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17/25

17新年号は令和ですね。

病院出てからは待機してた馬車へと乗り込み、城へと帰る。

帰路もまた上座に大佐が座り、下座に私とバルトが席についた。

バルトは窓の外をじっと見つめたまま顔を背けている。その表情を伺うことはできず、彼の思考を推察することも叶いそうにない。

「クローにやるよ」大佐は紙包みを押し付けてきた。

「なんですか?」私はそれを受け取り、仄かに温かい袋を開ける。

「中華まんだ」大佐は窓の外を見遣りながら答える。

「昔よく食べましたね、大佐の奢りで」

「懐かしいだろ?」大佐は目元を緩め、私の髪を優しく撫でつけた。

「ええ、ありがとうございます」大佐の手の温もりに安堵する。

「さあ、着いたぞ?あとは頼むな」大佐はそう言って、馬車の扉を開ける。

「バルト様は先にお降りください」私はバルトを促した。

バルトは馬車から降りてすぐ、足早に執務室へと歩いていく。

私も続いて馬車から降りれば、大佐に腕を引かれ振り向いた。

「不純異性交友にならねーよにな」大佐は楽しげに口角をあげる。

「それを言うなら不純同性交友では?」私は皮肉混じりに肩をすくめる。

「……クローはいつまで経っても可愛い私の部下だよ」大佐はそう言って、触れるだけの口付けを落とした。

大佐はすぐに離れ、掴まれていた腕が温度を失う。

「大佐…今度ご飯奢ってくださいね」私は笑顔を貼り付けて1歩後ろへ飛ぶ。

「ああ、ピザの美味い店があるんだ」大佐は楽しげに笑った。

私は大佐と距離をとり、執務室へと体を反転させる。

「私はもうひと仕事してきますよ」大佐にそう告げて、その場をあとにした。

馬車が去る音と共に夜の静けさが降りる。

バルトはすでに執務室の扉の前で立っている。

「お待たせして申し訳ありません」私は執務室の扉に手をかけて、先にバルトを中へと通す。

執務室の明かりはすでに消えているだろうと思っていたが、一つだけ消されていない照明が煌々とデスクを照らしていた。

「…エリー、まだいたのかい?」

「事務処理が終わらないんですよお」エリーはいつもの調子で優しく微笑む。

時刻はすでに21時。

遅くはないが、早くもない。定時はすでに4時間前だった。

「エリーいつから定時で上がってない?」嫌な予感がする。

「え?…うーん、いつでしたっけ?」エリーはぼんやりと答える。

私が本来やるべき決裁を代行し、通常通りの事務処理をこなしながら、飛び込んできた今回の父母と乳児の通報案件。

4時間程度の残業自体は珍しくないが、それが慢性化した時に体か心はついていけなくなる。

「エリー帰れ」私はエリーに告げる。

「え?まだ終わってませんよお、帰れません……あ、あれ?」エリーは困ったように笑いながら、ーーー泣いていた。

「勝手に…止まらなくて…あはっ」エリーは戸惑いながら目元を拭うが、涙は堰を切ったように止まらない。

私はエリーに近づき、デスクの前で椅子に座るピンク頭を抱きしめた。

「エリーいつもありがとう」言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

息苦しくなるほど強く抱きしめれば、エリーは降参とばかりに背を叩いてきた。

「クロード様!苦しいですよお」両腕を緩めれば、エリーは大きく息を吸う。

「私に手伝える仕事は?」私は淡々と訊ねる。

「この起案と通知の作成を明日までに」エリーは申し訳なさそうに眉を下げる。

「あとは引き継ごう。いつも助けてもらっているから、たまには恩返しさせてくれ」私は悪戯っぽく笑ってみせる。

「…お言葉に甘えて」エリーはデスクから立ち上がる。

「お疲れ、あとこれあげるよ」疲労を溜めた背中に声を掛け、手提げ袋から肉まんを放り投げる。

「いただきますねえ、お疲れ様でしたあ」エリーは肉まんをキャッチし、よろけながらも帰宅していった。

「さーて、やりますか」私はエリーの机から書きかけの起案を奪い、自身のデスクへと移動する。

「クロードがやるのか?」バルトは驚いたように僅かに目を見開いた。

「ん?誰かがやらなきゃ終わらないだろう?働き者の小人はいないんだからね」私は適当に答えながら、過去の記録に目を通す。

「中華まん食べちゃっていいですから」バルトにそう伝えながら、とるべき決裁内容を確認し、起案文を作成していく。

「中華まんってこれか?」バルトが訊ねる。

「肉まん、あんまん、ピザまんが入ってます」私は本人宛の決定通知を書きあげていく。

ふと、手元に影が指した。

顔を上げれば、目の前にバルトが立っている。

「俺にできることはないのか?」バルトは自信なさげに呟いた。

「…いいんですか?」バルトの提案に私は驚き、聞き返した。

「俺は皇子だ。福祉分野であろうと、公務に携わって損は無い」バルトは当たり前のように宣言する。

それが嬉しくて、つい口元が緩んだ。

「…ありがとうございます」心からの感謝だった。

「いや、まだなにもしていない」バルトは照れくさそうにそっぽを向く。

バルトの優しさが有難く、同時に少し甘酸っぱいようにも思えた。

「では、この通知を読んで内容が難しくないか教えて頂けませんか?市民あての通知になるため、できれば福祉知識がない状態で判断いただきたいのです」私はバルトに書き上げた通知文を手渡す。

「わかった」バルトはそれを受け取り、目を通し始めた。

「いつも残業してるのか?」バルトは書類に目をやりながら訊ねる。

「定時退勤できる日もありますが、通報が入れば残業になりますね」市民や騎士団から通報を受けた場合、多くは高齢者や障がい者…児童虐待が疑われるケースも少なくない。

「辛くないのか…?」バルトの切なそうな声がして、私は手元の書類から顔をあげる。


「今すぐ辞めてしまいたいくらい辛いですよ」


私は冷めたコーヒーを喉に流し込んだ。

「ここで働き初めの頃に原因不明の頭痛から起き上がれなくなってますから…ある日ころっと、ありゃ〜ってやつですよ」茶化しながら話したことが逆効果だったのか、バルトは困惑したように視線を泳がせる。

「治ったのか?」バルトはおずおずと訊ねる。

「1日寝込んで、翌日には出勤しました」起き上がろうとして、ベッドに体を縫い付けられたように動けなかった。このまま休職せざるを得なくなるのではないかと焦りもした。

「働き者だな、福祉大臣は」バルトは瞼を伏せ、切なそうに呟く。

「バルト様も働き者ですよ」私は数日前に訪れた生徒会室の惨状を思い出す。

「俺か…いや、俺は…どうなんだろうな」

バルトはイケメン四天王がサボっていようと、一人で生徒会の仕事を回していた。学生が本来背負いきるべきものではないように思えたが、弱音も吐かずにバルトは続けている。

「バルト様は頑張っていますよ」どうかバルトに伝わって欲しいと、胸中で願いながら言葉を発する。

「本当に…?」バルトの瞳は縋るように揺れていた。

「これは…妹から聞いたことですが」私はそう前置きした。

「妹から?」バルトは困惑気味に首を傾ける。

「バルト様はお1人で生徒会の仕事を回されているのでしょう?」

「…今はそうだな」バルトは辛そうに答えた。

その姿が痛々しく感じてしまった。一人で背負う姿が昔の自分に重なるようだった。

「もしよろしければ、お手伝い致しましょうか?」

つい口が滑った。

「いいのか?」私が前言を撤回するより早く、バルトが聞き返す。

「え、ええ!もちろん」承諾されるとは思わず、吃ってしまったがなんとか答える。

「では…お願いしたい」

バルトの答えは意外なもので、それだけ彼が切羽詰まっていたということかもしれない。

「分かりました…ただ、私も仕事がありますから、お昼休みに少しだけ…という形でもよろしいですか?」

「構わない、助かる」バルトはハッキリと言葉にした。

「まだなにもしていませんよ?」私は先程のバルトの言葉を借りる。

「ふはっ…それとそうだな」バルトは力を抜くように小さく笑う。

「冷える前に食べません?肉まん、あんまん、ピザまんどちらにしますか?」私は袋から饅頭を取り出す。

「肉まんで」バルトの返事を聞いてから、肉まんを放った。私はあんまんの袋を開いて中身にかぶりつく。

ほくほくの皮が口いっぱいに広がり、甘さ控えめの餡が後からやってくる。

あんまんを持つ手先から暖まっていくようだった。

「昔、父がくれた言葉をずっと覚えているんです」

父と紅茶を飲みながら、甘いクッキーを頬ぼっていたっけ。

庭園の優しい風と柔らかな芝の景色が瞼の裏に広がる。

「エリウス公か…?」

「ええ、辛くて逃げられなくてどうしようもない時の対処法」私は口元で人差し指を立てて、悪戯に笑ってみせる。


「"美味しいものをたらふく食べて忘れなさい"…と言われました」私は肩を竦める。


「ふはっ!いや、悪い。それはなんというか…豪快というか、おおらかというか、面白いお方だな」バルトは気が抜けたように笑みを零した。

「笑っちゃいますよね…けど、下手にアドバイスされるより余程救われました」

当時、担当していた高齢夫婦が心中してしまった直後だった。

「いい親父だな」

ショートステイ等により早期に夫婦の分離に踏み切っていれば…"もしも"ばかりが浮かんでは後悔だけが募っていた。

「父は上司であり、師匠でした…私のとても尊敬する人です」

私たちの仕事はまるで業のように、たくさんの人生を背負い続けていくことになる。そのすべてに真剣に対峙すれば、心が保たない。

けれど、仕事と割り切るにはーー重すぎる。

「たらふく食べて忘れましょう?」

解決はしない、問題の先送りーー。

それでもいいじゃないか、にんげんだもの。相田みつをさんなら、そう言ってくれるかもしれない。

「そういえば、新元号の発表見ましたか?」

「ああ、令和だろ?」

「これマズイと思うんですよ」顎に手を当てて考え込む素振りをする。

「どこがだ?」

「平成なら省略するときHを使いますよね、令和はRでしょうか…つまり、令和元年ならR1と表記しますよね?」私は神妙に確認した。

「そうだろうな」何が言いたいのか、と呆れたバルトの表情が目に入る。

「令和18年は…R18になりますよ!?」

「急にぶっ込んできたな!?」

「だって…令和元年生まれはR18を迎えるとともにエロ本を解禁するんですよ!?」

「言うなよ!みんな思っても口にするのはばかってるんだよ!」

「私たちがゆとり世代なら彼らはエロティック世代と言われてしまいます!」

「誹謗中傷甚だしいからな!?」

「と…まあ、この話は令和の略がRかLか判明していない今しか使えないネタな訳ですが」

「メタ発言やめろ」

「バルト様、そこのAV資料取ってくれます?」

「は!?クロード職場にエロDVDでも持ってきれるのか!?」バルトは慌てて私から距離を取る。

「AVは視聴覚資料のことですよ、さては図書館利用しませんね?」

「なっ!だったらそう言えよ!」バルトは恥ずかしそうに俯く。

「このように…アルファベットの略称は時にエロティックですよね…」

「人をからかっておいて、上手くまとめようとするな」バルトは不機嫌そうに眉根を寄せる。

「令和新しい時代…って、元号発表から数日とせずに歌い上げたエアーバンドがありましたね」

「ゴールデンボンバーマンだろ?」

「マンは不要ですよ?素晴らしいですよね、紅白で歌ってくれるんじゃないですか」反応の早さがボンバー過ぎて、度肝を抜かれた。そういう勢いとても推せる。

「恐ろしい話してやろうか?」バルトは真顔で訊ねる。

「え、なんですか?」私は意を決して先を促した。

「女々しくてのリリース日…もう7年前だぞ」

「ええ!?御用納めの度に上司の無茶ぶりで歌ってたあの女々しくて…もう7回も引きずってたなんて知りたくなかったです!」

「俺もクロードのカラオケの処世術なんて聞きたくないからな!あとレパートリー増やせよ!」

「バルト様のウォークマンにはどうせポルノグラフィティとか入ってるんでしょ?!カラオケで歌えるシャレオツな曲聞いてるんでしょ!どうせ入ってる曲がすべてCVの人間の気持ちなんてわかりませんよ!」私は嘆きのあまり机に突っ伏した。

「…おい、拗ねるな」バルトが私の肩を揺する。

「なんですか」私は意気地になって机にしがみついた。

「この世界にカラオケやウォークマンがあるという設定辛くないか?」

「メタ発言ですって」私は机に額を擦り付ける。

「そもそも7年も御用納めでカラオケ行ってるとか、クロードいま何歳だよ?」

「…18歳です☆」という設定だ。ちなみに、クラウディアは17歳。

「きらっ☆じゃないだろ。そういうのはランカ・リーくらいの可愛い子じゃないとイタいんだよ」

「辛辣ですね、そもそもマクロスF観てた世代ってもう割と歳ですか?」

「俺はまだまだタイムリーだと思ってるが」バルトは一瞬口ごもる。

「恐ろしい話しましょうか?」私は真顔で訊ねる。

「え、なんだ?」

「ライオンのリリース日…10年前です」

「は!?生き残りたいと叫びつづけてもう10年経つのか!?まだまだ現役だぞ!」

「ええ、私たちには現役ですが…それが歳というものですよ…こうなったら、やけ食いしてやりましょう!」私は中華まんを袋から取り出し、口いっぱいに頬張った。

「いや、普通に食えよ」バルトは呆れたように肩を落とした。

「お一つどうぞ」私はピザまんを手渡した。

バルトは文句も言わず、手渡されたそれを口にする。

「もう22時ですね、帰り送りますよ」私は袋を置いて席を立つ。

「クロードは?」

「私はまだ残ります。一日くらいの徹夜なら問題ないですから」なんてことない風を装いはするが、全身を倦怠感が襲っていた。目の奥が痛い。体力よりも精神的に疲弊しており、頭の中を鐘が響いている。耳鳴りまでやってきて、左右に首を振って散らそうとするも、効果はなかった。

「まあ、私は大丈夫です」本日四つ目の中華まんを口に放り込んで笑顔をつくる。

「……。」バルトは胡乱気にこちらを見つめる。

「俺もいる。クロードが倒れた時に助けを呼ぶくらいはできるからな」バルトはそう言って、ソファへと向かっていった。

「え?いや、もう夜遅いですし、お帰りになられた方が…」

「ここにいる」バルトは私の言葉を遮り、先程手渡していた書類に目を通し始めてしまった。

「……ありがとうございます」今日はバルトの気遣いに感謝して、素直に受けとっておこう。一つ深く呼吸してから、私は再び書類へとペンを走らせた。

夜闇をランプの光が机を照らし、執務室の一角を蛍光灯が点滅する。

窓からは月光が差し込んでいた。

夜の冷えた空気が体温を奪うが、凍えるような感覚はない。

中華まんの甘い皮が口の中にまだ残っているようだった。

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