31<宿へ到着ご一行様>
副官殿の保護の元、里山さんはうなだれている。
くたびれている様子なので、こんなにも埃くさいところにいつまでも屯っているのもなと思い、移動することを提案した。話し合う場が必要だ。
「場所を変えよう」
視線が集中するも反対意見がこぞって出なかったため、話を進める。
「……そうだな、あなた方の宿はいかがだろうか?」
「宿、って。
あたしたちの?」
「そうだ」
「あらやだ」
久方ぶりに会っても彼ら傭兵たちは変異も何もない、いつものおっさんたちである。であるが、嬉しそうにくねくねしている。そしてニヤニヤ。ニヤニヤしている。そんなニヤけたおっさんたちの集団に囲まれた私は、電池式の音に反応するおもちゃの観葉植物を思い出して乾いた咳をする。
「どうだ?」
「いいわよぉ!」
「先導するわっ」
「あたしが先よ!」
「あたしが」
「あたし」
「あた」
「た」
(早く進んでくれ)
特に反対意見もなく、皆で仲良く例の宿へと向かうこととなった。宿だ。私とレオンがちょっとな、なんて躊躇っていた宿のため、バージルの護衛兵である細いほうと太ましいほうが二人そろってこそこそと、宿のなにが問題なのか話し合っている。彼らがどれだけ話し合っても答えが出ないのは、当然ではあると私は分かりきっていたのでそ知らぬ顔をする。
(すまんな、私は何もいえない……)
実際、あそこってあまり関わりたくないところである。いわくつきの所だ。
が、仕方ない。彼らは恐らく生まれて初めてアーディ王国へとやってきた外交使節の方々である。長らく鎖国してきたためにとんと、他国に縁のなかった彼らにあの宿のアレなところがわからないというか理解できないのは当然である。一見さんには普通の宿だしな。
(一般的には活用できるし、な)
副官殿は眉間に山脈という皺を寄せて無言を駆使するだろうが、まぁ、諦めてもらうしかない。事情を知らなければ不満を持たずにいられるだろう。
――――と、その前に。
視線を、強める。すると彼はすぐに私の意図に気付きそばに来た。
職務に忠実である彼は上司たる私に対し敬意を評しているため、基本的に反対意見を持たずに言われた通りのことをやる。
「レオン」
部下であるレオンハルトに囁く。
「……回収してくれ」
「はっ」
たちまちに理解した彼は了承の意を込めて目を伏せ、踵を返して路地裏へと消える。
「……アレのことか?」
私の行動を気にしたものらしい、金環国の王が路地裏方向から向き直った私に対し質問してきた。前方進行中の、というか闊達な足捌きを持つ副官殿たちと愉快ななよ竹集団たちの賑やかな光景を目視しながらも、私は少年王へとどう答えたらよいかと苦笑いを浮かべる。
「後片付けを、な」
「後片付け?」
「そう、その後片付けをレオンに命じた。
あのままに捨て置くには忍びないからな」
風邪引くしな、なんてことも考えんでもなかったが、一番厄介なのが彼らが外交であることを分かった上で攻撃的な行動を指示した輩がいたか、どうか、だ。あえて王太子殿下の招待を受けていない無防備な彼らの隙を狙って、なんて。殿下は見張りをつけていなさるだろうが、殿下の場合……これ以上考えることはやめよう。お腹も痛くなるし頭も痛くなってきてしまう。同時進行は辛い。
(……だからこそ諫言めいたことを、私は王太子殿下に。
不興を買うことをあえてやった、仕事に支障が出る可能性だって
視野に入れてやったのに)
私の行動が遅かったせいで、彼らや里山さんたちに被害が出てしまった。
幸い、特に大怪我とかそういったものはなかったのでほっとしたが、我が国滞在中に彼らに迷惑がかかってしまったことにアーディの騎士団長としても辛い心境だ。なんと歯がゆいことか。
そんな私の苦悩を知ってか知らずか、金環国の少年王が素朴な疑問を呈す。
「始末すルのカ?」
「まさか。
……ちょっとした保護だ」
「フぅん。
……オ優しイことダナ」
少年王の護衛たち二人組みも、私の言動に注意を払っているようだ。静かに控えている。
私の頭の中には、虫の標本のごとく磔にされた誘拐犯の姿が浮かぶ。
少年王によって壁に据えつけられたその投擲技術はまさしくプロ級。少年王は人畜無害そうに首を傾げているが、彼自身の資質もなかなかのものなのだ。アーディ王国の情報部が警戒情報として私に伝えたほどだ、いくら副官補佐としての立場を持つ騎士レオンハルトでも、鍛え上げたその腕力でもってもなかなかに剥がしづらいだろうな、なんてこの少年王といささかちゃんばらした経験のある私は心中でもってエールを送る。面倒だとは思うが頑張ってくれ、レオン。まあ落ちても無事だろうし。
(叙勲を受けた騎士なのだから)
また、あの犯人もまた厄介な住人だ。
どちらも怪我はしないであろうことは、容易に想像がついた。
(そう、厄介なのはこれからだ)
さて、例のアレについた。
里山さんもだが、金環国たち出身者たちはこの宿の変なところにまったくもって関心していないため、私自身もまたどう説明すべきか否か悩んだものの、とりあえず何も言わずにともに宿へと立ち入ることにした。とりとめのない少年王の話を聞きながら、室内に漂う匂いを嗅ぐ。
(一階は、食堂兼受け付けか)
この前、改装をしたばかりだと情報を得ていたが、前回来たときと同じ配置なようで脳内の館内図を更新する。
(槍とか変なの飛び出てこなくて助かる)
変な改装してなくて良かった。
情報部も噛んでいるらしい、とのことからちょっとばかり警戒しているのだ。
そんな、顔だけは真顔で心の中は大層、動揺している騎士団長を置いて副官殿は黙々と里山さんを、とっている部屋へと連れて行く。冷静な判断だ。
ただ私としても一応、護衛騎士としての職務を全うせねばならない。妙なものが紛れていないか確認はしておく。里山さんが副官殿によって寝台に横たえさせられているのを尻目に、あちこちを見て回る。カーテンにはほつれはなく丁寧な仕事ぶりが伺える。窓枠に汚れはなく、人差し指でついっとやってみると何も残らない。室内清掃は一定の錬度が保たれている。
(ふむ)
素晴らしい。シーツには白い皺ひとつなく、ぴしっとされていたのをきちんと事前確認していた私は思わず心中で唸った。
ただ、
「……さッきかラ、何シてルんダ?」
「絵を見ている」
「そうだナ」
まるで犬のようについて回る少年王がいた。
私が沈思黙考を貫き、返事がないので彼の視線が胡乱げなものに変化していく。
「そノ秋桜と黄色い花、ナにカ意味でモあるノか?」
ひやりとしたが、冷静に見続けるに越したことはない。
さすがは元暗殺者。鋭い。
「綺麗な花だと思って、な」
絵画が飾られている。
黄色い花はひまわり、そしてコスモス。季節の移り変わりが描かれている。私はこの絵の裏に、諜報活動に必要な小部屋でもありそうだな、なんて直感したが、調べるにしてはやはり、この金環国のトップの王様手前、実はここ身内の、諜報活動の拠点の一箇所なんです、てへ、なんて可愛くごまかしなんてできないし、無謀にもほどがある。堂々と聞き耳立ててます、なんて言えるはずもなし。
(……間違いなく、この宿に誘導したな……)
赤毛の主の、面倒そうに指示する姿がまぶたの裏に見え隠れしてしまい、私は目じりを指で揉んだ。どうやって宿泊させたかは、まあ、考えなくても分かる。ちらと外の景色に視線を投げれば、この部屋の窓下に恐らく諜報員もとい情報部所属であろうなかなか良い筋肉を披露する男が鍛え上げられた腕でもって抱えた花を売りながら、私をちらりと振り返り見たのである。無論真顔だ。情報部は徹底した教育を年代を経ても施してきたため、感情を表に出さない訓練のたまものを上司の友人たる騎士団長の私に披露してくるのだ。その情報部の長は、ここ最近会う度に「疲れた。仕事やめたい」と零している。
(間違いなく趣向を読んでる……)
なよ竹集団の弱点さえ利用する強かな主君が、いかにこの金環国の外交使節団を疎い、かつ押し込めようとしたかが分かる。なんという金と部下の無駄遣い。
「ンー?」
サダチカ王は私が視線をそらした絵画に気が向いている。意識を逸らすべきだ。




