【フィーネ視点・番外編】無理する上司が心配です。
太陽が高く登り、窓から温かな日差しが差し込む執務室。
僕はデスクにて書類を作成し、一日の段取りを考えていた。
「あの、ですから…ひっ、」
―――ガシャン。
声を詰まらせる同僚の声と受話器を切る音が執務室にこだました。
僕は声のする方へ視線を向けると同僚の女性がすすり泣く姿が映る。
机に伏せながら声を詰まらせる様子は痛々しくも思えた。彼女は1年ほど前に女官となった女性であり、年齢は16歳と同じ歳だったように記憶している。
「落ち着いて、ココアをどうぞ」
彼女に声を掛けたのは僕の上司だった。
白いワイシャツに黒のスラックス、一つに結い上げてオールバックにまとめた髪は威厳すら感じさせる。僕と一つしか違わない、少女であるはずなのに。
「あ、すみません…電話切ってしまって」
すすり泣きながら同僚は顔を上げた。
「大丈夫、気にしないで。電話の内容は?」
上司は優しい声音で彼女の背中をさすりながら、淡々と状況を確認していく。
「マフィア関係者と名乗る男性から、組織を抜けたいが生活費に困窮しているとの相談でして…電話の途中で急に声を荒げて」
話しながら思い出していったのか、彼女は目を潤ませ始めてしまう。
「それは驚いたね?大丈夫だから、ね?」
上司は優しく彼女をなだめていく。
その時、電話のコール音が鳴った。
同僚の一人が受話器を取る。
「クロード様!マフィア関係者からの生活相談です。いかがいたしましょう?」
同僚が電話を保留にした状態で上司の指示を仰いだ。
「電話代わるよ、私が担当する」
上司はそう言って顔に笑みすら張り付けて、保留されていた電話をあっさりと代わってしまう。
僕の上司は無理ばかりする。
周囲に気付かれまいと微笑みすら浮かべて、容易いことのように乗り越えてしまう。
その姿は多くの人にとって憧れの対象であり、そう写るようにクロード様自身が意識的に行動していることもわかってはいる。
「それでも僕は貴女が心配です」
呟く声は届きはしない。
今も上司は丁寧な口調のまま面談日程を決めている。
その手がわずかに震えていることに気付いている人は何人いるのだろうか。
すすり泣く同僚を心配し、数名の同僚たちが彼女に声を掛けていた。
「フィーネ」
不意に声を掛けられ振り返ると、電話を終えた上司がデスク横に立っていた。
「あ、クロード様。なんでしょう?」
「悪いんだが、4日後の午前中、時間空いていないかい?」
上司は申し訳なさそうに眉を下げていた。
「空いてますよ、なにかありました?」
「面談に同席してほしい。マフィアから抜けるため騎士団へ相談中らしいんだが、現時点ではまだ組織に属している組員らしいんだ。何もないとは思うが…念のため、私に何かあった時はすぐに逃げて騎士団へ通報してほしい。」
弱気に語る内容はあまりにも物騒であり、そこに潜む未知数の恐怖を飲み込む姿は痛々しい。
「それ…クロード様でないといけないんですか?男性が対応した方が。」
僕はつい思ったことを口に出してしまう。
「…。」
上司は沈黙したまま反応しなかった。
僕は不安から顔を上げ、彼女の顔を見上げる。
そこには、驚いた様子で固まる姿があった。
「え、どうしたんですか?」
僕は困惑したまま訊ねる。
「あ、いや…その、私の心配をする人なんて家族くらいなものだから。驚いてしまってね」
上司は照れくさそうな、それでいて少し口元を緩めてぽつりとこぼす。
「…そりゃ、心配しますよ。貴女いつも無理ばかりして自分のことは後回しでしょう」
僕は普段言いにくい文句をここぞとばかりにぶつけた。
上司は僕の文句を嬉しそうに聞きながら、恥ずかしそうに顔を赤くする。
「恐怖や不安がない世間知らずではないつもりだよ。私だってできればやりたくないさ…けど、誰かがやらなくてはならない仕事なら、私が背負おうと思ってしまうのは性だろうね」
「…開き直らないでくださいよ。心配してるんです。」
僕は真っ直ぐに上司の青色の瞳を見つめる。
上司は片手で前髪をかき揚げ、シニカルな笑みを浮かべた。
「私は大丈夫だよ」
自分自身へ言い聞かせる呪いのようだと、思った。
貴女はこの先も自身の力で困難を乗り越えていくだろう。
それができる力も強さも持っていると知っている。
それでも、せめて。
「…クロード様の側にずっといられればいいのに」
弱音を吐けない貴方の側で、僕が代わりに泣き言を言おう。
「フィーネは…すぐ泣くか弱い女の子の方が好きかい?」
唐突な質問。
「…は?」
突拍子もなさ過ぎて拍子抜けしてしまう。
「いや、ほら。フィーネも経験を積めば後輩の指導に回ってもらうことになるだろう?フィーネなら後輩が泣きだしたらどうする?」
上司は話を逸らすように、質問をすり替える。
「そんなの、甘えるなと叱りますよ」
「…え、」
上司は目を白黒させる。
「どうかしました?」
「私はそんなに厳しくフィーネを教えたつもりないんだが…」
「僕はクロード様のようには指導できないと思います」
僕の上司は仕事ができるが、そのレベルまで僕がすぐに到達できるとは思えない。
「困ったときは周囲を頼ればいいんだ」
「クロード様は頼るというより、仕事を分割して振っているだけですよね?それは分業と言うんであって、頼っているとは言えませんよ」
「ははっ、手厳しいね」
上司はおどけた様子で肩をすくませる。
「頼ってくださいよ」
僕は軽い口調で本音を隠してみた。
「検討しておく、とにかくは面談の同席頼んだよ」
上司は僕の言葉を気にすることなく、さっさとデスクを離れていった。
泣きたい思いも、嘆きたい不安も、抑えきれない恐怖も、すべて飲み込んで笑顔で隠してしまう。
貴女を理解してくれる人が現れればいいと思うのに、どうしてだろう―――僕だけが知っていればいいとも思うのだ。
「どうか、お気をつけて。クロー様」




