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12襲撃に遭いました。

礼拝堂の外に出て、陽の陰った庭を歩く。エリウスの家紋が彫られた馬車が玄関に数台並んでいた。荷馬車に椅子と窓を取り付けて、教会までの送迎用に贈与した物だ。

教会に来る子供たちや高齢者の中には、自宅から徒歩等で通うことが困難な者もいる。送迎に使用できるよう荷馬車を改良し、従者も含めてエリウス公爵家から出資している。

「アイリスたちはまだいたんだね」庭に目をやれば、アイリスたちは炊き出しの後片付けを終えた後のようだった。

アイリスに向けるバルトの視線は、先ほどの様子とは打って変わって、微笑ましいものを見るように優しげな色を移している。

遠巻きに眺めていれば、アイリスにまたも見つかり駆け寄られた。

「クラウディアまだ残ってたのね!これ、良かったらパンよ。おすそわけ」悪戯っぽい笑顔とともに紙で包まれたパンを手渡された。

「…お心遣い痛み入ります」感謝を伝えれば、アイリスは嬉しそうに微笑んでから、パタパタとイケメン四天王ご一行のもとへと駆け戻っていく。

「フィーネにあげるよ」受け取ったパンをフィーネに横流しした。

「食べないのですか?」

「信用できない物は口に入れたくないんだよ」

「ポケットから取り出したイカの干物は食べるのに?」フィーネは胡乱げな目を向け立ち止まる。

「大事なのは物ではなく、誰から貰い受けたかだからね…昔の話になるけど、通報を受けたお宅で出された"粗茶"に爪の垢を煎じられたことがある」

「…飲んだんですか?」フィーネは気持ち悪そうに口をへの字に曲げた。

「ああ、飲んでからタネ明かしされたが、あまりうまくはなかったね」

「そんなお茶は気持ち悪いだけですよ…」

「あとは…“心ばかりのものですが”と手渡された菓子折に下剤が混ぜられていたんだが、トイレへの駆け込みざまに"このクソどもが"と怒鳴られたよ」

「趣味が悪い…」フィーネは眉根を寄せて、口元を抑えた。

「つまり、人から貰った物は食べたくないんだよ」そう話を締めくくり、教会をあとにする。

日は沈み、地平線だけが橙に染まる。時刻は午後6時を回っていた。

「お腹がすいたね、ラーメン食べて帰るかい?」

「いいですね!寄って帰りましょう」

来た道を逆戻りに歩く。

いつも隣にある栗毛に手を伸ばす。

掻き混ぜれば、くすぐったそうに笑う顔が好きだった。

「フィーネの髪は柔らかいな」

フィーネはこちらを見上げて、手を伸ばす。巻いた髪のうち一つの縦ロールを手に取った。

「クロー様の髪は綺麗です…」

辺りは暗く日が落ちて、木々の影が風に揺れていた。

月明かりが白む。

眩しそうにフィーネは目を細めた。

ずるっ…左側の縦ロールだけが不自然に伸びる。

「……っ!!!」フィーネが声にならない悲鳴をあげた。

「実はこれヅラなんだよ」

「…なっ、ーーー…っひ、」フィーネは縦ロールから手を離せずに固まる。

髪を両手で押さえ、位置を元に戻した。

「フィーネに褒められるとは…腕のいい職人に作ってもらった甲斐があった」肩を竦めてみせると、やっとフィーネが意識を取り戻し、縦ロールから手を離した。

「カツラを被るお嬢様って…」フィーネはショックで青ざめている。

「強靭に巻いてあるだろう?」適当に茶化した。

「想像以上の硬さですよ…もう鈍器の域です…」フィーネは呆れながら、がっくりと肩を落とした。

「鈍器とは嬉しいね」

「褒めてませんよ!?そこまで固める必要あるんですか?」

「加減がわからなくてね、なにしろカツラだから」ブンッと一房の縦ロールを手で払い除けた。

月明かりが照らす中、舗装されていない砂利道を進む。

ちらほらと寂れた空き家が増え始め、ぽつぽつと明かりが漏れる住居も見えてくる。ラーメン屋がある市街地までもう少しといったところだろう。

ガラガラと、後方から馬車の音が聞こえ振り返れば、豪奢な王族所有とわかる馬車が2台。

道を開けるため、フィーネとともに路肩へと寄った。

2台のうち後方を走る1台の馬車が、突然に、止まった。

扉が開き少女が顔を出す。

「クラウディアも乗っていく?」乗っていたのはアイリスとバルトの二人だった。

副会長一人、書記二人、庶務一人を乗せていると思われる前方の馬車はこちらに気付いていないのか先を進んで行く。

「…私は歩いて帰りますので、お気になさらないでください」言外に早く行けとメッセージを込めてみる。

「気にしなくていいのよ!私もバルトも迷惑だなんて思わないわ」

案の定というか、伝わらなかったけれども。

「いえ、そういうことではなく…」アイリスへの断りの文句を考えていた時だった。


…カチン、―――安全装置をはずす、音。


顔を出していたアイリスを馬車の中に突き飛ばし、馬車の扉を勢いよく閉める。フィーネに覆いかぶさるように、その場から飛び退けた。


破裂音。


衝撃に近い、鼓膜をつんざく、爆発音が襲う。


「馬車を出して!」


固まって動けずにいた従者に指示を出す。弾かれたように従者は鞭を振るった。中にいるバルトとアイリスにとって乗り心地は最悪だろうが、どうしようもない。

鼻を突く火薬の臭い。

フィーネの手を引いて近くの家屋に飛び込む。

空き家となり廃れた家屋は窓ガラスを失っている。壁に身を隠して窓枠から外を窺うが、人影は見えない。

障害物が多く存在するこの場所で発砲したとなると、相手は恐らくまだ近くにいる。

街に近づいているとはいえ、騎士団が駆けつけるまで多少の時間がかかるだろう。

「こんなことなら銃を携帯してくるべきだった」

後悔先に立たず。

手持ちは数本のスローイングナイフのみ。

片膝を立てて身を低くし、ペタンと座り込むフィーネに覆いかぶさる。

スカートに手を入れて、革ベルトで太ももに固定していたスローイングナイフのうち1本を取り出す。

「スカートめくれてますよ…!」フィーネは小声で慌てながら、間抜けなツッコミを入れた。

「静かに」

夜闇で静まり返った音に耳をすまし、窓枠からの狭い景色に目を凝らす。

カタカタと、風で家屋が音を立てる。

人の足音。

遠退く。

小さくなる。


「行ったかな?」


数名の足音がバタバタと駆けてくる音がして胸を撫で下ろした。

「ああ、これは騎士団だね」

窓枠から目を遣れば、赤色に銀の刺繍が施された団服を身にまとった男があたりを探していた。

「異常はないか?」1人の団員が仲間に声をかける。

「うーん、やっぱ気のせいだったのかもしれない。それか銃の暴発だろう」話しかけられた男は気だるげにそう答えた。

「フィーネ…私が許可するまでは動くなよ」小声で指示を出してから、スローイングナイフを片手に隠したまま窓枠から顔を出した。

「すみません」

「え!?あれ?こんなとこで学生さんがどうしたの?」団員は驚いたように目を見張る。

「それが…隠れんぼしてたら道に迷ってしまいました。街まで送っていただけると助かるのですが…」

「しようがないね、一緒に戻ろうか」団員は呆れたようにため息をついて承諾してくれた。

しゃがみ込んで、フィーネに顔を近づける。

「大丈夫そうだから行こうか」フィーネの耳元で告げて、スローイングナイフをスカートの中に隠し入れた。

フィーネの手を引いて表に出る。

「よろしくお願いします」にこりと微笑み、フィーネと手を繋いだまま騎士団に挨拶する。

騎士団は雑談を混じらせながら、散歩帰りの雰囲気で歩き出す。

彼らのあとについて歩く。

街中に入って騎士団に礼を言ってから、彼らと別れた。

フィーネの手を離し、並んで歩く。

「ラーメン食べて帰ろうか」近くにあったラーメン屋の暖簾をくぐり、中へと入った。

テーブル席でフィーネと向かい合って腰掛ける。

「フィーネは何ラーメンが好きなんだい?」

「え?…ああ、ここは海鮮出汁が凝ってますから、醤油ラーメンがおすすめです」

「そうなんだね、大将ー!醤油ラーメン2つ」注文を済ませ、運ばれてくるのを待った。

疲れた顔でフィーネは押し黙る。

仕事終わりの人々でごった返し、楽しげな声がそこかしこであがっているのに、この席だけには沈黙が降りる。

「…なぜ発砲されたことを騎士団に話さなかったんですか?」不思議そうにフィーネが訊ねた。

「フィーネは3年前の戦争で敗北したことをきっかけに前政権が崩壊し、現国王陛下が就任したことを知っているかい?」

「飲みの席で政治の話題は禁句と習いませんでしたか?」

「政治と宗教は禁止ワードってやつだろ?それ教えたのそもそも私じゃないか」

「そうでしたっけ?」

「それはさておき、前国王…つまりはカロリング・ボナパルトは戦争で敗北こそしたが、民主主義を推し進め民衆の絶大な支持を獲ていた。代わって現国王陛下が重んじるは古くから続く階級制度…当時の復古を願う者が現れたことは必然だろう?」

「…赤髪の英雄を讃える人々の心理はそれでしょうね」

「ああ、彼は陸軍元帥としてカロリング・ボナパルトの側近だったからね。フィーネは不敗の銀糸を知ってるかい?」

「すみません、知らないです…というか、ネーミングセンス…ダサくないですか?」

「いや、知らないならいいんだ…つまりだ、これはあくまで私の推測の域を出ないけれど、今回の件は前国王を支持する者による皇子暗殺未遂事件という見立てをしているよ」

「だったら、尚更に騎士団に話すべきでしたよね?」フィーネは怪訝そうに眉根を寄せる。

ラーメンの暖かな湯気が視界を遮り、醤油ラーメンが2つ運ばれて来た。

「美味しそうだね」割り箸を割って、一気な啜る。

「僕にも箸取ってくれますか?」フィーネに箸を渡してから、スープをレンゲで掬った。

「あ〜…うまいっ!」体がポカポカしていく、出汁の効いたスープは最高だった。

「今度は塩ラーメンのおいしいお店探しておきます」フィーネはラーメンを美味しそうに啜りながら、次の約束を口にする。

「今度また一緒に行こうか」

チャーシューは柔らかく、ほろほろと箸で崩れるほどだ。

「はあ〜幸せです」フィーネは嬉しそうにラーメンを平らげていく。

私は箸を置いて水の入ったコップに手を伸ばした。

「…相手方はすでに逃亡していただろうし、不必要に知る者が多いと…噂になって広がる可能性もあるだろう?あくまで私の推測でしかないしね。彼らが言っていたとおり、銃の暴発かもしれない」

バルトが狙い撃たれた点、その後の発砲がなく…私が撃たれなかった点を考慮すれば、ほぼ間違いないとは思われるが、口にすべきではないだろう。

「クロー様は軍にいたことがあるんですか?」フィーネはレンゲでスープを掬いながら訊ねる。

「母が陸軍元帥だったものでね、私は母に付いて回っていただけだよ」私もスープをレンゲで掬うが、スープは少し冷め始めていた。

「けど、戦地に立っていたんですね」

「両親が再婚した時だから…14歳の頃かい?退役したよ。なにより子供だったし…見ていただけださ」

水を喉に流し込んでから、席を立つ。

「帰ろうか」

フィーネとともに帰路についた。

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