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獣人クリルの大陸見聞録  作者:
第一章 旅立ち
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第十一話 世界は広い



「俺は行くところがある。出発までには戻るから後は頼んだ」



 アンティルはそう言うと、そそくさとその場を立ち去った。何の用事があるのかとも思ったが、質問する隙も許さずにアンティルは人混みへと姿を消した。

 残されたクリルとロビはしばらく沈黙し、気まずそうに目を合わすと、ため息を吐きながらロビが話し出す。



「とりあえず、行くか。俺達が拠点にしてる宿があるからよ、俺が使ってる部屋に荷物を置けばいい。

心配すんな、俺は仲間の部屋に入れてもらうからさ」



「ありがと、でもわたしは床で寝るからロビは移動しなくていいよ」



「アホか! 子供っつってもお前も一応女なんだから、色々マズいんだよ。他の奴らに何言われるかわかったもんじゃねえ」



「旅に出るんだから、そんなこと気にしない。それにロビに悪い……」



「わかったわかった。これからの旅路じゃ、お姫様扱いする余裕はねえからな。だから今日だけは俺の顔を立てとけ、な?」



「……うん、ごめんね」



 自分の力で生きていくと決めたクリルは、子供扱いや女だからと言って特別な扱いは受けたくはないと思っていたが、小さな頃からの自分を知られている兄のような存在であるロビとの関係性はそう簡単に変わることはなさそうである。



 今回もやはりロビに言いくるめられたクリルは力なく頷き、二人は宿へと歩き出した。



◆◆◆



「じゃあ、旅に必要なモンは一通り揃ってるわけだな」



「うん、お金も持って来たから、大丈夫」



「ああ…毛皮やら薬草やらで小遣い貯めてたもんなあ」



 宿へ着いた後、ロビの部屋に荷を下ろしたクリル達は再び街へ出て来ていた。里での生活は基本的に自給自足であったため、クリル達はお金を使う機会自体があまりなかった。しかし、狩猟の副産物として生まれる獣の素材や森の恵みは定期的に来る商隊にそこそこの値段で買い取られ、お金だけが貯まっていくのだった。

 森の事を知り尽くしているクリルは貴重な薬草や獣の素材などを集めてきては、商人達に渡してそれなりの額の貯金をするまでになっていた。



「俺は色々準備があるからよ、街の見物でもしてくればいいんじゃねえか? あとは……まあ相手にしてもらえるかわからねえけど、後々冒険者になるつもりなら、ギルドで登録だけでもしとくかだな」



「ギルド? そこに行ったら冒険者になれる?」



「はあ……これだから世間知らずは……。ギルドってのはな――いわゆる冒険者ギルドのことだが、まあ仕事の仲介所みたいなモンだ。そんで冒険者ってのは『何でも屋』みたいなモンだな。『何でも』にはもちろん危険な依頼からしょーもない雑用まであって、難易度に応じた報酬をもらうってわけよ」



 この世界の冒険者ギルドとは、平たく言えば職業紹介所のことである。依頼の内容は千差万別ではあるが、ありきたりなものとしては『魔物の討伐』などのそれなりに実力が求められるものがメインである。冒険者として登録すること自体は誰にでもできるのだが、実際に登録しているのは戦闘系の『役割』を持つ者がほとんどを占める。後は、『ハズレ』の者もまともに職を得る事は困難であるので、冒険者として生計を立てるか、裏社会で生きていくかなどを選ぶことになる。

 ギルドは世界各所に支部を置いており、一度登録すればその個人情報や実績などが世界中で共有される。それ故に、身分証明として登録だけする者もいたりするらしい。



「そうなんだ! じゃあ、後で登録しに行くことにする。でも、その前に行きたいところがあるから」



「ま、まあ不安ならまた今度でもいいと思うぞ。それよりどこに行くんだ?」



「ずっと見たかったところ」



「ずっとって……あんまし治安は悪かねえけどよ、暗いとこには行くんじゃねえぞ」



「わかってる。明るいうちに宿に戻るから」



 そう言うと、クリルは目的地へとまっすぐに歩き出した。



◆◆◆



 大通りを吸い込まれるように目的地へと歩いて来たクリル。街に来た時から強かった潮の香りがますます強まる。ここは最果ての街であり、東の辺境最大の港街、そしてクリルは生まれてから今まで海というものを見たことがなかった。

 クリルの目的地は海だった。だが、あえて港ではなく少し外れた小高い岬へと彼女はやって来た。



 そこには遮るものは何もなく、クリルには考えられぬほど世界の遠くまでを見渡せる場所であった。話にしか聞いたことのない海というものは、噂通りに河や池とは違って果てしなく広がっていた。南の方角にはアルカー湾の対岸をかすかに視界に捉えることができたが、地図を見たことのないクリルにはそれが一体どこなのか、どれくらい遠い地なのか見当がつかなかった。



 細かい知識は持たず、自分が今いる場所すらろくに把握できていない少女。しかし、里に閉じこもっていた頃にはわからなかったことが一つだけわかる。

 世界は広い。そして、この広い世界に行けぬ場所などない。なぜなら、彼女は自由だからだ。




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