
「あら、友達になるのに種族も年齢も、何も関係ないと思うわよ、私はね。あ、まあ友達少ないから偉そうなこと言えないけどね」
「そうなんだ……わたしもあんまり友達いなかったから嬉しい。これからよろしく」
クリルにとって同族以外の種族という存在は、ロビ達の商人などを除けば遠い世界の住人であり、交わり合える存在ではなかった。それがここ数日で魔人や人間、本当にいるのかどうかも疑わしかった存在と出会い、ましてや友達になろうと言うのだから、戸惑いと喜びでクリルは複雑な感情になり、考えることを止めた。
友達になりたいからなる。これからはそうしようと思った瞬間であった。
「そういえば、どうしてここにいるってわかったの? ロビにも言ってなかったのに」
「ああ、それはね、ロビさんが『アイツはたぶん海にいるから』って教えてくれたのよ。あなたのことよくわかってるのね。」
なるほど、ロビにはクリルが見たことのない海に憧れていることなどお見通しだった訳である。クリルは少し恥ずかしそうに俯き、顔を赤らめた。
「でもね、この岬に来たのは、私もここがお気に入りの場所だったからよ。なんとなくね、私とクリルちゃん似てるんじゃないかなあって思って」
俯くクリルの顔を覗き込むように見つめながら、カレンは実の妹に接するように優しくクリルの背中に手を伸ばした。




