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19/25

19 あ、令和18年間違ってました。

朝日が差し込み、陽の光に目が覚める。

客間のソファで寝息を立てるバルトが見えた。

「仕事終わらせないとね」

気付けば机に伏して寝ていたようで、上体を起こせば掛けられていたブランケットが落下した。

「…掛けてくださったんですね」

ブランケットを拾い、椅子を引いて席を立つ。

時計の針は朝7時を指している。始業まであと2時間ほどあった。

「未決裁書類はまだあるけど、ある程度の目処はたったかな?」

机上の書類を分類し、やるべき事の優先順位及び期限を確認するすでに会議用のアセスメント資料は完成しており、期日の迫った書類は仕上がっていた。

「あとはそこの眠り姫を森までお連れするか」

椅子から立ち上がり、机の引き出しから銃を取り出す。

「これは…要らないか」

手にずしりと重さを感じる鉄の塊。右手わずかに弄び、再び引出しへと戻した。

椅子の背もたれに引っ掛けていたジャケットを羽織る。

後ろ髪を一括りに縛り直してから、緩んでしまった編み上げブーツの紐をきつく締めあげた。

音を立てないようにしながら、客間へとゆっくり移動する。

バルトはすやすやと寝息を立てていた。

普段は不機嫌そうに歪められた顔はあどけない年相応の表情をしており、彼がまだ17歳の子供だということを思い出させる。

安心しきった様子で熟睡している姿をまだ見ていたい、そんな欲求が沸き上がった。

「起こすのも忍びないし…ね?」

私はソファの下に両手を差し込み、バルトの体を横抱きにして立ち上がった。

そのまま扉へと進み、足でドアを蹴り開ける。

早朝の冷たい風がひやりと頬を撫でる。

朝露に芝は濡れ、キラキラと反射していた。

執務室を出て左に折れ、白い大理石で囲われた廊下を進む。

廊下を覆う壁はなく、太い柱が等間隔に並ぶ吹き抜けた廊下は遠く伸び、王室へと続く中央の通りには紅色の絨毯が伸びている。

両腕にかかるバルトの重みにバランスを取るため立ち止まる。

体を密着させるため抱え直すと、バルトは無意識からか両腕を私の首に回してきた。

温かな体温に包まれ、心地良さに深呼吸する。

爽やかな朝の空気は肺いっぱいに取り込んで、深く深く吐き出した。

庭園へと目を遣れば、葉を散らし冬支度を済ませた桜の木が立っている。

「一緒に桜を見るという約束はまだ有効だろうか…」

バルトの想い人はアイリスだ。出会った頃にした約束はもう忘れられているかもしれない。

もしアイリスのように可愛らしい女の子であったなら、せめて悪役令嬢と言われはしなかっただろうか。

「いまさらだな…」

誰に強要されたわけでもない。私は自ら望んで今に至っている。


「…クロード?」


腕の中でバルトが身じろぐ。

眠気眼を擦る姿は無防備で、そんな彼の姿に自然と安堵した。

「おはようございます、バルト様」

私がそう挨拶すると、バルトは一瞬惚けたように固まった。

「………。」

朝の涼しい風が一陣吹き抜けていく。

子鳥のさえずりが遠く聞こえる。

「もう1度っ!」

バルトは目を見開き、私の顔を両手で挟み叫ぶ。

「え…?」

バルトの行動が読めず、困惑したままされるがままとなる。

「もう1度笑え!」

「はい?!」

バルトの綺麗な顔が近づき、私は反射的に背を反らす。と、同時にバランスを崩した。

「うわっ!?」

バルトの驚く声がして、横抱きにしていたバルトの体が背中から床に落下する。

考えるより先に体が動く。バルトを庇うように、その体を片腕で抱きしめ、床へと倒れ込んでいた。


ドタンッ、ーー私はバルトの下敷きとなり身動きが取れず、バルトは動転した様子で私に覆いかぶさったまま動けずにいるようだった。


「お怪我は?」

バルトの腰を片腕で抱きながら、声に不安を乗せて問いかける。

「だ、大丈夫だ…悪い、すぐに退く」

バルトはそう言って、起き上がろうと両腕を床についた。

私は仰向けの状態で、バルトの両腕が私の顔の両側に置かれる。

起き上がろうと視線を下げたバルトと目が合った。


「ーーっ!」


バルトは急に赤面し、言葉を失う。


「如何されましたか?」


覆いかぶさるようにバルトの両腕に挟まれれば、下手に身動きをとることもできない。

「なんでもない…!」

バルトは飛び退くように、体を反転させて起き上がった。

私も立ち上がり、彼の背を追いかける。

「お供致します」

私は彼の半歩後ろを歩きながら声を掛けた。

「クロードには俺が女の子に見えるのか?」

「…バルト様はこの国における皇子殿下、グザヴィエ陛下の嫡男であられます」

質問の意図が読めず、無難な答えを捻り出す。

「お姫様抱っこはあんたの趣味か?」

バルトはこちらを見ることなく、淡々と訊ねる。

「気持ちよさそうに寝てらっしゃいましたから、起こすのも忍びなく…」

バルトは横目でこちらを振り返り、小さくため息をついた。

「俺の方がおかしいのかもしれないな…」そう呟いた。


「エリウス公ー!」


呼び止められ振り向くと、見知った赤髪がいた。

「ラングストン卿、お早いですね」

燃えるような赤髪は相変わらず寝癖が跳ねている。

「ええ、知人と呑んでいたら朝帰りになってしまって…今帰ると『酒臭い』と妹に叱られますから」

ラングストン男爵は肩を竦めた。

「ここで道草している方が怒られるのでは?」

私はからかい半分でため息をつく。

「そうですね…お店が開いたら手土産を持参して帰ります。それより、お二人は珍しい組み合わせですね?」

「道草していたら、鉢合わせた」

バルトが無表情のまま答える。

「酒は飲んでも呑まれるな、ですよ?」

ラングストン男爵は心配そうに小首を傾げる。

「それはあんたの方だろ…」

バルトは呆れた様子で溜息をついた。

「あ!そういえば、"令和"発表されましたね。年号を跨ぐなんて感慨深いですよ」

ラングストン男爵は腕を組み、遠くを眺める。

「令和…そうだ、クロード!俺達は重要なことを間違っていたらしい」

バルトは急に声のトーンを落とし、深刻な顔でこちらを振り返った。

「重要なことですか?」

私は思い当たる節がなく、神妙に聞き返す。

「令和元年生まれ…令和18年ではまだ17歳だった…!」

「なんだってええ〜!」私はわざとらしく驚いた。

「R18が解禁できない!」バルトは頭を抱え、しゃがみ込む。

「想像以上にどうでもいいですよ?」

ラングストン男爵は気が抜けたように肩を落とした。

「どうでもいい?!それはすでにえろ本をなんてこともなく読めるから言えるんだよ!大人のエゴだ!」

私はラングストン男爵に詰め寄る。

「エゴという問題ですか?」

ラングストン男爵は混乱した様子で目線を泳がせる。

私はさらに畳み掛けた。

「分からないでしょう!?いつ身分証の提示を求められるかドキドキしながらレジに並ぶ気持ちが!それもなんかワクワクして相乗効果で楽しいこととか!」

私とバルトは同時に顔を両手で覆った。

「未成年者がえろ本に手を出すんじゃないよ!数年くらい待ちなさい!ルールを守る!」

「見るなと言われると見たくなる…」

バルトはスンッ…と真顔になる。

「皇子殿下…それは倫理観念を問われますから、掘り下げるのやめましょう?」

ラングストン男爵は額を抑えながら、首を横に振った。

「ふと思い出したけれど…」

私はラングストン男爵を見遣ってから俯く。

「ん?」ラングストン男爵は小首を傾げた。

「ラングストン男爵はもう三十路だったね」


「「「…………。」」」


沈黙が降りた。


「繊細な問題ですから、触れるのはやめましょうね?」

ラングストン男爵の地を這うような低い声が響く。

「最近、ラングストン男爵からいい匂いがするのって香水かい?」

私はラングストン男爵に恐る恐る訊ねる。

「加齢臭を隠すためとかじゃないですよ?」

ダメだ、冗談じゃ済まないオーラがある。

「…クロードはいい匂いがした」

バルトがぼそりと呟く。

「エリウス公の匂い…?」

ラングストン男爵が引き気味に聞き返す。


場の空気が更に凍りついた。


「いや、その…たまたまこう…気になったというか…」

バルトはそう口篭り、目線を泳がせた。

言い訳するほどに墓穴を掘っているようにしか思えない。

「バルト殿下は…エリウス公に恋してらっしゃるのですね」

ラングストン男爵が急にぶっこんでくる。

「なっ…!」

バルトは赤面し、その場で硬直する。

「私も同じ…叶わぬ恋をしているのです」

ラングストン男爵は芝居がかった声で語り、片手を空へと伸ばす。

「そんな…あんたもなのか…?」

なにやら恋バナ大会が始まってしまった。

「いや、他人の匂いを嗅ぐ変態行為を恋と呼ぶには無理が…」

それはただの性癖の問題だろう。私は冷静に訂正するが、二人の耳には入らないようだった。

「だからこその叶わぬ恋…という訳だな」

バルトが勝手に納得し始める。

「私からアドバイスをして差し上げましょう!なんたって私は恋の女神、ヴィーナス的なやつですから」

ラングストン男爵は自由の女神像のようなポーズを取る。

悪徳商法の臭いがプンプンする。胡散臭さしか感じない。

「アドバイス?」バルトはラングストン男爵の言葉を繰り返す。

「ええ、恋を叶えるアドバイスです。聞きたいですか?」

「ああ…」バルトは遠慮がちに頷いた。

いや、騙され安すぎだろう。

「では捧げなさい」ラングストン男爵はすっと目を細める。

「何をだ…?」

「女神はゴシップを所望します!」

ラングストン男爵はキメ顔でそう言った。

「文春砲でも放つ気かい!?」

私は耐えきれずに口を挟む。

「そこまで言うのでしたら、エリウス公からなにかアドバイスがあるのですか?」

なぜかこっちに飛び火してきた。

「いや、なんだ…餌付けとか…?」

どうしたものか、私の恋愛レベルそういえば0だった。

「ハトじゃないんだぞ?」

案の定、バルトからは呆れた答えが返ってくる。

「そういえば、エリウス公はシスコンでしたね」

嘆かわしいと言わんばかりにラングストン男爵が頭を振った。

「え?なんでいつの間にか私が詰られているんだい…?」

私が兄に成り代わっているうちに、兄の評価が大変なことになりそうだった。

「はあ…クロードは昔からクラウディア嬢が大好きでしたものね」

ラングストン男爵は遠い目をしながら呟く。

「…昔?」

ラングストン男爵と兄が兼ねてからの知り合いだったとは聞いたことがない。

ラングストン男爵は僅かに目を見開いてから、「噂を耳にしていただけですよ」そう付け加えた。

「あ~あ、ギャップ萌えなる言葉を聞いた事がありますよ」

ラングストン男爵がバルトに提案する。

「ギャップか、例えば普段は男前な奴が実はヘタレだったとか…そういう話か?」

「そのギャップは幻滅要素しかないですよ?」元いじめられっ子が無理して威張っているようにしか思えない。

「オネエを目指してみては?」

ラングストン男爵はさも名案、という風に手を打った。

「うむ、試してみよう」

バルトは真面目に返事をした。

「キャラが渋滞するからやめてください…!」

「クロードはエリーのようなセクシー系が好みらしいしな」

それはとんだ冤罪だ!

「どんだけ〜♡」

ラングストン男爵は人差し指を立てて、可愛らしく裏声でIKK●Uの物まねをキメる。

まずい、エリーよりも気持ち悪い。


「兄貴…?」


訝しげな声に、私達は振り返った。


そこにはーーー


「ああ、ラビス。久しぶりですね」

ラングストン男爵はすっと目を細め、いつもの柔和でいて感情の読めない笑みを浮かべる。


「…兄貴はいつから姉貴になったんだ…?」


ーーーこれでもかと引き攣った顔で直立するラビスが立っていた。

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