25久々に登校しました。
カロリング学園へと登校した朝。
久々に出席した私の机には一輪のバラが飾られていた。
紫の薔薇は透明な硝子瓶に入れられ、朝日に反射している。
「…陰湿な嫌がらせか、はたまたハイセンスなインテリアか」
私は席に着いていいものか、僅かに逡巡する。
「あら?幽霊かと思ったわ」
ウェーブのかかった赤髪を手で払い、私の隣席に腰掛けたのはルミルダだった。
「…最近休みがちではあったが、幽霊に間違われるのは心外だね」
私は肩を竦ませる。
「薔薇、気に入ってくれたかしら?わたくし毎日、水を取り替えていたのよ?」
随分と手間ひまがかかった嫌がらせだった。
「ルミルダには植物を愛でる趣味があったのかい?」
「あら?わたくしそう見えるかしら?これでも生きとし生けるものすべてを殺す腐海のような女と言われているのよ?」
「まるで異名みたいにドヤってるとこ悪いけど、それ悪口なのでは?」
「鉢植えでも置いて差し上げようかと思っていたのだけれど、面倒だったものだから」
「机に花を置こうとするところから見直すべきだったんじゃないかい?」
「薔薇の前はね、サボテンを置いてみたのよ」
「え?サボテン?跡形もないけど…」
「そう、最初こそ緑色だったのだけれども一週間を経過して紅葉し始めたのよ、茶色にね」
「茶色?それ枯れてるよね?サボテンは紅葉しないよね?」
「わたくしサボテンの生命力を信じて、毎日水やりをしたのよ?けれど、いつまで経っても緑にはならなかったわ」
「…そいつはすでに死んでるよ!!水のやりすぎで根が腐ったやつだろう?サボテン…そうか、サボテン枯らしたのか…」
サボテンを枯らすレベルで生きものとの相性が悪いルミルダに若干の哀れみを込めた視線を向ける。
「いつか復活すると思ったのよ」
「淡い期待を抱く前に、サボテンの育て方を調べよう?!」
「それは面倒だったのよ。まあ、仕方がないからサボテンはやめて、薔薇を花瓶に入れてみたわ」
ルミルダはそう話を締めくくって、授業に向けて教科書を取り出していく。
私はガラスの花瓶を窓に向け、陽の光にかざした。水に乱反射した光は教室に虹色の模様を映し出す。
「…薔薇は嫌いではないが、これでは死人みたいじゃないかい?紫の薔薇の人だって、1輪だけ花瓶に入れたりしなかっただろ…」
「ガラスの仮面もガラスの花瓶も似たようなものよ」
「全く別物だからね!?似せるならせめて『あなたのファンより』くらいのメッセージを添えて欲しかったよ」
「ならクラウディアは花びらをしおりにして持ち歩いて頂戴ね?」
「陰湿なイタズラをやめてくれるならね」
私は肩を竦める。
「寂しくてつい」
ルミルダは目元を手で拭い、下手な泣き真似をする。
「セリフはいじらしいが、一輪挿しを机に置かれてはうっかりイジメを疑うよ」
私は眉根を指でほぐしながら、ため息をついてみせる。
「ねえ?わたしくにそこまでさせた理由…もとい愚痴を聞いてくださる?」
ルミルダはため息まじに頬杖をついて、話し始める。
「え?愚痴ってのは本人に向かって言うものだったかい?」
仲間内で内々にやるものではなかっただろうか。面と向かって言われては、単なる悪口なのでは…という、疑問が沸き起こる。
「わたくしに愚痴を言い合える友人がいるとお思い?」
「そんな切ないこと胸張って言わないで!?悲しくなるから!」
ルミルダが胸を張ったことで際立つふくよかさに私は思わず目を逸らした。
「なにかしら?その思春期男子みたいな反応は?」
ルミルダはニヤニヤとこちらへ近寄り、私の膝の上に腰掛けた。
「はい?!ちょっと、どうしたんだい?」
私はパニックになりながら、やんわりとルミルダの肩を押してみる。
「クラウディアが不在の間、アイリスが教室に来ては貴女を探していたわ」
ルミルダは己の奇行に構いもせず、愚痴り始めてしまった。
「…アイリス様は1年生だったね?学年が違うというのに、どうしてまた…」
「さあ?内容なんて聞く前に追い返していたもの」
ルミルダは興味がないと言わんばかりにため息をつく。
悪気がない分、ルミルダの素っ気なさはなかなか心を抉るものがあった。
「それで?取り付く島のないルミルダにアイリス様はご執心だったのかい?」
「クラウディア、わたくしの話を聞いていたかしら?ご執心なのは貴女よ、わたくしが貴女と一緒にいるところを見ていたんですって」
「あー…それはまた…ルミルダ、苦労かけたね」
アイリスの話の噛み合わなさを思い出し、心労にため息をつきたくなってくる。
「いいのよ、だから喫茶店へわたくしを連れていくのよ?」
ルミルダは表情を変えず、それだけ言って自席へと戻っていく。
「……ルミルダ」
私はゆっくりとルミルダを見る。
「なにかしら?」
ルミルダはこちらを見ずに、素っ気なく答える。
「喫茶店へ行きたいなら、素直にそう言えばいいのに」
ルミルダの不器用さに私はつい笑ってしまった。
「なによ!笑わなくってもいいのではなくて?」
ルミルダは顔を赤くして、口を尖らせた。
「ふふっ、いや悪い。行こうか?美味しいマフィンを置いている店があるんだ」
「ええ!始めからそう言えばいいのよ」
ルミルダは嬉しそうに破顔し、得意げに腕を組んだ。
始業まであと数分。生徒は席に着き始めた。
ガラッーー。
「クラウディアはいる!?」
勢いよく開いた扉の先、本来は教師がいるであろうそこには柔らかな金髪をハーフアップにまとめ、藤色の瞳をした小柄な少女が立っていた。
「これは、行かないでダメかい?」
私はルミルダに小声で訊ねる。
「わたくしの苦労がようやく分かったようね?早く行きなさい、面倒事はごめんだわ」
ルミルダは他人事と言わんばかりにアイリスから顔を逸らしていた。
「まったく…」
私はため息を噛み殺し、席を立って入口へと向かった。
アイリスは私を見て、嬉しそうに微笑む。
「クラウディアにお礼が言いたかったのよ!」
「お礼など言われることは致しておりません。始業まで間もないことですし、教室へ戻られてはいかがですか?」
私はやんわりと話を逸らし、この場から立ち去るよう促した。
始業に間に合わなかった場合に備え、授業の邪魔にならないよう廊下へと出る。
「怖い人達から助けてくれたでしょう?」
アイリスはこてん、と小首を傾げ紫色の瞳を潤ませる。その姿だけを見れば、捨てられた子犬のような愛らしさがあった。
「…私はなにもしていませんよ、お礼なら騎士団の方に言ってください」
私はこれ以上、クロードとして男装していた時の話は続けたくなかった。
と、いうのに。
「そんなことないわ!お昼休み、空けておいて?お礼をしたいの!」
アイリスは不吉な言葉を残し走り去っていった。
「…だから、どうして私の周りはみんな話を聞いてくれないんだろうね?」
私は眉根を抑え、ありったけの深いため息をついてから、教室へと戻った。
教室は喧騒を取り戻し、生徒たちの穏やかな空気が広がっている。
私は自席にある薔薇の花瓶を手に取り、教室の後ろにある棚へと飾ってから椅子に座った。
「貴女ってモテモテね?」
ルミルダは皮肉な笑みを浮かべ、話しかけてきた。
「残念、すでに王子殿下と婚約している身の上でね」
私は軽く肩をすくませてみせた。
「そうね、バルト様で思い出したけれど、聖夜祭のお誘いはもういただいたのかしら?」
ルミルダは楽しげに両手を打って、興味津々な様子で訊ねてくる。
「聖夜祭のお誘い?事前予約制なのかい?」
「事前予約ではクリスマスケーキみたいじゃない…事前予約ではなく予定調和よ。エスコートとラストダンスのお相手はバルト様でしょう?」
ルミルダは呆れた様子でため息をつく。
「バルト様とお会いする機会がなくてね、聖夜祭は一人で参加しても良かったかい?」
バルトとクラウディアとして会ったのはいつだったか、入学当初まで遡る必要がある程に交流がないように思えた。
「一人で食事を楽しむという生徒もいるけれど…婚約者がいるなら、不仲を疑われるわよ?特に貴女方は目立つでしょう?いいネタだわ」
ルミルダは真剣な顔で忠告してくれる。
「アドバイスありがとう、考えておくよ」
クラウディアとしてバルトに話をしたとして、取り合ってもらえるか一抹の不安があった。
始業のチャイムが鳴る。
教師が教室へと向かってくる気配があった。
授業に向けて鞄から教科書を取り出す。
「クラウディアはバルト様を好いているのかしら?」
ルミルダは無表情に呟く。
「え?」
赤くウェーブのかかった髪は揺れる。
「そもそも貴女、人を好きになったことはある?」
赤い、紅い、緋い瞳。
ルミルダの真っ直ぐにこちらを見据える目から、視線が逸らせない。
好き、という感情が。
「…わからない」
私は可愛くもない、胸もない、仕草だって粗野、好かれる点が何一つない私を気に入ってくれる人間はいない。
人を好きになった時、好意を返してもらえるビジョンが見えず、好きになろうと思う1歩が踏み出せない。
著しく低い自己肯定感。
「好きだと思わないようにしている…」小さく呟く。
ルミルダはすでに私から顔を背け、机に向かっている。
授業は始まり、教師は教科書のページを指示していた。




