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16大佐は中華まんが食べたいです。

拓けた山の麓に経つ医療機関。

馬車から降りて芝原の中央に走る小道を進めば、病院の玄関に辿り着く。

ガラスドアを押し開ければ、すぐに受付が見つかった。受付は吹き抜けになっており、片隅にはピアノが設置されている。

受付の奥に視線を遣れば、廊下を挟んで診察室がいくつか設けられ、その更に奥には2階へと続く階段がある。

受付の手前では、外来患者と思われる人々が待合室のソファで座っていた。

大佐は窓口にて用件を伝え、私は近くで待機する。

「本日はお忙しい中、御足労頂きありがとうございます。ソーシャルワーカーのラエルと申します。」受付の奥から出てきた女性職員は礼をしてから、奥へと案内を始める。

私たちはラエルの後に続いた。

階段を登り、廊下を進んでいく。吹き抜けの脇を通れば、下階の受付が覗けた。

いくつかの診察室や面談室を通過し、白衣を着た医師数名とすれ違う。

「こちらが病棟になります」施錠された扉を案内の女性が開け、私たちが入室するのを待って、女性は再び鍵を締める。

食堂となっている共有スペースがすぐ目に入り、数名の患者が談笑する様子が伺えた。

看護服を着た職員が忙しなく行き交っている。

何処からか言葉にならない声や口論する話し声が漏れ聞こえた。

暖房により温められた病室は思考が霧散し、ぼんやりと微睡みそうになる。

あたりは単調な白を基調とした壁紙や家具、床材が続いていた。

「こちらでお待ちください」

面談室のプレートが下がった一室を案内される。

大佐のあとに続いて、私とバルトも個室へと入った。二畳程度の狭い小部屋。

立て掛けられていたパイプ椅子を取り出し、5脚並べる。

「クローありがとう」大佐は礼を言ってから、パイプ椅子に座った。私もその横でパイプ椅子に着席する。全体を眺められる少し奥にバルトが位置する。

「お待たせ致しました」ラエルの声に顔を上げれば、若い男性が扉の前に立っていた。

「騎士団長マセナ・クラウンと申します。本日はよろしくお願いいたします」

「福祉大臣を務めております。クロード・エリウスと申します。」

私と大佐はその場で立ち上がり礼をする。

男性は僅かに警戒を示し、顔を強ばらせた。

「では、始めましょうか」ラエルが男性を促し、全員が席についた。

「分かってると思うが、今日はあなたが奥さんを殴った件で事情聴取に来た」大佐が話し始める。

「…そうですか。僕も手が出てしまったことは反省しています、ついカッとなってしまいました」男性は申し訳なさそうに俯いた。

「なにがあった?状況は?」大佐は矢継ぎ早に質問を投げ掛ける。

「子供の夜泣きが酷くて…けど、妻はその…病気ですから、家事は頼めませんし…そのことで口論になってしまって、気付いたら頭に血が上ってしまいました…」男性を目を泳がせながら、しどろもどろに当時の状況を語っていく。

「血が上ってどうしたんだ?」大佐は話の先を促した。

「妻に手を挙げました」男性は辛そうに呟いた。

「妻にだけ?」大使の眼光が男性を鋭く射抜く。

「ーーっ、子供に手は挙げられません…!まだ0歳ですよ!?」信じられないと言わんばかりに男性は大佐に訴える。

「そう…。けど、妻は殴ったんだな。箇所は?」大佐の顔からは表情が抜け落ちていた。

男性は顔を強ばらせ、視線を合わせないよう顔を背ける。

「突き飛ばしてしまって、妻は尻餅をついて…」男性の声が小さくなっていく。

「それだけじゃないよな?」大佐はの声はどこまでも冷たい。

「腕を押さえ付けて、腹部と…」

「腹部と?」

「頭部を…」男性は声を絞り出すように答えた。

大佐はその様子をつまらなさそうに眺め、無表情のまま腕を組む。

「それで?初めてな訳じゃないんだろ?いつからだよ? 」大佐はそう決めつけて男性を尋問し始めた。

「はい…?」男性は勢いよく顔を上げ、不快を隠さずに聞き返した。

「初犯で奥さんの頭部殴れるか?」大佐は調子を変えずに聞いていく。

「…初めてですよ、僕をDV夫に仕立て上げたいんですか?」男性は大佐を睨む。

「いや?仕立て上げるんじゃなくて、確信を持ちたいってだけさ」大佐は男性の剣幕を意にも介さず、無表情を崩さぬまま男性を見据えた。

「話になりませんね、今回の件は本当に反省しています。まさか手を出してしまうとは思っていませんでしたし…こんな酷いことを繰り返すわけないじゃないですか…」男性は疲れたと言わんばかりにため息をついた。

「被害届を出されれば、私も結論を出さないとならねーんだわ」大佐はそう言ってニヒルに笑った。

「それで、僕を逮捕でもするんですか?」男性は大佐に向かって攻撃的な視線を送る。男性は手先を組み直しながら、せわしなく視線を泳がせていた。

大佐は少しの間、考え込む姿勢をとり、ゆっくりと口を開いた。

「…奥さんから事を荒立てないで欲しいと言われてるし…被害届は出されてない。今回は深入りできねーからよ…私からは警告まで、ってところだ」

被害届出されれば…というくだりはカマをかけただけらしかった。

男性は眉間にシワを避け、貧乏揺すりを始める。

「…それなら、あなたの出る幕はないのでは?」男性は大佐に対し苛苛をぶつける。

「そうだな、私からは以上だ…さて、この後はクローが代われよ?なんかねーのか?」大佐は観念したとばかりに両手をあげて、私に話を振る。

「私はあくまで生活を支援するためサポートに入りたいと思っているだけです…あまり気負わず、耳を傾けては頂けませんか?」私は務めて優しく男性に話しかけていく。

「……」男性は押し黙り、胡乱気にこちらを見据えていた。

「奥様とも少しお話をさせて頂きましたが、お二人は港町のご出身なのですね」私は今回の事件とは関係の無い話題を振る。

「ええ…まあ」男性は警戒心を強め、きつく指を組んでは開いていた。

「綺麗なところですよね、いつ引っ越されたのですか?」私は貼り付けた笑顔を男性に向けた。

「妻と出会って結婚してからです」男性は余計なことを話さまいと淡白な回答しかしなかった。

「一つ確認させてください」私は空気を和らげることを諦め、単刀直入に本題を切り出した。

「なんですか?」男性は貧乏揺すりを更に激しくする。

「…奥様に家事を頼めないとのことでしたよね?子育てもですか?」返事は分かっていた、これは単なる確認作業。

「…おむつ交換などは僕が担当しています」男性は髪をバリバリとかき混ぜた。

「旦那様へのご負担が大きくはありませんか」私は感情を乗せずに訊ねる。

「……」男性は答えに逡巡する様子を見せた。

「これは提案です」私は眉を下げ、頬を意識的に緩める。

「提案?」男性は視線をさ迷わせ始める。

「もし、退院後に旦那様の体調が優れないようであれば…お子さんを一度、教会でお預かりすることもできますよ」私は務めて優しく問いかけたが。

「断る」

男性は急に目を釣り上げて、それを否定した。

「退院後すぐにお子さんの育児は辛くありませんか?」私は僅かに視線を鋭くしてしまうが、幸いにも男性はこちらを見てはいなかった。

「…それでも、大丈夫だから。子供と離れたくない」ぼそり、と呟かれた答え。

ーーこの様子だと、一時保護への同意は得がたいかもしれない。

「お家にヘルパーさんに来てもらう制度があります。ご存知ですか?」私は別の方針を提案する。

「ヘルパー…?」男性は困惑気味に聞き返した。

「ええ、奥様と旦那様の病状を鑑みた上で要件を満たせば、ご利用いただけます」居宅介護を頼めれば、この家族が孤立することは少なからず防げる。入るヘルパーに負担がかかりすぎるというデメリットはあるけれども。

「…家事を頼めるのか?」

「具合的には奥様が家事をこなせるよう支援していくことになりますが、旦那様の負担は減らせるかと」

男性はしばらく考え込み、ゆっくりと首を振った。

「妻の意見を聞かなくては答えられません」

「わかりました。ご検討いだければ幸いです」私は深追いせず、引き下がる。

ーー最悪、居宅介護の利用だけは繋ぎたい。

「旦那様の退院はいつをご予定されていますか?」母親からは明後日と聞いていたが、確認のために訊ねる。

「明後日の午後と主治医からは言われています」

「では、退院された日に様子を伺いにお宅へ訪問させて頂きますね。私からは以上です、大佐から他に話すことはありますか?」訪問する旨を申し伝え、断られるより先に逃げるように大佐へと話しを戻す。

「いや、私からも以上だ。邪魔したな、失礼するよ」大佐はそう言って、席を立った。

男性とラエルも立ち上がり、出口へと向かう。

私は全員分のパイプ椅子を折りたたみ、元の位置に立て掛けた。

男性は病室へと戻っていき、私たちはラエルの後に続いて病棟をあとにする。

施錠された扉を抜けて、吹き抜けの脇にある廊下を進んだ。

ぼんやりと下を眺めれば、やはり数名の患者が待合室で座っている。

広い空間のはずなのに、淀んだ空気が重く感じた。

強すぎない照明と曇りガラスによって、室内は曇天と勘違いしそうな光量を保つ。

白い壁と床の先、階段を降りればすぐ受付に着いた。

「これで失礼致します」ラエルは一礼し受付の奥へと戻っていった。

「帰るか」大佐のあとに続いて、外へと向かった。

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