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20/25

20ラビスは絶賛反抗期です。

「ラビスは訓練ですか?」

ラングストン男爵はラビスに訊ねるが、ラビスは無視したままこちらへと一直線に近付いてきた。

すぐ近くまでラビスの顔が迫り、私は出方を伺ったまま動かずにいた。

「テメェあのクソロールか?!」

ラビスは怒りをぶつけるように、私の襟首を掴みあげた。

「それが君の礼儀かい?」

私はラビスの手を両手で掴み、肩関節へと押しこむように手首を捻ってーーラビスの関節を固めた。

「は…!?」

ラビスは目を見開き、そのままカクン…と、体勢を崩して床に膝をつく。

私はラビスから手を離し、数歩間合いをとる。

ラビスは『クラウディア』を知っている。気付いている可能性の方が高いだろう。


私がクラウディアだと分かった時、バルトが今までクロードに向けてくれていた顔はきっともう見ることができない。


博打でしかないが、ラビスが話を合わせてくれることに望みを賭けたい。

「私はエリウス公爵家長男、クロード・エリウスと申します」

私はラビスに対し、そう名乗った。

「…オレはラビス・ラングストン、ラングストン男爵家の二男だ」

ラビスは不審げな目を向けてこそきたが、それ以上の言及はしなかった。

「まったく…愚弟が失礼を。申し訳ありません」

ラングストン男爵は申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にする。

「ラングストン卿に謝って頂くようなことではありませんよ」

「はっ!たりめーだろ。あんたエリウスと言ったな?クラウディア・エリウスとはどういう関係だ?」

ラビスは悪びれもせずに、喧嘩腰のまま話し始める。

「ラビスはクラウディア嬢と知り合いだったのですか?」

ラングストン男爵は驚いたという顔でラビスに訊ねた。

「あ"あ"?知り合いじゃねーよ。あんなドリル振り回してるクソロール!」

「それじゃ、クラウディア嬢が巻髪だってことしかわからないよ?」

ラングストン男爵は困ったように微笑した。

冬の木枯らしが吹き抜ける。

朝日はだいぶ登ってきていた。

降りていた霜は陽の光に溶かされ、水滴が反射していた。

もうすぐ始業時間も近いためか、出勤してきた官吏や女官たちの姿が散見される。


「クロー様ああああ!」


「え…っと、これはフィーネかい」


バタバタと慌ただしい足音に目を遣れば、栗毛の少年が焦った様子で叫んでいた。

「フィーネ?どうしたんだい?」

フィーネは顔面を蒼白にし、立ち止まるなり、肩で息をしながら話し始めた。

「女性が…あの、城の門まで来ていて…前にエリーさんとクロー様が対応していた乳児のいる家庭の!父親がいま精神科入院してて、あの…!」

父親が入院しており、クラウン大佐とともに事情聴取に行った家庭。母親は大丈夫だと言っていたが、父親の退院は明日だ。

「私はここで失礼します。大変申し訳ありませんが、ラビス様に皇子殿下が王室に戻るまでの護衛をお願い致します」

私はラビスに向き直り、彼に頭を下げる。

「俺も行くから連れていけ」

バルトは頑として譲らないという表情で言い切った。

「昨日はクラウン大佐が同行しておりましたが、今日はいません。護衛もなく城外に出るなど危険です」

私がバルトに忠告すれば、バルトは寂しそうに俯いた。

「…申し訳ありません」

私は深く頭を下げる。

「ああ、ならラビスが同行すればいいですよ。第一騎士団長でしょう?」

ラングストン男爵は楽しげに微笑み、ラビスの肩を叩く。

「は!?バッカじゃねーの!?」

ラビスはラングストン男爵の手を振り払った。

「行きなさい」

ラングストン男爵は有無を言わさない声音でラビスに命じた。

「…わーったよ」

ラビスは渋々といった体で了承する。

私はフィーネに向き直り、栗毛頭をかき混ぜた。

「大丈夫だ、ついておいで」

フィーネの頬に手を添え、視線を前に向けさせる。

「…はいっ!」

フィーネは安心したように返事をし、先を急いで歩き出した。

「フィーネ、女性と一緒に自宅へ行く。馬車の手配は?」

「女性には門の前に停めた馬車で待機してもらっています」

私はフィーネとともに城門へと急いだ。

人の波に逆らって、足早に廊下を闊歩する。

「女性の様子は?」

歩きながらフィーネに報告を促す。

「焦った様子でした。『あの子が…助けて』と繰り返し呟いており、詳しい状況は聞き取れていません」

「…承知した」

廊下を突き進めば、大理石で造られた正門へと辿り着く。

正門とされるここはまるで聖堂のように高い吹き抜けとなっており、窓枠にはステンドグラスがはめられている。

この正門は官吏や女官の通行が原則禁止されている。利用するのは専ら貴族階級。声でもかけられては面倒なため、普段なら通行しないが急ぎやむを得ない。

「エリウス公ではありませんか!そのように忙しなくては貴族としての品位が疑われますな?」

噂をすれば影がさす。

「…リュウフワ卿ごきげんよう」

苦手な相手に会ってしまった。

「ああ、嘆かわしいですな。エリウス公ともあろうお方が従者も連れず、城内を無遠慮に走り回るなどと」

リュウフワ伯爵は私を値踏みするように睨めつけてから、隣にいるフィーネへと視線を移した。

「それとも…そちらにいるみすぼらしい少年が従者ですかな?」

「フィーネは立派な官吏です。彼を侮辱するのはやめていただきたい」

急ぐ気持ちを抑えることに必死だった。

会話を早く切り上げなくては。

「私はこれで失礼致します」

私は頭を下げ、早々に立ち去ろうとする。

「お待ちなさい、エリウス公!話は終わっていませんよ」

リュウフワ伯爵は逃がしてくれそうにない。

フィーネが不安そうにこちらを見ていた。

「リュウフワ卿が仰るとおり、私は公務に追われる身にございます。まだ何か御用ですか?」

「ええ、ええ!ありますとも。まずここは官吏が通ってよい場所ではありませんよ?そこにいる少年の職を奪うことも吝かではありませんねえ」

リュウフワ伯爵は嫌味ったらしく、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべた。


「クロード!なにをしている。早く行くんだろ!」


ぐい、と腕を掴まれる。


顔を向けると、そこには不機嫌に顔を歪めたバルトが立っていた。

「君はなんだね?私はいま彼と話をしているのだよ?」

リュウフワ伯爵は不快を隠しもせず、声を張り上げた。

「あんたこそ誰だ?俺はこの国の皇子、バルト・グザヴィエ。俺に名乗らせるとは相当のご身分なんだろうな?」

バルトはリュウフワ伯爵に対し凄む。

リュウフワ伯爵はバルトの身分を聞くやいなや、顔面を蒼白にしたまま「失礼を致しました」と頭を下げて走り去って行った。

「ほら、急ぐんだろ?」

バルトは私の腕を掴んだまま、走り始める。

掴まれた腕が熱い。

「え?え?」

私は混乱したまま、その背中を追いかけた。

正門を抜ける。

石畳の通路を進み、すぐに馬車が見えた。

馬車までたどり着いて、バルトはやっと腕を離してくれたため、私は前に出て馬車へと近づく。

馬車の扉をノックした。

「クロードです、失礼します」

私は声を掛けてから中へはいった。

「…あなたは?」

女性は虚ろな目でこちらを見ていた。

「以前にエリーとクラウディアがお宅へ訪問させていただいていましたね、私は彼らの上司です」

「そうですか」女性は消え入るような声で呟いた。

私は馬車へと乗り込み、フィーネ、バルト、ラビスが後に続く。

馬車はすぐに動き出した。

沈黙が降りる。

「状況をお聞かせ願えますか?」

私はできるだけ優しく問いかけた。

女性の膝には何度も転倒したのか、擦り切れた傷があった。

服もところどころに土が付着している。

女性は目線を泳がせてから口を開いた。

「私…ごめんなさい。あの子に…あの子を助けて…どうしていいか…ねえ、私…なにがいけなかったの…?」

女性はうわ言のように呟き続ける。

女性の話はまるで要領を得ず、なにがあったのか読めない。

私は深く息を吐き出した。

女性はびくりと肩を震わせる。

「お子さんになにがあったのですか?」

女性を真っ直ぐに見つめ、問いかける。

「…あの子が…苦しそうなの」

女性はやっと、その言葉を口にした。


馬車が止まる。


「いきましょう」

私は女性に手を差し伸べ、エスコートする形で馬車を降りた。

女性の足元はおぼつかず、ふらふらと歩き始める。

馬車で自宅前まで乗り付けることができず、ここからは歩く必要があった。

「お手をどうぞ」

私は女性の手を引く形で歩いていく。

冬の冷たい風が容赦なく体温を奪おうとする。

枯葉が音を立てて駆けていった。

木造の古い建物。

昨日に訪れた場所。

軋む階段を登り、女性が玄関の鍵を開ける。

「……っ!」

扉を開けた瞬間に、尿臭が鼻をついた。

女性は生気のない表情で、虚ろなまま奥へと進んでいく。

台所にはゴミや食べかけの食材、洗われていない食器が積み上がっている。

締め切られたカーテンと窓は室内を薄暗くし、こもった空気が充満していた。

カーテンの隙間から差した光がほこりに反射し、室内を白く影らせる。

異様に静まり返った室内を見渡した。

「お子さまは…」

そこにはぐったりとした表情の乳幼児がいた。

苦しそうに息を弾ませ、泣く力もなく、横になっている。

「助けて…」

女性は今にも泣き出しそうな表情で呟いた。

「病院に連れていきましょう。馬車を出します」

私は母親に告げる。

母親は黙ったまま動こうとしない。

「お医者様に診てもらいましょう」

私は同じ言葉を繰り返す。

「……できない」

母親は蚊の鳴くような声で答えた。


「……私この子に触れないわ」


彼女は城まで助けを求めに来ていた。

子供を助けて欲しいと言った。

けれど、彼女の腕にはその子が抱かれてはいなかった。

彼女は1人で城まで来ていた。

必死に、転倒しながら、必死に、助けを求めた。

「私が抱き上げてもよろしいですか」

母親に許可を得てから、乳児の子供を抱き上げる。

「着いてきて頂けますか?」

私は母親に声を掛け、部屋を出た。

扉の前では、不安げな表情をしたフィーネが立っていた。

「病院に行くよ。母親にも同行してもらうから、馬車まで連れてきてくれるかい」

私はフィーネに指示を出す。

「は?おい、テメェなにしてんだよ?!」

ラビスが驚いた様子で声をうわずらせる。

「…この子を病院に連れていくだけですよ」

私は憔悴した乳幼児を抱き抱えたまま、馬車へと移動する。

フィーネは母親に声を掛けに室内へと入っていった。

バルトとラビスは黙ったまま、私のあとについてきた。

「すみません、ラビス様…扉を開けて頂けませんか?」

「はあ?…ッチ、クソが」

ラビスは文句を言いながらも、子供を見てから諦めたように扉を開けてくれた。

馬車へと乗り込む。

遅れて母親とフィーネが到着した。

馬車が走り始める。

母親は不安げに目を閉じ、祈るように両手を握る。

「お母様…まずは病院に行きますが、今後のことで、一ついいですか」

「……。」

母親は何も言わず、こちらを見上げた。

「お子さまを教会に預けてくださいませんか」

「……そんなっ、」母親は声を詰まらせる。

「また繰り返す気ですか?」

私は母親の目を真っ直ぐに見つめる。

「……この子と夫と3人で暮らすことが私の幸せなんです」

母親の訴えに私は黙って耳を傾ける。

「この子の母親なんです」

母親はそう言って俯いた。

カタカタと母親の肩が震えている。

「お子さまにとって、母親はあなた一人だけです。それは旦那様も同様に…」

母親自身がわかっているはずだった。

けれど、わかっていても…彼女は母親で。


「……私、いつもダメなの」


母親はそう呟いてから、静かに涙を流した。

唇を引き結び、辛そうに嗚咽を漏らす。


「この子をお願いします……」


母親は深々と、祈るように、懇願するように、頭を下げた。


いつだってわからない。

私の判断が正しいのか。

これで良かったのか。


「必ず、必ず迎えに来てください…」


私は母親にそう願うしかなかった。

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