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22 ブラウン弁護士の家は居心地がいいです。

冷たい雨が降りしきる夜。

私は黒色の傘をさし、水溜りでぬかるむ道を歩いていた。

足元に視線を下げて歩けば、編み上げブーツは泥に濡れていた。ヒールが小石を踏む感触が足裏に伝わる。

「街中なはずなんだけどね、ブラウンの家は…」

歩けば歩くほどに山が近づいているような場所。大通りから中へと入り、やっとブラウンの家が見えた。

木々が庭を覆いつくし、覗く家は蔦が絡まっている。

私は呼び鈴を鳴らし、傘を閉じて玄関で待った。

「へーい、どちら様ですかー」

間の抜けた声とともに無精髭を生やした中年男性が姿を現す。

「やあ、ブラウン」

私は片手を上げ挨拶するなり、中へと入っていく。

「はあ?おい、いきなり来て勝手になあ!」

ブラウンの困ったような声が背を追うが、そんなものは無視に限る。

「フィーネ!フィーネいないのかー?」

私はブラウンと共に生活しているもう1人の住人を呼んだ。

「え!?あれ!?クロー様!?」

バタバタと2階から飛び出てきた栗色の髪をした少年は慌てた様子で階段を降りてくる。

私はその様子に満足し、奥のリビングでジャケットを脱いだ。

掛けておく場所などないため、適当に机の端に掛けておく。

リビングに繋がるキッチンへと向かい、戸棚から紅茶を取り出し、ポットに茶葉を入れた。

「フィーネは紅茶でいいかい?」

「え?あ、僕やりますよ」

フィーネはわたわたとキッチンまでやってくる。

「ああ、気にしないで。それよりもうすぐブラウンの誕生日だろ?プレゼントなにがいいと思う?」

私はストーブからヤカンを取ってポットに注いだ。

「え?プレゼントですか?」

「そう、できれば自然に欲しい物を聞き出したくてね」

私はどう話題を持っていくか思考する。

足音がドタドタと廊下から聞こえ、ブラウンがやってくる気配があった。

「来るなら連絡して来いよ、ったくなあ」

ブラウンが疲れた様子でリビングにやって来る。

「今更だろう?ここは私の家みたいなものさ」

「連絡くれれば晩飯用意したりとかな」

「ブラウンは私の父親か?」

「俺が父親なら着飾らせて、とびきり可愛い美少女にするぞ」

「ブラウンの娘はすぐ反抗期迎えるだろうね」

「はあ?超絶パパっ子の間違いだろ」

「いいや、すぐに『パパの靴下と洗わないで』って言われるな」

「いやいや、大人になるまで『パパ一緒にお風呂入ろ?』って言ってくれるだろ」

「これだから中年は」

私は対処のしようがないと言わんばかりに首を振る。

「僕もブラウンさんと風呂は入れないですね」

フィーネは申し訳なさそうに口を挟む。

「俺だって野郎と風呂なんて入りたかねーよ!」

「全くブラウンはツンデレだな?」

「それだと、俺がホモみてぇだろ」

「違うのかい?」

私はわざとらしく驚いてみせた。

「…答えたかねー」

ブラウンは拗ねた様子でキッチンへと向かう。

ヤカンのお湯をポットに注ぐ音が響く。

優しい紅茶の香りが部屋を満たしていく。

雨の音は鳴り止まず、水たまりに当たっては音を奏でている。

「ほら、クローの分」

ブラウンがポットからコップに注いだ紅茶を手渡してくれた。

「ありがとう」

私はそれを受け取って口をつける。

「クロー様からブラウンさんに用事があったんですか?」

フィーネが話を振ってくれた。

よし、ここで自然な流れを意識して。

「そうそう、ブラウン。最近流行りのプレゼントって知ってるかい?」

「待ってください!話題振りがめちゃめちゃ不自然過ぎません!?」

フィーネが驚いた様子でこちらを見てきた。

「いや、自然かつスマートじゃないかい?」

「不自然かつストレートの間違いでしょう!?」

フィーネは困った様子で眉根を指で抑えた。

「お前ら本当に仲いいな」

ブラウンは微笑ましいものでも見るようにニヨニヨしていた。

「…その顔腹立つんだが?」

私は照れくさくなって顔を反らした。

「それはそうと、どうなんだ?仕事の方は」

ブラウンはマグカップを傾けてから、近況を聞いてきた。

「まあ…仕事は回っているよ。ただ、あまり言いたくないんだが、エリーは父が重用した官吏だからね、私の指示よりも『父ならこうするだろう』ことをやろうとしている気がして」

私は日頃の愚痴を吐き出す。

「つまり、いくら教えても吸収してくれない部下にイライラしてんのな」

ブラウンは簡潔に私の悩みを言い当てた。

「まあ、そういうことだね」

私は何も言い返せず、自分があまりに烏滸がましいことを望んでいることに気付かされる。

「忘れてくれないかい?私が勝手に理想を押し付けているだけだから」

私は何かを振り切るように、紅茶を一気に飲み干した。

「クロー様は頑張りすぎですよ。そもそも仕事自体で悩みがない時点で貴女は有能過ぎるんです、もう少し抜けていてもいいくらいです!」

フィーネはドヤ顔で胸を張る。

「フィーネが威張ることじゃないだろーよ」

ブラウンは呆れた様子で頭を掻く。

「クロー様は本当にすごいですよ。今も昔も僕の目標で憧れなんですから」

フィーネは当たり前のことを語る口調でそう言ってココアに口を付けた。

「…ありがとう、フィーネ」

照れくさくなってしまい、私は両手で顔を覆った。

「照れてんのか?クロー」

ブラウンはニヤニヤと笑みを浮かべた。

「うるさい。私だって照れるくらいあるよ」

「そのくらい可愛ければ皇子殿下も絆されるだろーにな」

「だからっ!バルト様とはそういうんではなくてね!?」

私はつい声を張り上げてしまう。

「わーったよ、そういうことにしてやるから」

ブラウンは楽しげに笑い、紅茶のお代わりを入れるためポットをキッチンから持ってきた。

「クローはクッキー食べれたよな?」

ブラウンはそう言って、紅茶のコップとともにクッキー缶を机に置いた。

「え?食べていいのかい?」

「いいよ、フィーネも食っていいからな?」

ブラウンはそう言ってから、タバコに火をつけて吹かせ始めた。

「肺によくないよ」

私は一応、注意を入れた。

「あんがとな、けどやめらんねぇんだわ」

ブラウンは白い煙を口から吐き出した。

私は机に置かれたクッキーへと手を伸ばす。

「美味しいよ」

サクサクしたクッキーはやはり美味しい。紅茶と相まって伸ばす手が止められそうになかった。

「そうだ、思い出した。クローにやろうと思ってたんだわ」

ブラウンは言うなり席を立ち、奥の部屋へと消えていく。

「フィーネはどうだい?困ったことはないかい?」

私は紅茶を飲みながら訊ねる。

「そうですね、リュウフワ卿の奥様がよくご相談にいらっしゃいますが…息子さんとはクロー様がすでにお会いされていますし、御家族が決断するしかないと説明している件は…気になってますね」

フィーネは難しい顔をして、目をぎゅっと閉じる。

「そうだね、カウチさんは通院を拒否しているし…あとは措置入院か医療保護入院だろうけど…措置するには自傷他害と言える程の状況ではないからね」

私は学園の麓に住む男性、玄関越しにしか話したことがない彼のことを思い出して答えた。

「医療保護入院にしても、御家族はなにもできない、したくないと言ってますし…勝手に国になんとかしてほしいと言われても限度があるんですよね」

フィーネは対応を思い出したのか、心苦しそうに溜息をついた。

「フィーネの対応で正解だよ、私であっても同じ回答をしている。今は家族の決断を待つしかないね」

私はクッキーを一つ口に入れた。

紅茶味のほろ苦く、甘い香りが広がる。

ブラウンが戻ってくる足音が聞こえる。

「クローにこれやるよ」

ブラウンは突然、リボンでラッピングされた箱を寄越してきた。

「え?なんだい?これ」

私は箱を受け取り、戸惑いながら訊ねた。

「開けてみりゃわかる」

ブラウンはそれ以上答えない。

私は青色のリボンを解いて、箱を開ける。

中にはーー白色のピンヒール、靴底の青色がよく映えている。

「は?え、どういうことだい?」

私はわけも分からず、箱からピンヒールを取り出して、眺め透かしてみる。

「ふはっ、そんな物珍しそうにしなくたって、ただの靴だよ」

ブラウンは楽しげに笑った。

「いや、ブラウンが私に靴をくれるなんて、明日は雨かい?」

「雨は現在進行形で降ってるぞ。ほら、もうすぐ聖夜祭だってフィーネから聞いたんだよ」

ブラウンはフィーネに話を振り、自分はのんびり紅茶を飲み出した。

「12月24日はカロリング学園の聖夜祭があるじゃないですか、そこでダンスをするって話をしたんですよ」

「聖夜祭?初めて聞いたよ」

「え?クロー様ほんとに学校行ってますか?」

「人を不登校みたいに言わないでくれるかい?」

「事実、来てないでしょう?」

分が悪いと感じ、話題を変えることにする。

「…で、聖夜祭ってのはなんだい?」

「ダンスパーティですよ。特に盛り上がるのはラストダンスで…学園の伝統ある行事ですから、皆その話で持ちきりじゃありませんか?」

「…わかった、私が不登校ぎみなのは認めるから教えてくれないかい?」

私は諦めて事実を認め、素直にフィーネに教えを乞うた。

「伝統というのは、ラストダンスで踊った男女は結ばれ、生涯に渡り互いを愛し合える…っていう、よくあるやつです」

「ふーん?まあ、愛ってのはあれだね、努力の賜物みたいなものだから」

「…クロー様は離婚経験でもあるんですか?」

フィーネは怪しげな視線を向けてきた。

「離婚経験あるのはブラウンだよ」

私は気にせず、ブラウンの地雷を踏み抜いた。

「は?!黙ってれば、クロー!ちょっと表出ろや!」

ブラウンは慌てた様子で外を指さした。

「いいじゃないか、私の母も離婚している。そう珍しくもないだろう?」

「ナイーブな話だから、『今日のご飯なに?』くらいのノリで話すのはやめろよ」

「わかったよ、まあ…それはいいとしてだ」

「あ!また流しやがったな」

ブラウンは嘆かわしいと言わんばかりにクッションに顔を埋めた。

「フィーネ、ラストダンスっていうのは誰と踊ってもいいのかい?」

「え?まあ、特に決まりはありませんが…」


「よし、なら私と踊れ」


私は業務上の報告事項と同じテンポでフィーネに指示を出した。

フィーネは驚き固まったまま、口を開けている。

「そこは皇子殿下と踊るとこだろ」

ブラウンが代わりに断りを入れた。

「そうなのかい?」

「愛だの、なんだの、言ってる時点で…そういうのは、暗黙のルールとして婚約者がいる奴はそいつと踊るもんだろーが」

ブラウンは世話が焼けると呟いて、頭を掻いた。

「そういうものかい」

私は構わないが、おそらくはバルトが嫌がりそうだと思いを馳せた。

「お、そろそろ雨も止むが…クローは泊まってくのか?」

ブラウンが腰を上げ、訊ねてくる。

「今日は帰るよ、邪魔したね」

「ピーマンが庭で取れたから持っていけ。あと、肉は足りてるか?ベーコンもあるぞ」

ブラウンは冷蔵庫へと向かい食材を取り出す。

「食料に困ってはいないし、腕のいい料理人がいるから大丈夫だよ」

私はブラウンからピーマンだけ貰い、ピンヒールの入った靴を小脇に抱えた。

「それ使ってくれよ?」

ブラウンは箱を指す。

「もちろん」

私は微笑み頷いた。

無精髭とボサボサの黒髪に隠れ、青色の瞳がこちらを見ている。私と同じ青色の瞳は北方の出身であることを現している。

「ブラウンは故郷に帰っているかい?」

「…如何せん遠くてな」

ブラウンは肩を竦ませて、眉を下げた。

私は机に掛けていたジャケットを羽織る。まだ少し湿ってはいるが、ブラウンの吸うタバコの匂いが少し移っていた。

「また来る、ありがとう」

「来週また来てもいいから、もっと会いに来いよ。クローがいると家が明るくなっていいや」

「気が向いたらな」

「おう、大したものはやれねーが、クッキーくらいなら用意しとく」

「クッキーうまかったよ」

私は玄関の扉を閉じて、雨上がりの庭を歩く。


ーーまた来てほしいと言ってくれる人がいること。

ーー私を呼んでくれる場所があること。

ーー無条件に優しくしてもらえること。

ーー紅茶やクッキーという何気ない気遣い。


それがどれ程に嬉しいか。


私は一つ、息をついてからブラウンの家を後にした。

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